現代版大かむろ 『おかむろさんの手紙』ー首狩りの囁きー
あらすじ
その存在は元々、家の外に巨大な顔を見せて人々を驚かす妖怪・大かむろとして語り継がれてきた。
しかし時代が進むにつれ、「おかむろさん」は黒い着物をまとい、夜の静寂に「トントン」と家の窓や壁を叩く異形として姿を変えた。
その音を無視したり、話題にしたりすると、家の中に入り込み、姿を見た者の首を刎ねてしまうという。
ある日、都会のマンションで謎の怪文書が住民のポストに投げ込まれるようになる。
「おかむろさんを知っている人を探しています。
この手紙を読んだら、すぐに『おかむろ』と『ババサレ』を3回ずつ唱えてください。
さもなくば命はないでしょう」という不気味な内容が、手書きで乱暴に書かれているのだ。
その怪文書を手にした人々は、夜になるとベランダや窓を「コンコン」と叩く音を聞くようになる。
怖気づいて窓を開けてしまった者の多くが「見つけた」という低い声とともに命を落とし、噂が加速する。
新聞やワイドショーは「おかむろさんの呪い」としてこの怪事件を報じ始め、街中に恐怖が蔓延していく。
ある夜、女子高生のリサもまた、自宅のポストに怪文書を見つける。
その直後、隣のマンションから「見つけた」という声とともに人が亡くなったというニュースが流れ、リサは母親に冗談交じりにその恐ろしい話をするが、母は半ば信じていない様子で「本当に怖いわね」と笑う。
その瞬間、彼女たちの家の窓から「コンコン」と物音が聞こえる。慌てておまじないを唱えるリサだが、母親は窓を開けてしまい…。
「おかむろさん」は、噂を広めた者を狙う怪異。
話をすれば噂が現実となり、新たな犠牲者を生み出していく。その呪いがどうして発生したのか、そして「おかむろさん」が何を求めているのか、誰も知らない。
唯一の方法は、誰も語らず、誰も噂をしないこと——だが、その沈黙は都市伝説としての「おかむろさん」をますます凶悪なものへと変えていくのであった。
主人公と登場人物
1. 主人公:本田リサ(ほんだ りさ)
年齢:17歳(高校2年生)
容姿:黒髪で肩までのボブカット、細身で身長160cm。肌は色白で、左手に小さなほくろがある。
性格:好奇心旺盛で、ホラーや怪談に興味があり、友人たちと都市伝説を調べるのが趣味。明るく社交的で、少し怖がりだが、好奇心が恐怖に勝ってしまうタイプ。
好きなもの:都市伝説や心霊スポット巡り、ホラー映画。コンビニのスイーツ(特にプリン)を好む。
嫌いなもの:謎が解けないこと、虫。閉所恐怖症の気がある。
背景:ある日ポストに届いた怪文書がきっかけで、「おかむろさん」の呪いに巻き込まれる。最初は半信半疑だったが、隣のマンションで起こった事件や窓を叩く音を耳にして恐怖を感じ始める。しかし、怪異の真相を確かめるため、自らの命の危険を顧みずに調査を始める。
2. リサの母:本田京子(ほんだ きょうこ)
年齢:40歳
容姿:長めの黒髪を後ろでまとめたきちんとした女性。少し疲れた表情をしており、瞳に冷静さを感じさせる。身長168cm。
性格:理性的で現実主義者。超自然現象など信じていないため、リサが恐怖で騒ぐことに呆れ、軽く流してしまう。
好きなもの:小説(特にミステリー)、カフェでのんびりする時間。仕事は編集者で忙しい生活を送っている。
嫌いなもの:理屈に合わない話や非科学的なことを信じる人。
背景:リサが怪文書を見つけて不安に感じた時、彼女の恐怖をからかうように「本当に怖いわね」と軽くあしらう。しかし、窓を叩く音に気づいてもなお呪文を唱えず、かえって好奇心で窓を開けてしまうが、彼女の行動が家族の危機を招くことに繋がっていく。
3. リサの友人:中川優(なかがわ ゆう)
年齢:17歳(高校2年生)
容姿:短めの金髪で、青いハイライトを入れている。ボーイッシュで活発な雰囲気。身長165cm、軽快な動きが特徴的。
性格:無鉄砲で、ホラーに対しても怖がることなく向き合える勇敢さを持つが、リサとは異なりどこか無神経なところがある。
好きなもの:心霊スポット巡り、都市伝説。ホラー映画の考察。
嫌いなもの:一人で行動すること。
背景:リサが「おかむろさん」の話を持ち出した際、それに興味を持ち、「おかむろさん」の調査を共に行う。リサにとっては頼もしい存在だが、軽率な行動が怪異を引き寄せるきっかけにもなりかねない人物。
『おかむろさんの手紙』ー首狩りの囁きー
正直に言うと、あの手紙がポストに入っていたときは、悪い冗談だと思った。
誰かがホラー映画でも見て、ふざけて投函したんじゃないかって。
