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【読書録】「それを愛とは呼ばず」桜木紫乃 (著)の感想

こんにちは、桃生ににこです。最近また小説を読んでいます。今回は、「それを愛とは呼ばず」桜木紫乃(著)を読みました。軽めの読書記録です。

満足度⭐️3.5かな。じわりじわりとしみてくる感じ。

妻を失った上に会社を追われ、故郷を離れた五十四歳の亮介。十年所属した芸能事務所をクビになった二十九歳の紗希。行き場を失った二人が東京の老舗キャバレーで出会ったのは運命だったのか――。再会した北海道で孤独に引き寄せられるように事件が起こる。そこにあったものは「愛」だったのか? 驚愕の結末が話題を呼んだ傑作サスペンス長編。

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久しぶりに恋愛小説が読みたいなーと思って、Amazonの紹介文を見て、この本にしたものの…
基本的に暗く静かなトーンでお話が進んでいくので「あれ?どんなお話を読もうと思ってこの作品を選んだんだっけ?」となりました。

全く恋愛じゃない?のではと思ったけど、愛や真実をしんどい状況の時に追い求めている時に、陥りがちな思考を極端な事例で表現した作品ですね。

人生、うまくいかないことの連続で、今はどん底で、自分が持っているものを考えても、ここから好転することなど、一切想像できない!

最高な時も最低な時も変化は怖い。
最高な時は、何かを変えたら落ちていくような気がする。
最低な時は、何かを変えるともっと落ちそうな気がする。

物語の主人公、紗希は、圧倒的な美貌で芸能界デビューするものの、そこから鳴かず飛ばずで事務所をクビになってしまった。美貌を維持するために続けてきた結構習慣、特に朝、ヨーグルトを食べることに異常に執着する様が印象的でした。

これから何も変わらない、大丈夫って、何かの行動を通して思い込みたいんだよね。

恋愛で不安が強い時に連絡の頻度にこだわってしまうことと似た心理かな。

タイトルは「それを愛とは呼ばず」ということで。
愛の形は様々だから、それぞれに愛の形が違って、色んな愛し方があるのが人間の面白さだと思うけれど、一般的に「好ましい愛!」と呼ばれるものからは大きくずれるのだろう。

ちょうど昨日、食べに行ったお店が、前菜、主菜といくつかの中から選んで注文するところだった。フランス料理だから○○風や○○ソースが食べ慣れてない私は想像もつかないものが多かった。

値段も普段のご飯よりも高いし、お腹もめちゃくちゃ空いているし、美味しいもの食べたい!って欲求もすごいし、「これじゃなかった」は絶対に嫌!と思っていたんだけど。

よくわからないものの中にも「フィレステーキ」とか「ホタテのカルパッチョ」とか想像しやすい、馴染みの料理、食材はあって、フィレステーキは好きだけど、今、なんとしてもフィレステーキ!という気分ではない中、フィレステーキを選択したとして、そこにフィレステーキに対する愛はあるのか?「それを愛とは呼ばず」ではないか?と思って。

あえてカツオのたたき(私はカツオのたたきがあまり好きではありません)と子羊のなんちゃらを頼んでみた。
カツオはめちゃくちゃ美味しかった。新しい世界が広がった。羊は「あ、そうそう、私、羊苦手だったよねー」となったけど、トータルの満足度は非常に高かった。(デザートも最高だったのです)

いくつかの料理から選択する場面があったとして、毎回フィレステーキを選ぶ。(この際値段のことは置いておいて)
他の料理がピンと来ない、という理由で。

そうすると、毎回フィレステーキを食べることになるから、フィレステーキを愛しているのか?となると、そうではないのでは?と。

毎回フィレステーキだとしても、何故そうなのか?の理由によっては「それは愛ですね」となるかもしれない。

物語の中では、相手を選ぶ明確な理由は述べられてないので、「愛だ」「愛じゃない」言い切ることはできないけれど…
逃げやストレス発散、もしくは諦めの意味合いが強いかなぁ、と思いました。どうですかね!?


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