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現代版 海坊主「藍に沈む夜」 ~ 見えざる海の住人~

あらすじ:

海沿いの町に引っ越してきた主人公・大和(やまと)は、家族と静かな生活を送るつもりだった。
しかし、ある嵐の夜、家の周りで見知らぬ僧形の男が姿を現す。

海に潜む異形の存在が再び町を蝕み始めたのだ。

大和は地元の古い伝説「藍の僧」を調べる中で、この地に隠された忌まわしい真実を知ることになる。

そして家族を守るため、
死者が囁く藍の海へ足を踏み入れる決意をする――。

主な登場人物

1. 主人公:大和 健介(やまと けんすけ)

  • 年齢: 38歳

  • 職業: フリーライター(都市伝説や怪奇事件に関する記事を書く)

  • 容姿: 身長175cmの細身。黒髪は少し無造作に伸びており、ひげが薄く伸びがち。目はやや切れ長で、ぼんやりした印象を与えるが、緊張すると瞳が鋭くなる。

  • 性格: 冷静で論理的な思考を好むが、家族のためとなると感情が爆発する一面も。

  • 口癖: 「それ、根拠ある?」(職業柄、何事も証拠を求めがち)

  • 背景: 都市部の喧騒から逃れ、妻と息子とともにこの海辺の町へ移住。かつては心霊現象を信じていなかったが、取材を通じて次第に「説明できないもの」に興味を抱くようになった。


2. 妻:大和 結衣(やまと ゆい)

  • 年齢: 34歳

  • 職業: 小学校の臨時教員(育児のため時短勤務)

  • 容姿: 小柄で落ち着いた印象の女性。茶色の柔らかいボブヘア、メガネがトレードマーク。薄いナチュラルメイクが基本。

  • 性格: 優しく控えめだが芯が強い。家族を守るためには大胆な行動も辞さない。

  • 口癖: 「大丈夫、絶対うまくいく」

  • 背景: 都会での子育てに疲れ、健介を説得してこの町への移住を決断。移住後は地域の人々との交流を楽しんでいたが、異常現象に巻き込まれ心が不安定になっていく。


3. 長男:大和 陽翔(やまと はると)

  • 年齢: 5歳

  • 容姿: 細身で少し色白な男の子。癖のある黒髪が特徴。表情豊かで笑顔が印象的。

  • 性格: 好奇心旺盛で、よく質問するタイプ。「なぜ?」が口癖。

  • 口癖: 「ねぇ、お父さん、これってなんでなの?」

  • 背景: 幼いながらも僧形の影に対して敏感に反応する。ある夜、誰もいない部屋で「誰かいる」と言い出す。物語のカギを握る存在。


4. 古老:村岡 昌二(むらおか しょうじ)

  • 年齢: 78歳

  • 職業: 地元の民間伝承研究家(元教師)

  • 容姿: 長身で背筋がピンと伸びている。白髪交じりの短髪。鋭い目つきが印象的。手は節くれており、何十年も海に触れてきたかのように硬い。

  • 性格: 無口だが要所要所で核心を突く言葉を発する。

  • 口癖: 「その先は知るな」(意味深な忠告)

  • 背景: 藍の僧について最も詳しい人物。町の人からは「余計なことを話す」と疎まれるが、大和に対しては協力的。藍の僧を封じる儀式についても知っている。


5. 僧形の影(藍の僧)

  • 姿: 背丈は異常に高く、黒い法衣をまとった異形。顔は隠れており、唯一見えるのは鋭い白い歯。

  • 性格: 無言だが執念深い。人間に対する深い憎しみを感じさせる存在。

  • 特徴: 指先は異常に長く、濡れている。足音を立てずに現れ、海辺に立ち尽くすことが多い。

  • 目的: 海に沈んだ怨念を現世に広げ、家族を引き裂くこと。

現代版 海坊主「藍に沈む夜」 ~ 見えざる海の住人~

第一章:影の訪問者

 移住からちょうど二週間が過ぎた夜だった。
家の外から低く波がざわめく音が響いてくる。
遠くで犬が鳴いているのも聞こえた。

妻の結衣と息子の陽翔はすでに二階で寝静まっていたが、俺はリビングでノートパソコンを開き、締め切りが迫った記事を書いていた。

 この町に来てからというもの、時間の流れが妙にゆっくりしている。
東京では毎朝満員電車に揺られ、帰宅しても息子の寝顔を見るだけの日々だったが、ここでは違う。

潮風が心地よく、海から吹く風に触れているだけで、疲れが薄れていくような感覚があった。
だがそれと同時に、心の隅にわずかな違和感がこびりついているのも事実だった。

 ふと、ガラス窓の向こうに何かの気配を感じた。
 視線を上げると、暗闇の中で何かが動いたように見えた。
最初は風で木の影が揺れたのかと思った。
しかし、確かにそれは人の輪郭に似ていた。

