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【短編】『ポルターダイスト』(前編)

ポルターダイスト(前編)


 太陽と月が特定の位置にある時、地球上のある一点だけが重力を失うという噂があった。どのぐらいの時間重力がなくなるかは、いまだ正確には計算されてはいないがおよそ1分間と言われている。しかしその一点の空間は極端に狭く人間がそこに立っただけでは無重力とは言え体のほとんどが重力のある領域に面しているがために浮くことはない。どれほど狭いかというと、ピンポン球一つ分ぐらいである。場所はその時々によって位置を変えるため特定することは困難とされていた。太陽と月の位置に相関関係があると言われているが、実際にはいまだその仮説を証明するまでには至っていない。最初はほんの噂話で、それも心霊現象として広まったに過ぎないが、徐々に似通った現象が起こるにつれて心霊現象や怪奇現象として捉える人以外にも、宇宙の神秘であると訴える人も多数現れた。しかし、科学者や国の研究機関はただの戯言としか受け取らなかった。その現象というのは、ラケットでピンポン球をバウンドさせていると突然球が宙に浮いたり、あるいはペン回しをしている最中に突然ペンの回転する速度が急激に遅くなったり、ティーポットから紅茶を注ごうとするとそのまま宙で静止して小さな滝のようになったりと、あらゆる場所で発生していた。人々はこの現象を、心霊現象と角切りほど小さいものしか浮かないという特性を交えてポルターダイスト(Polter-diced)現象と呼んだ。

 僕は秋田の田舎から家族とともに東京へと引っ越してきたばかりだった。新しい高校に転校してすぐにオカルト研究同好会という名前に引き付けられた。しかしいざ部室を訪れてみるも活動が行われている形跡はなく、中は引越し前の空き家みたく何もない空間が広がっていた。要するにオカルト研究というのも名ばかりであったのである。机と椅子がいくつか置いてあるだけで、それ以外は何もなく倉庫と言われても不思議ではなかった。前にいた高校では皆が協力し合ってオカルトや化学現象などについて研究して充実した日々を送っていたものの、ここでは同じことはできないと人目見てわかった。結局のところ僕はオカルト研究同好会に入ることを断念した。

 しかし、もしかすると僕が来た日や時間帯が間違っていたのかもしれない。別の場所に研究所があるのかもしれないと、いつしか僕は部室を横切る際に今日は誰かいないかと時折部屋のドアを開けては中を確認するようになった。1週間が経ち再び帰り際に部室に立ち寄りドアを開けようとした時、中から人の声がした。何やら5、6人の男女が集まって話をしているようだった。僕は気持ちが昂り即座にドアを開けた。その場にいた男女が一斉に僕の方を振り向いた。よく見ると、男子は紙の筒をくわえて外を眺めており、女子たちは床に寝そべって携帯をいじっていた。

「あのー、こんにちはー」

「誰だてめえ。なに勝手に入ってきてんだ」

「あの、この同好会に入ろうと思っている者なんですけど」

「同好会?なんだそれ?」

「オカルト研究同好会ですけど」

「ああ、それか。俺らがてきとーにつけた名前だよ」

「じゃあ、オカルト研究同好会は存在しないんですか?」

「そんなのねえよ。ここはただ俺らが暇つぶしするための場所だ」

僕はこんな場所に顔を出してしてしまったことをひどく後悔した。中にいるのはあからさまに不良ではないか。転向早々この人たちから口封じのために蹴りや拳を入れられるのではないかと一瞬恐怖を覚え、すぐさ扉の方を見た。すると、男子一人が僕に向かって呟いた。

「おい、早くそこのドア閉めろ」

僕はなすすべもなくただ言われた通りにドアを閉めた。

「お前、ここがオカルト研究同好会だと思ったのか?」

「はい」

すると床に寝そべる女子が一言挟んだ。

「そう言えば、この子最近転校してきたのよ」

よく見ると、同じクラスにいる女子生徒だった。細身で美人で好印象を持っていたがまさか不良とは思ってもいなかった。

「そうか。じゃあ前の高校ではオカルト研究やってたってことか?」

「はい、やってました」

「オッケー、じゃあなんか話してみろ」

「なんかってなにをです?」

「オカルトに決まってんだろ」

「あ、はい」

僕はここぞとばかりに、最近研究していた「無重力の場所」についての全てを話した。すると突然その空間が静まり返り皆僕の話にのめり込んでいった。男子も紙を吸うのをやめていた。

「おい、それ本当か?」

「はい、現象が起こっているのは確かです」

「こいつ、面白え」

オカルト研究同好会がでまかせであったことはさておき、やはり皆サイエンスフィクションには興味があるようだった。僕は試しに皆を無重力の場所の探索をしないかと尋ねてみた。

「あの、一つ提案があるんですが、もしご興味あるなら僕とその場所を突き止めてみませんか?」

彼らの反応は薄かった。

「んーお前の話は面白えよ。けどお前に付き合うほど暇じゃねえんだ」

この部屋で暇つぶしをするくらいだから、僕に協力する時間はあるだろうが、面倒なことはやりたくないという様子だった。

 すると暇つぶしの時間が終わったのか皆揃って立ち上がり、机をどかして部屋を出て行ってしまった。やはりダメだったかと泣く泣く部屋の中に残った机と椅子を眺めていると、再びドアが開いた。同じクラスの女子生徒だった。

「忘れ物しちゃった」

机の中からヘアゴムを取り出すと、歯に挟んで髪を両手で握った。咥えたゴムを右手に持って長い髪の毛を一つに結び始めた。

「あんた、勉強熱心なのね」

「そんなことないです」

僕はそれ以外言葉が出てこなく、しばらく沈黙が続いた。女子生徒は髪を結び終えると、僕の方を向いて呟いた。

「探索活動、参加してもいいわよ」

彼女のその言葉を聞いて一瞬疑わしくも思ったが、彼女の透き通った眼差しを見て真実として受け入れた。

「ほんとかい?」

「ええ、だって面白そうじゃん?」

僕は飛び跳ねたい気持ちでいっぱいになったが、格好の悪いところを彼女の前で見せるわけにもいかないと冷静になった。

「ありがとう」

「あんた、なんて名前?」

「僕リョウって言うんだ」

「よろしくリョウくん、私はアカネ」

僕は転校して初めての友達ができた。それも美人の友達だ。


最後まで読んでいただきありがとうございます!

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