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「読書サークル」/ショートストーリー


私は、読書サークルとはどういうものなのか、まるで知らなかった。公民館の掲示板に貼られていた読書サークル会員募集の文字が、たまたま目に入っただけなのに頭から離れなかった。公民館の掲示板なんていつもは通り過ぎるだけたったのにも関わらず、その文字がピカピカ光って見える私は、疲れているのか、ただ淋しいだけなのか。両方なのか。

思い切って書かれていた連絡先に電話をしてみたら、とても心地よい声が私に言った。

「公民館でのサークルですから、変な勧誘みたいなこともしません。活動ですが、何も難しいことはしません。ただ、サークル員で1冊の本を朗読して、その本の感想をみんなで発表する。そんな集まりです。読書がお好きなら、どうですか?」

私は、読書は趣味と言ってよい。ただ、コミュニケーションに難があるというか、つまり人見知りなのだ。そう、伝えると声の主は、ご都合がよければ試しに次の開催日にいらっしゃいませんかと誘ってくれた。それで、試しに参加しますと返した。正直言えば、独り身の私は会社以外にいつだって予定はないのに等しいのだから、ありがたいと言えばありがたいと思った。

私は、いつもの癖で事前に読書サークルなるものがどんなものなのかを検索してみたのだが、検索した中には作品について感じこと等を議論するみたいなことが書かれていた。それを読んだ途端、ひどく後悔してしまった。引っ込み思案の私に議論なんて、到底無理。えーと議論じゃなくて感想って言ってたはず、私の聞き間違いだったのかしら。ドタキャンするべきか、否か。と頭を抱えていたのだがタイミングをはかったかのごとく、あの声の持ち主から電話がかかってきた。声の持ち主は雨宮あまみや さんという名前だ。

「今日は、ご都合大丈夫でしょうか?」

雨宮さんの声は最初の時と変わらずに、心地よかった。この声で朗読が聞いてみたいと思った私は思わず変なことを聞いてしまっていた。

「あの、今日雨宮さんは朗読されますか?」

「ええ、私は主催者なので毎回朗読します。もちろん、サークル員の邪魔をしない程度にですが。」

「ぜひ、参加します。」と私は答えていた。

本当に穏やかな不思議な時間だった。議論などせず、かわるがわるに1冊の短編小説を朗読してただ感想を述べあう。そんな感じの2時間ちょっとだった。私も少しだけ朗読して、この作品は好きですと感想を言った。それ以上は、正直いうことができなかっただけだ。多分、好きですという感想は人からすれば、それだけですかと非難に近いことを言われても仕方ないはずなのに、サークルの人たちはとても自然にうなずくだけだった。私以外の人たちの感想も小難しいことを言う人はいなかったので、あらためて良かったと思った。うんちくみたいなことを言う人がいると私の頭はショートしてしまうので、もしそういうサークルだったら入らないと決めてきていた。

雨宮さんの朗読は期待していた通りというかそれ以上で、この声だけで誰もが癒されるに違いないと思わずにはいられなかった。この人はいったい何者なのかと考えてしまうぐらいに。そして、この空間は何だろう。普通ではない。私が知っている普通とは違うのだ。

「どうでしたか?」

雨宮さんが、私に聞いてきた。雨宮さんのとなりに、実は不思議な空間と時間を形作っていたもう一人若い女性がいたので、私の心はちょっとその女性に向いていて、答えるのが遅くなってしまった。

「あっ、えーと全然大丈夫でした。」

変な答えだと自分でも苦笑してしまった。

雨宮さんと若い女性は、嬉しそうに微笑んでくれていた。

若い女性は名刺を差し出しながら、

「私は、ふじのかのんと申します。」

これまたふんわりとした声で、私に言って握手を求めてきた。

「難しい漢字でしょう。画数も多くて。藤野はともかく、夏響 かのんの方は書いたり読めたりしませんよね。だから、面倒で名刺を持っています。肩書も何にもありませんけど。」

「弟は。と言っても双子ですが、じんと言って漢字は簡単なんです。人と書きます。ずるくないですか?簡単すぎちゃって。」と花が咲いたかのように笑う。

「それでは、今日はありがとうございました。」

そういうと夏響 かのんという若い女性が、別れの挨拶代わりなのか手をひらひらさせて公民館の出入口の扉に向かって歩いていくのを眺めていた。私は、主催者の一人なのか、あとで雨宮さんに聞いてみようと思っていた。だって、彼女。私の知っている普通の人間と違う人間なんだもの。

「読書サークルはどうされますか?正式に、はいられますか?」

「正式に入ります。よろしくお願いします。」

そう、私が伝えると雨宮さんは、いきなり耳元に口を近づけて秘密を打ち明けるように言ったのだ。

「この地球の、この次元の、この空間でもやっていけそうでしょう?今日は、 じん君がきていなかったから、穏やかでしたね。」

夏響 かのんさんと一緒にいた短い時間だけで彼女のエネルギーが身体の隅々までとおるのを感じてくらくらしそうだった上に、雨宮さんの声のエネルギーまでとおされて、私は人間の形を保てるか心配になってしまった。

あなたたちって何者なのよ。









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