「誰だ?」
 俺は立ち上がり、カーテンを開けて窓越しに外を見た。
庭先には薄い霧が漂い、その奥に黒い影が佇んでいる。

 背筋に冷たい汗が滲んだ。
人間にしては異様なほど背が高い。
頭から足元まで黒い布のようなものをまとっていて、顔は暗闇に隠れて見えなかった。

ただ、一瞬だけ白い歯がちらりと見えた気がした。

「何だ、あれ……」
 まさか空き巣か? だがこの町でそんな話を聞いたことはない。

それにしても、こんな真夜中に誰かの庭先に立ち尽くしているなんて不気味すぎる。

 俺は玄関へ向かった。
手には防犯用に置いていた懐中電灯を握りしめていた。

「もしもし!」
 ドアを開けて声をかけるが、影はまるで聞こえないかのように微動だにしなかった。

冷たい夜風が頬を撫でる。

 俺は意を決して一歩踏み出した。
影との距離は10メートルほどだろうか。
足元に小石が転がり、靴底でそれを蹴る音が響く。
その音に反応してか、影がゆっくりと顔をこちらに向けた。

 ぞわり、と背中が凍りつく。
 真っ黒な法衣に包まれた影は、人間のはずなのにどこか異質な雰囲気を放っていた。
顔は薄暗くてはっきり見えなかったが、確かに口元だけが異様に明るい。

「何してるんだ、こんなところで?」
 震えを隠そうと声を張るが、返事はなかった。

ただ、影は海の方をじっと指さしている。
「……海?」

 その仕草に違和感を覚えながらも、俺は視線を向けた。
海は黒く沈み、波が鈍い音を立てていた。

 ふと視界の端で何かが動いた。
振り返ると、影は消えていた。

「嘘だろ……?」
 たった今までそこにいたはずのものが、まるで最初から存在していなかったかのように跡形もない。

俺は混乱した頭を抱えながら家の中へ戻った。

 夜が深まるにつれ、胸のざわつきは消えるどころかますます強くなっていった。


リビングに戻ると、家中がひっそりと静まり返っていた。
時計を見ると夜中の1時を過ぎている。
窓の外は相変わらず漆黒の闇に包まれ、波音だけが遠くからかすかに聞こえる。

