
タイトルマッチ
今、僕は病院の待合室にいる。
緊張した面持ちでイスに座っている。
と言っても急に病気になったわけではない。
いわゆる定期検診である。
僕は7年ほど前から定期的に病院に通っているのだ。
病名はまあ何というか、簡単に言うと
太りすぎである。
太りすぎている事により尿酸値が上がったり、コレステロール値が上がったり、色々大変なのだ。
ただ大変と言っても7年間ずっと続いてる事なので完全に慣れっこになってしまっている。
30代にして早くも定期検診が生活の中の常設イベントとなってしまった。
我ながら切ない。
人生で経験してないイベントいっぱいあるのに。
手繋いで通学路歩くとか。
夕陽を見ながら愛を語り合うとか。
それらをすっ飛ばして何故か定期検診が割り込んできているのだ。
どっかいけ、定期検診。
しかしそんな常設イベントである定期検診の中でも今日は特別な回である。
今日は数ヶ月に一回訪れる
血液検査の日なのである。
血液検査は重要だ。
この数値によってこの期間の暴飲暴食、不摂生が全て白日の元に暴かれてしまうのだ。
お医者さんに怒られてしまうのである。
それだけは避けなければならない。
まさに大一番。
僕は密かにこの血液検査の事を
タイトルマッチと呼んでいる。
少しでもいい数値が出るように、いつも僕はこのタイトルマッチに向けて1ヶ月前ぐらいから調整していく。
気分は試合に向けて仕上げていく格闘家である。
具体的にどんな調整をするかというと
・ちょっとだけ食事の量を減らす
・気持ち、野菜を食べてみる
・たまに特茶飲む
・ほんの少しだけ歩いてみる
などなどである。
まあ悪い言い方をすると
完全にこざかしい。
でもこれだけでもちょっと数値が変わったりするのである。
どんな小さな事でも無駄ではないのだ。
ちなみに前回、僕は調整に失敗した。
コレステロールの数値が上がってしまったのである。
原因は分かっている。
毎晩、お菓子かアイスを食べていたからだ。
ストレス発散も兼ねて、かなり堕落した生活をしてしまった。
タイトルマッチ敗退である。
そんな前回の惨敗を受けての今回のタイトルマッチ。
今度は負けるわけにはいかない。
2連敗だけは避けなければいけない。
冒頭で僕が緊張していたのはそのためだ。
周りから見れば僕はただ待合室のイスに座っているだけだが
僕の頭の中では
ファイティングポーズを取って相手と向き合ってる状態なのである。
この試合、負けるわけにはいかない。
しかしそんな気合いとは裏腹に
僕の頭のどこかで、考えたくはないけど確信してしまっている事がある。
このタイトルマッチ
絶対に負ける。
なぜなら太ったのだ。
前回から痩せるどころか太ってしまったのだ。
調整を完全に失敗してしまったのである。
基本的に前回より太ってていい数値が出る事はまず無い。
つまり負け確定なのである。
しかも2日前、ダメ押しの暴飲暴食をしてしまった。
高校の同級生と会った時である。
焼肉を食べ、二軒目に行き、あろう事か駅についてから一人でラーメンを食べてしまった。
まさに狂気。
検査を控えた人間の所業とは思えない。
むしろ悪い数値を出そうとしてるようにさえ思える。
そんな逆調整をした僕が絶対に勝てるわけないのである。
痛恨のタイトルマッチ2連敗。
受け入れるしかない。
人は負けた時にこそ真価が問われる。
「負け戦こそ面白いのよ」
そう前田慶次は言っていた。
そこから考えれば
体重が増えた時こそ面白いのだ。
これは今回かなり面白くなりそうだ。
そんな事を考えながら、僕は待合室で順番が来るのを待っている。
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