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92_RPG達人とは何者か? 始祖G.G.の言葉を読み解く

2024年に活躍したスポーツ選手といえば、メジャーリーグの大谷翔平選手が最も印象的でした。ドジャースのワールドシリーズ優勝に貢献し、史上初の「50-50」(本塁打50本以上、盗塁50個以上)を達成して三度目のMVPを獲得。その大谷翔平選手が高校時代に「人生設計ノート」を書いていたことが2025年1月1日付け朝日新聞で紹介されていました。WBC優勝MVP、ワールドシリーズ優勝などを構想して、実現させた実行力に驚きます。規模は異なりますが、アポロ計画もケネディ大統領がビジョンを言語化したことから始まり、実現させたと言えます。『たった1人からはじめるイノベーション入門 何をどうすればいいのか、どうすれば動き出すのか』の著者、竹林一氏は正月に「やりたいこと100連発」を書く習慣があるそうです。7年前に講演を聞いたとき「書き出したことの7割くらいは実現する」と語っていました。普通の人が真似するのは難しいと思うかもしれません。高校時代に自分も書いていたらと思うかもしれません。年齢を重ねてから、こんなことを考えてどないすんねん。ところが、あったのです。忘れかけていましたが、10代の頃に読んで影響を受けて、そのビジョンが頭の片隅に残っていた啓蒙書が。

1974年に最初のロールプレイングゲーム(RPG)を創ったゲイリー・ガイギャックス(1938 - 2008)が50歳前後の頃、1987年に10年余りのアメリカ合衆国のプレイ状況を見て『Role-Playing Mastery』を発表しました。雑誌『ウォーロック』初代編集長の多摩豊(1962- 1997)が翻訳した『ロールプレイング・ゲームの達人』は1989年10月に社会思想社から発売されました。平成元年に翻訳された書籍を令和7年正月に読み返して、いろいろ感じることがありました。

◆多摩豊氏による提言

雑誌『ウォーロック』初代編集長を務めてTRPG普及期を支えた功労者の多摩豊氏は『ロールプレイング・ゲームの達人』「訳者あとがき」に下記の言葉を残しています。

残念なことに、まだ日本ではこの ”達人” を認定できるほどのロールプレイング・ゲーム界は存在していないのかもしれません。しかし、これからそういった ”社会” を作っていくことが重要なのです。この本に書かれているような素晴らしい ”達人” になること、それが日本に真のロールプレイング・ゲーム界を作っていく原動力になるでしょう。

訳者あとがき p255

『ロールプレイング・ゲームの達人』に一貫した理念は、趣味としてRPGが認知され、社会的地位を確立すること。多摩豊氏は数百万人のプレイ人口がいるアメリカ合衆国に追いつき、追い越すことを目指していました。現在のゲームファンが受け継いでいくべき「知。」なのかもしれません。

◆RPGとは何か?

『D&D』発売以降、10年の間に様々なRPGがデザインされました。そのうえで、ゲイリー・ガイギャックスがどのように定義していたのか気になります。明確に「定義」という言葉を使っていません。文章を読んでいくと、RPGとその目的、ゲームの勝利について下記のように説明しています。

ロールプレイング・ゲームは、映画を観るのや小説を読むのとはちがう。一人でコンピュータのプログラムと戦っているのでもない。ロールプレイング・ゲームは、参加している人々みんなで楽しむ、冒険世界への入口なのである。

まえがき P16

達人となるためには、なぜこれほどのブームが起きたかを理解する必要があるだろう。明白な答えというのは見すごされがちなものである。なによりもっとも大事な事実、それはロールプレイング・ゲームは”面白い”ということである。

1 ロールプレイング・ゲーム、それは新たな愉しみの泉 P23-24

このゲームにおける勝利とは、プレイに参加した者が楽しむということなのである。トーナメントはべつにして、勝者とはもっとも楽しみをあたえた者のことを指す。これはある意味ではトーナメントにもあてはまる。そしてその度合いが大きいものが達人なのである。