頭の中では先ほどの出来事がぐるぐると回り続けていた。
あの黒い影は一体何だったのか。
泥棒や不審者だとしても、消えるように姿を消すなんてあり得ない。

まさか幽霊――そんな非現実的なことを考えてしまう自分に苦笑した。

「幽霊なんて……バカバカしい。」

そう自分に言い聞かせて、冷えたコーヒーを一口飲んだ。
苦味が舌に広がり、少しだけ現実感を取り戻す。
もう寝るべきだろう。

俺はノートパソコンを閉じて二階の寝室へ向かった。
廊下の木の床が軋む音にわずかに神経をとがらせる。


2階の異変

寝室のドアを開けると、結衣がベッドの上で横向きに寝ていた。
陽翔もその隣ですやすやと眠っている。

俺は安心してベッドに腰を下ろし、布団に潜り込んだ。

「……あれ?」
ふと、隣の陽翔がうっすら目を開けて俺を見上げた。
眠気の残る目でこちらをじっと見つめる。

「どうした、目が覚めたのか?」

「……ねぇ、お父さん。」

「ん?」

「さっき、誰かいたよ」

心臓がドクンと跳ねた。

「誰か? 何言ってるんだ。」

「……知らない人。窓から見てた。」
俺は思わず陽翔の肩を掴んだ。

「いつ? どの窓だ?」

陽翔は眠そうに目をこすりながら指を差した。
部屋の隅、海に面した窓だ。

「そっちの窓……黒い服の人が、笑ってた。」
背筋が凍りついた。

先ほど俺が見た黒い影と同じだ。
だが、ここ二階の窓から覗き込むなんて不可能だ。

「陽翔、夢でも見たんだろう。」

「……ううん。目、覚めてたもん。」
その言葉に何か得体の知れないものが胸の奥から込み上げてくる。

俺は陽翔をなだめるように頭を撫でたが、心の中では不安が膨らんでいった。


再び現れる影

次の日の朝、俺は何事もなかったように振る舞った。
結衣にも陽翔にも昨夜の話をしなかった。
あれはただの気のせいだ。そう自分に言い聞かせていた。

だが、その夜も異変は続いた。
再びパソコンに向かっていると、玄関先からカタン、と何かが倒れるような音がした。

「……またか?」
懐中電灯を手に玄関へ向かう。
慎重にドアを開けると、冷たい夜風が吹き込んできた。
外には何もない。

だが、足元を見ると異様なものがあった。
湿った法衣の切れ端のような布が、玄関の階段に引っかかっていたのだ。

「……なんだこれ?」
手に取ると、ひどく冷たく、生臭い臭いが鼻を突いた。

布には水滴がついており、まるで海から上がったばかりのようだった。

「くそっ……」
思わず布を放り投げる。

どう考えても普通ではない。このままでは家族に危険が及ぶかもしれない。


村岡昌二との出会い

翌日、俺は町で最も古い寺の住職である村岡昌二を訪ねた。
地元では藍の僧や海坊主といった怪異の話を詳しく知る人物として知られている。
寺の奥に進むと、背筋の伸びた白髪の老人が待っていた。

「君が噂の大和君かね?」

「噂……ですか?」

村岡は無言のまま俺を座らせると、静かに話を始めた。

「昨夜、黒い僧形を見ただろう?」
その言葉に全身の血の気が引いた。

「な、なんでわかるんですか?」

「この町では、それを見た者に必ず異変が起こるんだよ。」

「それは……幽霊みたいなものですか?」
村岡は微かに眉をひそめた。

「幽霊なんて生ぬるいものではない。あれは藍の怨念だ。海で命を失った者たちが、黒い僧となって現れる。」
その言葉に背筋がぞわりとした。

昨夜、俺を見つめていた影――いや、藍の僧が本当にそんな存在だというのか?

「君の家族もすでに狙われているかもしれんぞ。」

「……狙われている?」

「藍の僧は、生者の家族を引き裂く存在だ。息子の陽翔も危ない。」

俺は拳を握りしめた。
家族を守るためには、これ以上ただの観察者ではいられない。

「どうすれば、あいつを止められるんですか?」

村岡は静かに目を閉じた。

「それは……覚悟がいる話だ。」


第三章:引き裂かれる家族

村岡の言葉を聞いた瞬間、俺はゾクリとした悪寒を覚えた。

「覚悟って……どういう意味ですか?」
「藍の僧を鎮めるには、"海に沈んだ者たち"の怒りを鎮めなければならん。そのためには……お前自身が彼らの世界を覗くしかない。」

