江戸切子。“未完成”の流儀とは? ーニッポンのヒャッカ第5回ー
「江戸切子は自由なのです」。
「自分たちが完成した時点では、未完成なのだと思っています」-。
東京・江戸川区で伝統工芸・江戸切子をつくり続ける三代目。堀口切子の堀口徹さんが紡ぐ言葉は、まるで哲学者のようだと感じた。当たり前を疑問視する気づきを促してくれるような。
ガラスの表面を削り、美しい文様を施す繊細な江戸切子。江戸時代後期の天保5年(1834)、江戸・大伝馬町のビートロ屋・加賀屋久兵衛が切子細工を始めたのが、江戸切子の創始とされている。明治に入り、切子の指導者として英国人のエマヌエル・ホープマンが官営の硝子工房にて数名の日本人に技術指導。その中の大橋徳松という人物こそ、堀口市雄(初代秀石)の師匠にあたる。現在、堀口切子を営む三代秀石である堀口徹さんには、その伝統を担う継承者としてのDNAが脈々と流れている。
「Traditional(伝統)」は普遍的テーマ
江戸切子とは、どんなものなのだろう。
そんな素朴な疑問に堀口さんは「1.ガラスである。2.手作業である。3.主に回転道具を使用。4.産地指定されている(江東区を中心とした関東一円)こと」が江戸切子の定義だと教えてくれた。
江戸切子には代表的な文様だけでも20種類程度もあるが、それらが必ず施されていなければならないかというとそうではないという。
「江戸切子は、実はデザインも自由、色も自由なのです。伝統と言っても江戸切子の歴史は、まだ185年ほどです。生産され始めた当時は、いわゆる最新のナウいものだったわけですよね。その後、大正時代や昭和初期には大正ロマンやアールデコといったように、江戸切子も30~50年の周期で、その時代の人気の柄や流行を積極的に反映させることで、産業として成り立ってきたのだと思います」と堀口さん。伝統工芸品として維持するための、条件や定義が山ほどあるようなモノとは、全く別だったのだ。
今を担う職人が発する東京の感度
堀口徹さん(左)と三澤世奈さん(右)
堀口切子に入社するときには、必ず守らなくてはいけない約束がある。入社する者は、今後、入ってくるであろう後輩を育てる、もしくは自分がいずれ独立する場合は、その後、弟子をとるということ。つまりそれは、職人を育てることだ。今、堀口切子には若い職人もいるが、堀口切子自体が職人をいかに育てるかを大切に考えている。その証として堀口切子では、職人の一人である三澤世奈さんが制作・プロデュースするガラス・ブランド「SENA MISAWA」を展開している。
三澤さんの心地よい作品ブランドSENA MISAWA
「時流を感じながら、‟残す・加える・省く”をキーワードに、あらゆる事に対して、その時その時、適した取捨選択を行うようにしています。だからトラディショナルなデザインもあれば、『これも江戸切子?』というようなラインナップもあります」と堀口さんは言う。
若い職人は江戸切子の大切な継承者だからこそ、伝統の中で今、自分たちがどこにいるのか、そして東京・江戸のアイデンティティを強く意識している。
「日ごろから考えようと話し合っているのは、何のために、誰のためにつくっているのか、です。料理屋さんなのか、個人の方なのか、装飾品なのか、日常品なのか、などですね」と、使用用途やシーンを大切にしている。「それによって、グラスであればサイズも口当たりも、文様も全て違ってくるはずです。そして自分たちが完成した時は未完成の状態で、使ってくださる方の手もとで、完成するのだと考えています」。
冒頭の謎かけの答えは、シンプルで謙虚な職人気質の証だったのだ。
「伝統」×「革新」=江戸切子
「Emptiness(余白・空白)」の追求も大きなテーマ。「万華様切立盃」と呼ばれる盃
「『伝統』と『革新』は、私は江戸切子においては同義語だと思っています。小さな革新をずっと続けていく上で伝統が築かれる。私たちは芸術品をつくっているのではないので、常に変化していなければ生き残れないのです。もしこの江戸切子が千年、二千年続いた時には、もっと成熟し、不要なものがそぎ落とされているのかもしれませんね」と堀口さん。
日々江戸切子と向き合うことは、時流の波の中で、常にその感度を研ぎ澄ますことなのだと感じる。ガラスを削り出し、磨きをかけるように、時代の要望を削り出し、形にしていく。
「例えば、江戸切子のピアスがあったらどう?だとか、帯留めがあったら素敵じゃないか、というアイディアは、日々の製作現場ではとても自然なことです。だからと言って、伝統の革命児のような位置づけになりたいわけではないんですよ」。
先人たちが育んでいた切子と、令和の時代の職人らしくモノヅクリに向き合っていきたい-。堀口さんのピュアな真心が、ひとつひとつの切子の文様に、確かに刻まれ続けている。
堀口切子:公式サイト
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