10 達人への道のり P242

参加者が協力すること、面白いから流行ったこと、プレイヤー全員が楽しむこと。昔も今もTRPGの本質は変わっていないようです。「ロールプレイ」について下記のように説明しています。

最初に”ロールプレイ”と”仮想”のちがいについて考えてみよう。
ロールプレイとは、想像上のある役柄を演じることである。たとえば、子供が大人のふりをしたり、芝居で男優が女性の役を演じたり、ゲームプレイヤーがスパイになったり、こういったことがロールプレイにあたる。もう少し細かくいうならば、ロールプレイとは、自分が現在(または未来永劫)決してなることができない何者かを演じること、ということができる。

1 ロールプレイング・ゲーム、それは新たな愉しみの泉 P18

この文章のつづきでは、元になった2つのものとして、精神医学での治療手法と、ミニチュアを用いたウォーゲーム(シミュレーションゲーム)を挙げています。別の「問題の多いプレイヤー」項目では、芝居がかったオーバーアクションを戒めており、演劇や他分野におけるロールプレイとの違いを示しています。

RPGプレイヤーに対する効用についても述べています。社交性の学習効果、創造力を鍛えること、暴力性解消の3つを読み取れます。

ロールプレイング・ゲームを行うことによって、14歳から22歳ぐらいまでの若者たちは大いに社交性を高めることにもなる。

1 ロールプレイング・ゲーム、それは新たな愉しみの泉 P25


ロールプレイング・ゲームの特徴は、このゲームがすべての参加者に創造的なものを必要とするところである。

1 ロールプレイング・ゲーム、それは新たな愉しみの泉 P25

フィクションが暴力を描くことへの批判をあげて、RPGも同様に批判されたことを書き、反論しています。

こういった批判をする人たちは、この代用暴力が人間の暴力的性格にとっては一種のはけ口となる考え方を知らないか、無視しているようである。

1 ロールプレイング・ゲーム、それは新たな愉しみの泉 P26

◆ゲームの達人とは?

「達人への道のり」は同心円として描かれています。水面に石を投げたときにできる「波紋」のように広がっていきます。ゲイリー・ガイギャックスの図をもとに再作成した図を示します。

最後の四番めの円、これはグランドマスターの地位を表すものである。ここで必要なのはある特定のゲームではなく、ロールプレイング・ゲーム全体に対する貢献である。

10 達人への道のり P245

「プレイヤーの達人」「ゲームマスターの達人」になるために何をすればいいのか、段階を分けて詳細に説明しています。本書の他の項目と異なり、この「達人へのステップ」は時代性の違いや、アメリカ合衆国と日本の社会性、文化の違いのためにそのまま適用するのは難しいです。「トーナメント」という競技的なプレイもありません。それでも、参考にできる部分があります。各ステップの見出しを引用します。

ロールプレイング・ゲームの達人へのステップ
1、そのゲームのルールを理解する。
2、ゲームの目的を知る。
3、ゲームの本質を見極め、それをプレイの信条にする。
4、ゲームのスタイルを知り、これをよく理解する。
5、自分自身とゲームのキャクターは別物であるということを忘れない。
6、自分のグループのキャラクターと、それを演じるプレイヤーを理解する。
7、自分がプレイするキャンペーンのことを知る。
8、ゲームマスターの役割を理解し、極力これを助ける。
9、完璧に正しく自分のキャラクターを演じる。
10、つねにグループの成功を第一に考える。
11、プレイ中はキャラクターの最高の能力を用いる。
12、できるかぎり頻繁にプレイする。
13、さまざまなキャラクターで、数多くの状況をプレイする。
14、グループのキャンペーン以外のプレイも頻繁に行なう。
15、トーナメントを行なう。
16、自分の周りのゲーム環境を認識し、これに貢献する。
17、達人となってからも学び続ける。