「覗く……?」

「"藍の夜"を経験した者は、生きて戻れる保証はない。」
俺は喉がカラカラに渇くのを感じた。

「それしか方法はないんですか?」
村岡は静かに頷く。

「今のままでは、お前の家族が狙われるだけだ。」
結衣と陽翔の顔が頭に浮かんだ。

もしあいつが本当に家族を狙っているのなら、俺は何としてでも止めなければならない。

「……わかりました。やります。」

村岡はじっと俺を見つめたあと、ゆっくりと口を開いた。
「では今夜、海へ来い」


第四章:海に呼ばれる夜

夜になると、風が強くなり、空には雲が厚く垂れこめていた。潮の匂いがいつもより強く感じられる。

「健介、本当に行くの?」
夕食の後、結衣が不安そうに俺を見つめていた。

「ちょっと地元の人と会う約束がある。そんなに遅くならない。」

「最近、様子がおかしいよ……何か隠してる?」

「……いや、何もないよ。」
俺は嘘をついた。本当のことを話しても、結衣が信じるとは思えなかったし、無駄に不安にさせたくなかった。

「すぐ戻るから、陽翔を見ててくれ。」

結衣は不安げな顔をしたままだったが、それ以上何も言わなかった。
俺は懐中電灯を持ち、家を出た。


海辺に着くと、村岡が待っていた。
手には古びた提灯を持ち、ゆっくりと揺れる灯りが風に揺られている。

「……来たか。」

「ええ。これから何をするんです?」
「"藍の僧"は、生者を海へ引きずり込もうとする。その呪いを防ぐためには、一度"彼らの世界"を知る必要がある。」

村岡は足元の砂浜に古びた和紙を広げた。
そこには意味のわからない呪文のようなものが書かれていた。

「これを読め。そして、海を覗け。」
俺は紙を手に取り、書かれた文を読んだ。

「……『波の底に沈みし者よ、我にその姿を見せよ』?」
読み終わると、海が静かになった。

ザァァァ……という波の音が、一瞬止まったように感じた。

そして。

「おうい……おうい……」
背後から、低く湿った声が聞こえた。

俺は息を呑み、ゆっくりと振り返った。

そこに――
振り返った瞬間、俺は全身の毛が逆立つのを感じた。

海辺に、黒い影が立っていた。

昨夜見た影と同じ、異様に背の高い僧形の姿。
法衣は波に濡れ、足元から黒いしぶきが広がっている。
顔は暗闇に沈んで見えない。

「おうい……おうい……」
湿った声が低く響く。

「……藍の僧」
村岡が小さく呟いた。

影はゆっくりと、こちらに向かって手を伸ばした。
「来るな……。」
そう思った瞬間、足元の砂がズブズブと沈み込み始めた。

「うわっ……!」
足が引き込まれる。

砂浜なのに、水の中にいるように沈む感覚。
村岡がすかさず俺の腕を掴んだ。

「見るな!」

「でも――。」

「目を合わせるな! 引き込まれる!」

俺は慌てて顔を背けたが、その瞬間、耳元で囁くような声が聞こえた。

「……おまえの家族を、よこせ。」
ドクン、と心臓が跳ねた。

「な……に……?」

「おまえの息子をよこせ……あの子は"藍の夜"にふさわしい……。」

「ふざけるな!!」
俺は思わず叫んだ。

その瞬間、ズルッと足が完全に砂に埋まり、視界が一気に暗転した。


第六章:藍の底へ

気がつくと、俺はどこか冷たい場所に立っていた。

空は藍色に染まり、月も星も見えない。
周囲は深い霧に包まれ、視界がぼやけている。足元には、黒い水が広がっていた。

「……ここは?」
確かに海辺にいたはずだ。

だが、ここはまるで異世界のように静かで、現実の感覚がない。
遠くで、無数の声が聞こえる。

「……たすけて……。」

「……さむい……。」

「……ここから、出して……。」

声が重なり合い、どこからともなく響いてくる。

俺は息を呑み、ゆっくりと周囲を見回した。

そして――足元の水の中に、無数の手が沈んでいるのに気づいた。

「うわっ……!」
思わず飛び退く。水面の下に、人の顔がいくつも揺らめいていた。

青白い顔、歪んだ表情、虚ろな目――それは、溺死した者たちの顔だった。

「ここは……"藍の夜"の世界……。」
俺は震える手で自分の頬をつねった。
痛みはある。夢じゃない。

「帰らないと……。」
その時。

ザバァァァァッ!!!
水面が激しく揺れ、一体の黒い影が現れた。

藍の僧だ。
「おまえは、選ばれた。」

「……なんだと?」

「おまえの息子をよこせ。さすれば、おまえだけは生かしてやろう……。」
怒りが込み上げる。

「ふざけるな!! 陽翔には指一本触れさせない!!」
俺は叫んだ。

藍の僧は静かに笑った。

「ならば……おまえも、海に沈め……。」

そして、影が一気に俺へと襲いかかってきた――!!