「おかむろさんを知っていますか? この手紙を読んだら、すぐに“おかむろ、おかむろ”と三回、“ババサレ、ババサレ、ババサレ”と三回、唱えてください。そうしないと、あなたの命はありません。」
殴り書きされた文字が怖さを強調しているようで、思わずクスッと笑いそうになった。
だけど、わざわざそんなことするやつがいるのも気味が悪い。それに、「おかむろさん」なんて初めて聞く名前だ。
その夜、私は母さんにその手紙を見せた。
母さんはやっぱり笑って、「これ、あんたの友達が悪ふざけで書いたんじゃないの?」と言った。
私はそうかもね、と返しつつも、心の奥でほんの少しだけ不安がよぎっていた。
都市伝説や怪談は好きだけど、だからこそ変な警告には少しだけ敏感になる。
その夜、ベッドに入りながら、私はふと手紙の内容を思い出していた。
半分冗談のつもりで、「おかむろ、おかむろ、ババサレ、ババサレ、ババサレ」って、軽くつぶやいてみた。
すぐに何かが起きるわけでもなかったし、気づけばそのまま眠りに落ちていた。
次の日の朝、学校に行くとき、あの手紙のことはすっかり忘れていた。
友達の優にあの話をしてみたのも、昼休みの何気ない会話の流れだったからだ。
優は手紙の内容を聞くと少し顔をしかめて、「なんか気味悪いね。でもさ、ほんとに唱えたの?」と聞いてきた。
「もちろん」と私は笑ってみせたけど、その時、優の目にほんの一瞬だけ恐怖がよぎるのを見逃さなかった。
その日の放課後、家に帰るとまたポストに何かが入っているのが見えた。
小さな白い封筒で、差出人の名前も書かれていない。心臓が一瞬跳ねるような感覚を覚えた。
「まさか…また?」なんて冗談みたいに思いながら封筒を開けてみると、中にはまた同じような手紙が入っていた。
今度はもっと乱暴な字で、「おかむろさんがあなたを見つけました」と書かれている。
手紙を握りしめている手がじわりと汗ばんでいくのが分かる。
「おかむろさんがあなたを見つけました。」
たったそれだけの文言なのに、胸の奥が冷たくなって、頭の中で何度もその言葉がこだましていた。
ポストの中をもう一度確認してみるけれど、手紙の他には何もない。
ポストの扉を閉じるとき、風がひゅっと鳴ったような気がした。
冷えた空気が背中を撫で、思わず後ろを振り返ったけれど、誰もいない。
ちょうど夕方の薄暗い時間で、ポストの影が少し長く伸びているだけだった。
家に戻ってきてからも、あの手紙のことが頭から離れなかった。
夕食を食べながら、さりげなく母さんに話してみた。
「また変な手紙が入ってたんだよね。『見つけました』って書いてあったんだ。」
母さんは手を止めて、少し考え込むような表情をしたあと、やがて微笑んでみせた。
「何かのいたずらでしょ。気にしないでいいわ。」
そうは言うけど、心なしか母さんの笑みは少しぎこちない。
私自身も笑顔で返す余裕がなくて、食事を早々に切り上げた。
その夜も、ベッドに入る前に手紙の言葉が頭の中をぐるぐると回っていた。
「見つけました」……誰が私を?どうして?手紙には「おかむろさん」なんて名前が出てきたけど、実際に何者なのか、どうして私に目をつけたのか、全然分からない。
ベッドに潜り込むと、薄暗い天井を見つめながら考えを巡らせた。
おかむろさん、ババサレ……まるで呪文のような言葉だ。
もし、これが単なるいたずらだとしたら、どれだけいいか。
次第にまぶたが重くなり、眠りに落ちる直前、窓の外から「トントン、トントン」と何かが叩く音が聞こえた。
目を開けたとき、胸の鼓動が早まっているのが分かった。
何の音だ?時計を見ると、夜中の二時。家の周りは静寂に包まれているはずの時間だ。
それなのに、窓の外から確かに何かが二回ずつ叩く音が聞こえている。「
トントン、トントン……。」
私は布団の中でじっと息を潜めた。
窓の外には何もいないはず、そう何度も自分に言い聞かせるけれど、音は次第に大きく、ゆっくりとリズミカルに響いている。
おかむろさん、そう思った瞬間、背筋が凍るような恐怖が全身を貫いた。
――唱えないと、危ないかもしれない。
手紙の言葉が蘇り、私は小さな声で「おかむろ、おかむろ……ババサレ、ババサレ、ババサレ」と呟いた。
すると、窓を叩く音がぴたりと止まった。
まるで、私の声を聞いて何かが遠ざかったように。
翌朝、私はほとんど眠れなかったせいで目の下にクマができていた。
学校で友達の優に昨夜の出来事を話すと、彼女は半信半疑のように首をかしげた。