2 プレイヤーの達人 P47-53 強調文字のみ

これらの中で「8、ゲームマスターの役割を理解し、極力これを助ける。」「10、つねにグループの成功を第一に考える。」「16、自分の周りのゲーム環境を認識し、これに貢献する。」という、ゲーム仲間を助け、貢献することは普遍的に重要なことです。多様なプレイ経験、質と量を追求すること「12、できるかぎり頻繁にプレイする。」「13、さまざまなキャラクターで、数多くの状況をプレイする。」「14、グループのキャンペーン以外のプレイも頻繁に行なう。」も同意できます。最後のステップ「17、達人となってからも学び続ける。」はゲームの達人だけでなく、あらゆる分野のプロフェッショナルに共通する職業倫理規範と同じです。

「達人ゲームマスターの教義」の見出しを引用します。楽しむこと、プレイヤーとゲームマスターとの協力関係を主張されているように思います。

達人ゲームマスターの教義
1、ゲームはその過程を楽しむことによって娯楽を提供するものである。
2、個々のキャンペーン世界は、元となるゲームを解釈して、プレイするグループのために作り出されたものである。
3、キャンペーン世界における創造は、ゲームの本質から離れてはならない。
4、キャンペーン世界はつねにゲームマスターやプレイヤーの行動によって修正されていく。
5、ゲームマスターの役割は中立的なものであり、まずキャンペーン世界、ついでプレイヤーのグループ、最後にゲームにたいして義務を負う。
6、最高のゲームマスターとは、プレイヤーが全力を尽くしてゲームに参加できるようにするものである。
7、一つのゲームシステムの達人というのは、ゲームマスターとプレイヤーの両者でもって初めて成立する。

3 マスターの達人 P74-79

◆今も昔も存在する問題プレイ

ゲイリー・ガイギャックスは問題プレイヤーや、RPGにおけるトラブルと対処方法も説明しています。逆説的に考えると、TRPGが創られてさまざまなジャンルに広がった10年間に問題プレイも発生したということです。そして、40年前のアメリカ合衆国で起きたプレイ問題が、現在、2020年代の日本でも起きています。むしろ、遊び方が多様に分化したために、起きている問題も増えたのかもしれません。

最悪の問題は、悪い経験をしたプレイヤーがTRPGを二度と遊ばなくなることです。

いままでずいぶんと多くの人がロールプレイング・ゲームをあきらめてしまう原因となっている、退屈なセッションを経験しないですむだろう。ロールプレイング・ゲームにとって最大の敵とは、ゲームのシステムを誤ったかたちで利用することである。

まえがき P14

たった一つのシステムしか知らない多くのベテランプレイヤーは、ゲームのシステムのために生じる問題や、グループの力関係が原因で生じた問題にたいする、相互協力を基本とするさまざまな解決方法をほんとうの意味で知り、活用しているとは言い難いところもある。一方、まったくの初心者がこの要領をつかみ、即座にプレイに反映させる場合もある。もし、この両者が同時に一つのグループに属することがあれば、まちがいなく衝突がおきることであろう。たんにプレイを繰り返すだけでは、ほんとうの経験を積んだことにはならないのである。

4 グループは個の集まりにあらず P80

ゲームマスターの問題として、敵対的行為、操り人形などを書かれています。

プレイヤー、マスターともに絶対忘れてはならないことは、”ゲームマスターはプレイヤーキャラクターの敵ではない!”ということである。少なくとも、ゲームマスターはそういった立場になってはならない。

3 マスターの達人 P57

あまりありがたくないけれどよくある状況が、ゲームマスターが他のプレイヤーを単なる操り人形だと思っている場合である。そのようなキャンペーンでは、プレイヤーはたんにゲームマスターのお話の一部であり、ゲームマスターは自分自身を唯一絶対の調停者、そして世界の支配者と思い込み、なぜゲームをおこなっているかの真の理由を見失ってしまう(または最初から気にかけない)のである。

4 グループは個の集まりにあらず P102

問題の多いプレイヤーについても解説し、対処方法を説明しています。現在と状況が異なることもあるので、ここでは類型だけを紹介します。要は、昔から問題プレイヤーが存在し、対応策が考えられてきたということです。