第七章:夜明けの誓い

気がつくと、俺は砂浜に倒れていた。
「……!!」

息を荒げながら身を起こす。
村岡が俺を支え、安堵の表情を浮かべていた。

「戻ってきたか……。」

「……俺は……?」

「"藍の夜"に触れたんだ。だが、まだ終わりじゃない。」
俺は荒い息を整えながら、夜明けの空を見上げた。

このままでは、陽翔が狙われる。
「……守る。」
俺は拳を握りしめた。

「どんな手を使ってでも、アイツを倒す……!」


第八章:封じられた記憶

自宅へ戻ると、玄関を開ける前から違和感を覚えた。

空気が異様に重い。
まるで水の中にいるような、息苦しさ。

「……嫌な感じがするな。」
俺は慎重にドアを開けた。

「ただいま」
返事はない。

「結衣? 陽翔?」
リビングに入ると、結衣がソファに座り込んでいた。
顔色が悪い。

「結衣……?」
呼びかけると、ゆっくりと俺を見上げた。

「……遅かったね」
その声が、妙に冷たく感じた。

「どうしたんだ?」

「陽翔が……。」
俺は凍りついた。

「……何?」

「さっきから……ずっと窓の外を見て、"お坊さんがいる"って言ってるの。」
ゾクリと背筋が冷たくなる。

「どこにいるって?」
結衣が指をさした。
リビングの窓。海に面したその窓の向こう。

俺はゆっくりと振り向いた。

そこに――

いた。
黒い影が、窓のすぐ向こうに立っていた。

真っ黒な法衣。
足元には波が広がり、まるで海の中から現れたかのように滴る水音がする。

顔は見えない。
だが――口元だけが、ニタリと笑っているのが見えた。

「……おまえの息子を、よこせ。」
俺はすぐに陽翔の元へ駆け寄り、抱きしめた。

「お前には渡さない……!!」
藍の僧は静かに手を伸ばした。

その瞬間、陽翔が苦しそうにうめき声を上げた。
「陽翔!!」

息が荒く、顔が青白くなっている。
まるで何かに締め付けられているようだ。

「やめろ!! 陽翔には指一本触れさせない!!」

「……ならば、おまえが代わりに来るか?」
藍の僧の声が湿った夜風に乗って響いた。

俺は歯を食いしばった。
「俺が……代わりに……?」

陽翔を救うために、自分が犠牲になる――?

選択を迫られる中、俺の頭の中で村岡の言葉が蘇った。

"藍の僧を鎮めるには、一度"彼らの世界"を知る必要がある"
ならば。

俺はもう一度、"藍の夜"へ行くしかない。


第九章:深海の儀式

俺は村岡の寺を訪ねた。

「決めたんですね。」
村岡は静かに言った。

「ええ。もう迷ってる時間はない。」

「……方法はひとつ。"封じの儀"を行う。

「封じの儀?」
村岡は奥から、古びた木箱を取り出した。

「これを持って、もう一度"藍の夜"に入れ。」
箱の中には、黒ずんだ短剣が入っていた。

「これで、藍の僧の"核"を断つんだ。」

「核……?」
村岡は静かに頷く。

「藍の僧は、ただの霊ではない。強い怨念の集合体だ。その中心にある"核"を断ち切れば、呪いは消える。」
俺は短剣を握りしめた。

「わかりました。やります。」


夜。俺は再び海辺へ立った。

満月が波間に揺れ、不気味な青白い光を放っている。

「……来い。」
俺は呟いた。

「陽翔には指一本触れさせない……お前をここで終わらせる。」
すると、海がザバァァァァッと割れた。

黒い影が、ゆっくりと浮かび上がる。

藍の僧だ。

「……選ばれし者よ……。」
声が低く響く。

「おまえが望むなら、"藍の底"へ迎えよう……。」

「行くよ。」
俺は短剣を握りしめ、藍の僧を睨みつけた。

次の瞬間――
視界が一気に暗転した。


第十章:夜明けの決戦

気がつくと、俺は再び"藍の夜"にいた。

波のない静かな海。足元には無数の白骨が沈んでいる。

その中央に、藍の僧が立っていた。

「おまえはここで、我らとともに眠るのだ……。」
俺は短剣を構えた。

「俺は帰る……お前を終わらせて!」
藍の僧が手を伸ばす。

俺は一気に駆け出し、短剣を振り下ろした――!!


エピローグ:藍に沈む夜の終わり

気がつくと、俺は海辺に倒れていた。

「……健介!!」
結衣の声が聞こえる。

目を開けると、陽翔の顔がそこにあった。

「お父さん!」

「……陽翔……。」
俺はゆっくりと身を起こした。

海は、静かだった。

あの黒い影は、もうどこにもいない。

「……終わったのか?」
村岡が静かに頷いた。

「お前が"核"を断った。もう藍の僧は現れない。」
俺は安堵の息を吐き、家族を抱きしめた。

波が静かに打ち寄せる。

"藍の夜"は、もう訪れない。
俺たちは、ようやくこの町で、新しい朝を迎えることができる――。

(完)


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