「ほんとに窓の外に誰かいたのかもね。でも、おかむろさんなんて信じてるの?」
「分からない。でも、呪文を唱えたら音が止んだんだよ。」
「ふーん、まぁ、気味が悪いのは確かだけど。」
優の言葉に少しホッとしたのも束の間、放課後に帰宅すると、またポストにあの手紙が入っていた。
今度は「あなたはもう逃げられない」と書かれていた。だんだん恐怖が現実のものとして押し寄せてくる。
その夜もまた、私は同じように「おかむろ、おかむろ……ババサレ、ババサレ、ババサレ」と唱えて眠りについた。
そして、その夜もまた「トントン、トントン」と音が鳴るのだった。
次の朝、私は鏡に映る自分を見て、その顔色の悪さにぎょっとした。
肌は青白く、目の下には深いクマがくっきりと浮かんでいる。
昨夜も、いや、毎晩のようにあの「トントン、トントン」という音に悩まされているせいだ。
学校に向かう道すがら、優と合流して話をしていると、彼女が心配そうに声をかけてきた。
「リサ、最近ほんとに疲れてるみたい。大丈夫?」
「うん…でも、あの音が、夜になると必ず聞こえるの。
まるで、おかむろさんが私を見張ってるみたいで。」
優は小さくため息をついて、私の手を軽く握った。
「ねえ、リサ。私の家に泊まらない?一晩ぐっすり眠った方がいいと思うよ。」
その提案に、少しだけ気持ちが軽くなった気がした。
優の家でなら、「おかむろさん」の影から逃れられるかもしれない。私は優の申し出を受け入れることにした。
その夜、優の家に泊まることになった私は、いつもとは違う環境で少し緊張していたが、何よりも「トントン」という音から解放されることにほっとしていた。
夜が深まると、優と二人でおしゃべりをしながら、私は自然と眠りについた。
ぐっすり眠れると思っていたのだが、ふと夜中に目が覚めてしまった。
部屋の中は真っ暗で、優の穏やかな寝息が聞こえる。
安堵感を感じながら再び眠ろうとしたその時――
「トントン、トントン。」
その音が、静かな部屋に響き渡った。
私の全身が凍りついた。ここは私の家じゃないのに、どうしてこの音がここまで追いかけてくるの?
私は布団の中で必死に「おかむろ、おかむろ……ババサレ、ババサレ、ババサレ」と呟いた。しかし、音は止まらない。
ますます近づいてくる気配に、心臓が壊れそうなほど鼓動を打ち始めた。
「リサ…?」
隣で寝ていた優が、薄目を開けて私を見つめていた。
優も音に気づいたのだろうか?しかし、音は容赦なく続く。
「トントン、トントン」。まるで、この場所を突き止めたかのように――
優が震える声で言った。
「…リサ、今、ドアの向こうに誰かいる…。」
恐怖で喉が詰まって何も言えなかった。けれど、私は必死で震えながら呪文を唱え続けた。
「おかむろ、おかむろ…ババサレ、ババサレ、ババサレ。」
すると、不気味な音がぴたりと止んだ。
翌朝、優もこの出来事に恐怖を感じていた。
二人で学校に行く道すがら、優が恐る恐る口を開いた。
「リサ、やっぱりこれ…本物なのかもしれないね。おかむろさんって…。」
私たちは誰にも言わずにいたが、恐怖がじわじわと日常に浸透していくのを感じていた。
優がふとポケットから何かを取り出した。
「これ、昨日ポストに入ってたの。」
それは、私が受け取ったものと同じような手紙だった。
「おかむろさんがあなたを見つけました。」と書かれている。
優の手が震えているのが分かる。
私一人だけではなく、優までもが巻き込まれたのだと実感した瞬間、強い恐怖が背筋を駆け上がった。
次の日、学校で「おかむろさん」の噂が広がり始めた。
誰かが「最近変な手紙がポストに入っている」と言い出したらしく、クラスの誰もが不気味な話題に興味を持っていた。
その一方で、「噂した人のところに現れるらしい。」とも言われていて、話題にすることさえためらわれていた。
それでも私は無意識のうちに、またあの「トントン」という音が夜になるとやって来るのではないかと、日々怯えて過ごしていた。
そして、ついにその恐怖が現実になった。
その夜、家にいると再び「トントン、トントン」と音が響き渡る。
まるで、私を迎えに来たかのように。
恐怖で体が硬直し、動くことができなかったが、必死に震え声で呪文を唱え続ける。
「おかむろ、おかむろ…ババサレ、ババサレ、ババサレ…。」
しかし、音は一向に止む気配がなかった。
それどころか、どんどん激しくなる。窓がカタカタと揺れ始め、今にも開きそうなほどだった。
その瞬間、窓の向こうに黒い影が映った。それは、あの手紙に書かれていた「おかむろさん」なのか?