・あばれん坊:他のプレイヤーやゲームマスターに、ああしろこうしろと指図するタイプ。
・俺、知ってる:すぐにルールの一節を引用し、他のプレイヤーの行動を指図しようとする。
・アドバイザー:機会あるごとに自分の ”有意義な忠告” を他人にあたえようとする。
・ズル
・わがまま
・おしゃべり1:ゲームより雑談が大事。ゲームは集まるための理由。
・おしゃべり2:自分の演技力が優れていることを示そうとして、しばしば芝居がかったオーバーアクションを行ない、ゲームに関する知識や技能の欠如をカバーしようとする。

◆ゲーム界を盛り上げるために

ゲイリー・ガイギャックスが啓蒙書を書いた理由、そして多摩豊氏が翻訳紹介した理由は「ゲーム界という広い分野における貢献と活動」を行うTRPGファンが増えることを願ったからでしょう。そして、願い、祈りは次世代のゲームファンに受け継がれ、その中から新たなゲームデザイナーが生まれ、ゲーム界が盛り上がっていくと思います。達人が受け取る「最大の栄誉」は二度説明されています。ゲームを楽しむこと、無償の賞賛。

グループの成功の頂点は、プレイヤーまたはゲームマスターのうちのだれかが、おなじロールプレイング・ゲームを行っている他のグループの多くから、熟練したプレイぶりを認められるときに成し遂げられる。おなじ趣味を持つ他の多くの者からの賛辞以上に素晴らしいものがあろうか? もし、おなじ趣味を持つ者のあいだでその名が語られようになったならば、それは彼、そしてそのグループにとって最大の栄誉なのである。

4 グループは個の集まりにあらず P110

将来、新たな達人たちのなかから、つぎの世代のゲームデザイナーが登場するかもしれない。彼らは自分たちの経験を活かして、ロールプレイング・ゲームにさらに新しい要素をくわえていくことだろう。そして、他の多くの達人たちは、自分自身と周辺の人々に尽きることのない愉しみをあたえ続けるのであろう。それこそ、ロールプレイング・ゲームの目的なのである。そして、これがすなわち達人という称号のもたらす最大の栄誉である。

まえがき P17

2025年正月に『ロールプレイング・ゲームの達人』を再読して、絶対に読んで実践していたと推測する人が3人思い浮かびました。「楽しむ」という言葉が繰り返されるのを見て、ゲームデザイナー小太刀右京先生の『なぜなに未来侵略 テーブルトークRPG編』(2016)を思い出しました。朱鷺田祐介先生は多摩豊編集長に導かれてTRPG業界で仕事を始められました。『粋なゲーマー養成講座』(1996)が1990年代のマスターテキストでした。もう一人は、大学TRPGサークルの鬼王会長(仮名)。最強のプレイグループを目指した独裁体制に賛否両論ありましたが、互いに切磋琢磨する土壌を作り、経験学習モデルを導入して多数のプレイヤーを育てた実績は消えません。私が本書を読んだのが高校生のときか大学生の頃か覚えていませんが、心の片隅にあり、ゲームの達人を目指して千里の道を一歩ずつ進んで来たような気がします。『RPG学研究』に論文を2件投稿したのも、自分なりにゲーム界への貢献を考えたからです。

『ロールプレイング・ゲームの達人』(社会思想社)の奥付けを見ると、1989年10月31日初版第1刷発行、11月30日初版第2刷発行と、わずか1か月で増刷されていたことに驚きます。1989年(平成元年)といえば、4月に『ソード・ワールドRPG』が発売された年。アメリカ合衆国のプレイ人口数百万人に対して「日本では、まだ巣十万人というのがいいところであろう」と書かれていました。「訳者あとがき」に書かれたゲーム社会を作っていくことは道半ば。されど、かつて「遊戯の達人」と名乗っていた友人がプロのゲームデザイナーとして活躍するなど、多数の仲間がゲーム界に貢献して活動しています。まだまだ欧米のプレイヤー人口規模には追いついていませんが、日本のTRPG文化が発展していることを実感します。

参考文献
Gary Gygax 1987, 多摩豊(訳)1989『Role-Playing Mastery(ロールプレイング・ゲームの達人)』社会思想社

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