妄想入社式~淫獄のリクルートスーツ~
新入社員諸君、入社おめでとう。
とくにタチバナ律子くん。
君には人事部長として、いや、ひとりの50を前にしたただの男として、心の底からお祝いをしたい。
この不況のなか、我が社は3人の新入社員を迎えることができた。
そのうちの一人が君、タチバナくんだ。
あとの二人は男子。
採用したのはわたしだが、まあどうでもいい。
片方の名前はたしかウチヤマ? ウチモリだっけ?
あともう一人のデブは名前も思い出せない。
今日、どうでもいい男子二人と入社式に姿を見せた君は、あの最終面接のときと同じ、黒のリクルートスーツに白いブラウス。
派手めで根性の悪そうな本来の貌を隠すナチュラルメイク。
後ろでゆるく束ねた髪は、しっかりと染め直したのが判るつややかな黒髪。
君はとても長身だから、そんな洒落っけのないリクルートスーツ姿がとてもよく似合う。
あまり大きな声では言えないが、わたしには女子のリクルートスーツに対するフェティシズムがあってね。
特に、君のように、少し根性が悪そうでスレンダーな女子学生のリクルートスーツ姿に目がない。
普段の君は、どんなファッションなんだろうか?
その長い膝下、腰から太腿にかけてのタイトスカートのラインから、君が相当自分の脚に自信を持っていることがよくわかる。
ミニスカートが好きなんだろう?
で、ミニスカートを履くときは生脚なんだろう?
言わなくてもわかるよ。
君が鮮やかな白のミニスカートで、膝下までのロングブーツを履いて、春の街を軽やかに駆けていく様が目に浮かぶ。
今のところわたしは、肌色のストッキングに包まれた君の脚しか知らない。
だが、君のその肌のなめらかさは知っている。
最終面接のときに僕は、ブラウスの開衿部分から覗くきみのなめらかな肌と美しく浮き上がる鎖骨のラインから目が離せなかった。
その根性の悪そうな顔を、ナチュラルメイクで隠し、今にも弾けそうな淫らな本性を秘めた肉体を、シックなダークのリクルートスーツに押し込んで、君は面接からずっと……今日も……フレッシュで純朴なわかい娘を演じ続けている。
でも、おそらくもう、君のそんな姿を見るのは今日が最後だろう。
君はリクルートスーツを脱ぎ捨て、好みのスーツに着替えるだろう。
鮮やかな色のブラウスとストレッチパンツで社内を闊歩する君を想像する。
ナチュラルメイクをやめ、髪の色も、スタイルも、君はすこしずつ……周りの先輩女子社員の風あたりや男性社員(わしらおっさん)への反応を伺いながら、本来の自分の姿に戻っていくのだろう。
わたしはそれが心待ちでもあり、少し悲しくもある。
わたしはリクルートスーツが好きなんだ。
タチバナ律子という一匹の雌の、淫らな本能を、なんとかその型にはまったスタイルに押し込め、取り繕おうとしているスタイルにわたしは激しく駆り立てられる。
ああ、今夜、君と二人っきりになれたら。
もし場末のラブホの一室で、リクルートスーツの君と二人、寄り添うことができたら。
わたしはまず、君の髪を撫でながら、その君の髪を束ねているゴムをほどき、君の髪を解放するだろう。
ナチュラルカラーの口紅の甘い味を味わいながら、そのやったら肩と腰の詰まったジャケットを脱がせるだろう。
そしてスカートには手をつけず、君をベッドに腰掛けさせて……肌色のストッキングの滑らかな感触を堪能する。
多分、今、わたしが考えていることを君が知ったならなば、君はわたしをキモいと思うだろうな。
いや、思われて当然だ。
わたしは人事部長なんだから。
決して、何があっても、わたしの気持ちを君に打ち明けることはしまい。
会社での立場が厳しくなる?
そんなことはどうだっていい。
わたしは人事部長として、毎年入ってくる君たちみたいな女子たちの、ほんの一瞬の季節……リクルートスーツに包まれた季節を……心の奥で煮っころがし、ねじり、なぶり、もてあそび、最後の一滴まで汁を味わうことに、これ以上ないというくらいの幸せを感じている。
あくまで、心の胸のうちに秘めた、密やかでささやかな愉しみとして。
ん?
いかんぞ。タチバナくん。
なんでその、ウチヤマだかウチモリだかいう男性新入社員と、楽し気に私語を交わしているんだ。
彼は確かにイケメンだ。草食系の。
でも男なんてみんな、わたしと同じように、胸の奥には君たちへの暗くて粘質の欲望を息づかせているんだよ。
いや、君はそのことを充分に知ってるだろう?
知っているからこそ、リクルートスーツなどでは隠しきれない淫らさが君たちを輝かせているんだ。
多分今日、入社式が終わると君たち新入社員は……3人で親交を深めるとかなんとか称して、駅前の居酒屋で飲むのだろう。
そしてあの、もうひとりのデブの男子新入社員(ウチヤマかウチモリでない方)を上手く振り切った君たちは……まさかリクルートスーツのまま、ホテルに消えたりするのではあるまいな。
タチバナ君、君は根性が悪そうな顔をして、実は乱暴にされるのが好きなのではないかね。
『ストッキング……破いちゃって……いいよ』
君がその唇をゆがめて、ウチヤマだかウチモリだかに上目づかいで囁く様を想像した。
入社式の最中だったが、わたしは嫉妬で気が狂いそうだった。
<了>