隣人の人参1
私は、人参が嫌いだ。
7歳の時に七五三でつけた口紅の味がするから。
チキン南蛮を食べた後、唇についたタルタルソースを舌で拭った時のあの味。
思い出しただけで吐き気がする。
私は高校を卒業し、先月東京にアパートを借りた。
錆びついた貧乏臭いアパートだ。
隣には、汚いオタクが住んでいる。
割と若そうには見えるものの、清潔感が皆無だ。
ある日私は、近所のスーパーの帰り道でその汚いオタクと遭遇した。
「こんにちは」
驚くべきことに、そのオタクは素晴らしい美声の持ち主だった。
声だけ聞けば、某若手実力派俳優のなんとかというイケメンである。
私は驚きつつも軽く会釈をし、アパートに戻った。
不覚にも、胸の鼓動が高鳴っていた。
いや、まさか、そんなはずはない。
私があのオタクを?
ないない。
スーパーで購入した冷凍パスタをレンジで温めていると、チャイムが鳴った。
ドアを開けるとそこには、隣に住むオタクが立っていた。
相変わらず全体的にすごく汚い。
ボサボサの髪の毛に黄ばんだ服、泥だらけの靴。
今時どこを歩いていればここまで泥だらけになるのだろう。
「きんぴらごぼう作ったんです。余ってしまったので、もし良かったら、その、どうぞ」
不潔なオタクのイケメンボイスに聞き入るあまり、何を言ったのか全く聞こえていなかった。
なんて言ったんだろう。
そしてやはり、私は高揚している。
だめだ。
頭に血がのぼる。
早くしないと、顔が、顔が赤くなってしまう。
私は隣人が持っていたトレーを受け取り、素早くドアを閉めた。
危なかった。
トレーの中には、紛れもない無加工の人参が、そのまま1本入っていた。
〜〜〜
ふう、緊張のあまり、きんぴらごぼうを作ったという嘘をついてしまった。
本当は実家で採れた人参なのに。
無農薬の新鮮な野菜を、僕はどうしても彼女に食べてもらいたかった。
彼女はいつも、スーパーに売っている248円の冷凍パスタを食べているから。
ベーコンたっぷりカルボナーラなら、僕だって作れるのに。
彼女はかなり不器用らしい。
なぜ彼女がスーパーで購入しているものが隣人の僕に分かるのかというと、こんなボロアパートで夜の9時に、窓を全開にした状態で母親と電話しているからだ。
僕は毎日、実家とこの家を行き来している。
実家の農家を手伝いながら、大学院で機械工学の研究をしているのだ。
将来は実家を継いで、より効率的な農業を営みたいと思っている。
前の彼女とは、3年続いた。
僕より2つ年上だった彼女は友人の結婚ラッシュに焦燥感を覚えたのか、結婚の話ばかり持ち出すようになった。
僕は当時から大学院への進学を考えていたし、結婚を急ぐことに意味などないと思っていたから、お互いの意見がぶつかり合って喧嘩が絶えなかった。
そしてある日、彼女からの連絡が突然途絶えたのだった。
もう恋なんてするもんかと思った。
僕は毎日土に塗れて畑を耕すことに悦びを覚える農業オタクだし、それを理解してくれる女性は少ない。
それに女性と違い、野菜は僕を裏切らない。
僕は、農業の未来のためだけに生きていこうと誓った。
しかし先月隣に越してきた女性に、僕は一目惚れをしてしまった。
ーーー
こんにちは、涅槃です。
突然小説調になってしまいすみません。
noteのネタがないので、3年くらい前に書いた小説を載せようと思います。
まあ悪くはないけど物語としてはかなり未熟だと思います。
暇を持て余した素人の遊びだと思って大目に見ていただけるとありがたいです。
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