気づいた時には、息が詰まり、叫び声すら出なかった。
「見つけた…。」
低く不気味な声が耳元でささやかれた気がして、私はそこで意識を手放してしまった。
翌朝、気がつくと、私は自分の部屋の床に倒れていた。
夢だったのか、それとも現実だったのか。
けれど、窓には確かに何かが触れたような薄い指の跡が残されていた。
それは、まるで私を狙っている「おかむろさん」の警告のように見えた。
数日が経ち、私は「おかむろさん」の恐怖に完全に支配されていた。
何かに怯えている私の様子に気づいた母が、「最近、様子がおかしいわよ」と言ったが、あの音や手紙のことを話す気にはなれなかった。
誰かに話せば話すほど「おかむろさん」が近づいてくるような気がしたからだ。
しかし、ある日学校で事件が起こった。
私と同じように「おかむろさん」の手紙を受け取っていたクラスメイトの優が、登校してこなかったのだ。
優は「おかむろさん」の恐怖について話し合った唯一の友人であり、彼女の安否が心配でいてもたってもいられなかった。
放課後、私は優の家に向かうことにした。
優の母親が心配そうな顔で出迎えてくれたが、優は家に閉じこもり、誰にも会おうとしないという。部屋の扉をノックしても応答がない。
そこで私は、優に聞こえるように思い切って声をかけた。
「優、リサだよ。私も、あの『おかむろさん』に悩まされている。
だから話を聞かせて。」
すると、扉の向こうで微かな物音がして、優が部屋の中から声をかけてきた。
「リサ、入っていいよ…。」
私は部屋の中に足を踏み入れ、優と向き合った。
彼女の顔は青白く、怯えきった表情が浮かんでいる。
「…リサ。あの手紙の呪文を唱えたのに、『おかむろさん』の音が止まらないの。」
優の声は震えていた。
どうやら呪文が効かないほど、彼女も深く「おかむろさん」に狙われているようだ。
私は一瞬、言葉に詰まりながらも、彼女に提案した。
「…一緒に『おかむろさん』の正体を調べよう。こうして怯えているだけでは、何も変わらない気がする」
優も渋々ながら、私の提案を受け入れてくれた。
そして、二人で学校の図書室や地元の資料館に通い詰め、「おかむろさん」に関する資料を探し始めた。
ネットには信憑性の薄い噂話ばかりが溢れていたため、私たちは古い書物や民間伝承の記録に頼ることにした。
ある日、図書室で古い妖怪辞典を調べていると、ついに「おかむろ」の記述を見つけた。
それには、「巨大な顔を持つ妖怪で、人間に近づき脅かすことが目的であるが、実体はタヌキの化けたもので、人間に危害を加えることはない」と書かれていた。
「でも、私たちの知っている『おかむろさん』とは違う…。」優が首をかしげる。
たしかに、私たちが経験している「おかむろさん」は、ただ驚かすだけの存在とは思えない。
人を狙い、夜になると「トントン」と音を立てて、こちらに迫ってくるのだ。
それは、ただの妖怪のいたずらなどではない恐怖を感じさせるものだった。
調べを続けるうちに、ある言い伝えが目に留まった。
江戸時代のある村では、「おかむろ」に関する奇妙な事件が多発していたという。
家の外から「トントン」と音がして、それを無視していると、翌朝、村人が首を切られて亡くなっていたというのだ。
そして、この村では「おかむろさん」という妖怪の存在が語り継がれ、人々は恐怖に怯えながら夜を過ごしていたらしい。
「もしかしたら、私たちが経験している『おかむろさん』も、この言い伝えのように…」と、私は恐る恐る言った。
優は震えながらも、「どうして私たちが狙われたの?」と呟いた。
調査を進める中で、私たちはある共通点に気づいた。
「おかむろさん」の噂を聞いたり、話したりすることで、「おかむろさん」は姿を現しやすくなるらしい。
