日本語の輸出入メカニズム(輸入編)
鶴田知佳子
日本語にカタカナとローマ字がなかったら、「日本語の輸出入」はどうだっただろう?
世界の言語の輸出入貿易収支を作ったとしたら、おそらく、いちばんの輸出超過は英語を使用するアメリカかイギリスなどの諸国であろうが、日本はかなりの輸入大国であることは間違いない。その点、輸出入管理が厳しいのは(今となってはフランス語専攻だったことを名乗るのも恥ずかしいレベルのフランス語ではあるが)学生時代に専攻したフランスである。なんといっても、アカデミーフランセーズの元で外来語が入ってきても何をフランス語として認めるか?認めないか?の管理を厳しく行なっているからだ。さて日本語についてのことばの輸出入管理はどうなっているだろうか。
輸入:カタカナ
こと輸入に関してはあまり厳密ではない。それはなんといっても、カタカナの存在によるところが大きいだろう。音を日本語風の読みに変えればともあれ、ことばが示している概念を輸入することはできる。
輸入:置き換え
日本語で置き換えるのかどうなのか。少し前の議論であるが、国立国語研究所(国語研)は行政白書から抽出した外来語の言い換えを2002年から始めており外来語(カタカナ語)の言い換えを提案している。たとえば「リテラシー」を「読み書き能力」「活用能力」とするなど言い換え案を発表したが、言い換え案は必ずしも定着していない。
「オンライン」「データベース」「フォーラム」はそのまま使われているし、「メセナ」は「文化支援」とする案が出されたが反対もあり、言い換えは断念された。「ユビキタス」は「時空自在」の言い換えが提案されたがこれも定着してはいない。
外来語に関する意識調査が国語研により全国の15歳以上の4500人を対象に実施されており、提案された言い換え語と、元の外来語のわかりやすさを尋ねたところ、「インフォームド・コンセント(納得診療)」と「グローバル(地球規模)」は2003年の調査では言い換え語が支持されたが、「デイサービス(日帰り介護)」は外来語に支持が集まった。しかし、現在調査を行なったとしたら違う結果がでることも考えられる。
輸入後の進化
輸入された後で、カタカナ語として定着するのか。場合によってはさらに独自の進化を遂げるのか?「日本の英語を考える会」のコラムで指摘しているように、和製英語になった結果、輸入時点の元の英語にそのまま戻そうとして上手くいかない事態がおこるのか。もう一つ言及すべきは、進化しているのは日本語だけではなくて元の英語も変化しているため、和製英語かどうか、これが英語として通じるのかどうかを論じるのは「移動目標」(moving target)を対象にしている議論であるということだ。
一例をあげると、筆者が自身の東京女子大学の授業である「通訳基礎論」において受講学生50名強に聞いた結果、「留学先などで使用して通じなかったカタカナ語」ベスト3にあがった「テイクアウト」、「マンション」、「テンション」のうち「テイクアウト」は、最近コロナ禍でのレストランからの持ち帰りのことばとして、アメリカの一部地域では散見される。
輸入後の「加工技術」
もうひとつ言及したいのは、輸入後の「加工技術」についてである。これに関しては項をあらためて考えたいが、ひとつだけ最近筆者が経験した例をあげよう。TBSラジオの番組の中で「現場にアタック」というコーナーの企画書が「現アタ企画書」という添付ファイルで送られてきて最初はなんのことか、わからなかった。コロナ禍で、集団感染が発するもととして、「昼カラ」つまり「昼間のカラオケ」の略語が用いられてきたが、このように、音で四つになるように略す、しかもその際に、外来語の短縮との組み合わせが実に自由自在に行なわれる。外国人の日本語学習者にとっては、この手のことばを理解し学習するのは、特に難しいのではないか。
続編では、日本語からの輸出について考えてみたい。
(2020年12月1日)