まるで、私たちの恐怖が「おかむろさん」を引き寄せているように。
その夜、家に帰ってからも私は落ち着かなかった。
部屋の中にいても、外から「トントン」という音がいつ聞こえてくるかと緊張しっぱなしだった。
まるで「おかむろさん」がすぐ近くにいて、私を見張っているような感覚があった。
そしてその瞬間、耳元で低い囁き声が響いた。
「見つけた…。」
恐怖で体が凍りつき、振り向くことができなかった。
声の主は、「おかむろさん」だったのか?私は必死で呪文を唱えた。「おかむろ、おかむろ…ババサレ、ババサレ、ババサレ…。」
すると、部屋の中の気配がふっと消え、音もなくなった。
しかし、心の底に残る不安が消え去ることはなかった。
次の日、優と会うと彼女も同じ体験をしていたと言う。
私たちは次第に、ただ逃げるだけではなく、「おかむろさん」と向き合う覚悟を決めるようになっていた。
この怪異に取り憑かれているだけではなく、真実を見極めなければ、この恐怖から逃れることはできないと感じていたのだ。
そして、ある日ついに私たちは「おかむろさん」を封じるための古い儀式を記した書物を見つけた。
その儀式には、「おかむろさん」に対してこちらの名前を唱え、鏡に向かって「帰れ」と三度命じることで、あちらの世界に送り返す方法が書かれていた。
それが本当かどうかは分からなかったが、やってみるしかない。私たちはその儀式を試す決心をした。
その晩、私と優は学校の裏手にある古びた神社に集まった。
ここは人の出入りがほとんどなく、ひっそりとしていて「おかむろさん」と向き合うにはぴったりの場所に思えた。
私は鏡を手にし、息を整えた。優も私の横で鏡を持ちながら、小刻みに震えていたが、私と同じ決意がその瞳に宿っているのがわかった。
「準備はいい?」と私が聞くと、優は静かにうなずいた。
私たちは同時に鏡に向かい、「おかむろ、おかむろ…」と小声で唱え始めた。そして「帰れ」と三度唱える瞬間を待った。
緊張で胸が張り裂けそうだったが、どこか奇妙な覚悟も心の中に宿っていた。
そのときだ。
冷たい風が突然、足元から吹き抜け、私たちの体を包み込むように襲いかかってきた。
どこからか「トントン」と音が響き、薄暗がりの中で闇が揺れ始めた。
私たちは顔を見合わせ、恐怖を押し殺すように息をのんだ。
「リサ…今、聞こえたよね…」優が不安そうにささやいた。
「大丈夫、呪文を唱えれば追い払えるから…」自分にも言い聞かせるように言いながら、私は震える指先で鏡をしっかりと握りしめた。
そのとき、闇の中から低い囁き声が響いてきた。
「見つけた…。」
背筋が凍るような恐怖が私たちを包み、体が動かなくなってしまった。
恐怖に支配されながらも、私は必死に覚悟を決め、声を振り絞った。「帰れ…帰れ…帰れ!」
最後の「帰れ」を唱えた瞬間、周囲の闇が一瞬にして消え去り、静寂が戻ってきた。風も止まり、空気が穏やかになったのが分かった。
私たちはお互いに安堵のため息を漏らし、鏡を見つめ合った。
「これで…終わったのかな?」優が信じられないというような表情で尋ねた。
「たぶん…きっと、これで大丈夫だよ」私は微笑んで
答えたが、どこか心の奥に不安が残っていた。
確かに「おかむろさん」は消え去ったように見えたが、本当にこれで終わったのだろうか?
家に帰ってからも、心のどこかに一抹の不安があったが、その夜は「トントン」という音も、囁き声も一切聞こえなかった。
翌朝、私と優は再び学校で顔を合わせ、昨夜の成功を確信しあった。もう「おかむろさん」のことに怯える必要はないのだ、と。
しかし、その夜、私の夢の中で再び「見つけた…」という声が響いた。
目を覚ますと部屋の窓の外から、微かな「トントン」という音が聞こえてくるのだった。
おかむろさんは、まだ、どこかで見ているかもしれない。
(完)