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現代版 父の怪談 「囁く石」 ある家族に起こった奇怪な出来事

あらすじ:
都市開発が進む郊外の町。
主人公・遠野和也(38歳) は、妻の 美咲(35歳) と娘の 紗月(8歳) と共に、新築の一軒家に引っ越してきた。

しかし、住み始めてすぐに奇妙な現象が起こり始める。

・夜になると家の中に 小石が落ちる音 が響くが、どこから落ちているのかわからない。・家の周囲には異常な数の カエル が現れる。
・娘の紗月が、誰もいないはずの部屋で「お兄ちゃんと遊んだの」と言い出す。

和也は最初こそ気にしなかったが、美咲が原因不明の体調不良を訴え、娘の紗月が夜中に何度も「石が落ちる夢を見る」と怯えだすと、ついに本気で調査を始める。

やがて、家の建っている場所が ある古い屋敷の跡地 であることが判明する。そこでは100年以上前、ある貴族の屋敷で謎の石降り事件が起こっていた。
さらに調べると、かつてこの土地には「入らずの間」と呼ばれる閉ざされた部屋があったこともわかる。

和也は家の地下を調べるが、そこで発見したのは 封印された石室 だった。そこには誰かの骨とともに、「封じられた者」の怨念が刻まれた古い石が…。
封印を解いてしまった家族の運命は? 囁く石の正体とは?恐怖が加速する中、和也はこの家を出る決意をするが、その時すでに 逃げられない状況 になっていた――。

登場人物プロフィール


🟥 主人公:遠野 和也(とおの かずや)

  • 年齢:38歳

  • 職業:建築設計士

  • 性格:冷静で論理的、家族思い。しかし、不可解な現象には懐疑的で、最初は霊的なものを信じない。

  • 容姿:身長175cm、細身だが筋肉質。短めの黒髪を無造作に整え、常に小綺麗な印象。普段はシャツにチノパンなど、ラフだがセンスの良い服装を好む。

  • 口癖:「馬鹿なこと言うなよ」「そんなの偶然だろ?」

  • 特徴

    • 仕事では理詰めの設計を得意とするが、家では家族に甘い。

    • 恐怖を感じても、それを理論的に説明しようとするが、次第に追い詰められていく。

    • 家族を守るために危険な場所にも踏み込むが、冷静な判断が裏目に出ることも。

    • 幼少期に「閉じ込められる恐怖」を経験しており、それがトラウマになっている。


🟦 妻:遠野 美咲(とおの みさき)

  • 年齢:35歳

  • 職業:専業主婦(元・看護師)

  • 性格:温厚で優しく、家族思い。しかし、直感的に危険を察知する力が強い。

  • 容姿:長めのダークブラウンの髪をゆるくまとめている。華奢な体型で、肌は白く、少し病弱な雰囲気がある。

  • 口癖:「なんだか嫌な感じがする…」「気のせいじゃないと思う」

  • 特徴

    • 新居に引っ越してから、原因不明の頭痛や倦怠感に悩まされる。

    • 夫よりも早く家の異変に気づき、「この家は何かおかしい」と和也に訴える。

    • 看護師の経験があるため、冷静に家族の健康状態を見ているが、次第に自分自身の体調が悪化していく。

    • 娘の紗月が「お兄ちゃんと遊んだ」と言い出した時、本能的に恐怖を感じる。


🟩 娘:遠野 紗月(とおの さつき)

  • 年齢:8歳

  • 性格:天真爛漫で人懐っこいが、時折大人びた発言をする。

  • 容姿:肩までの黒髪をツインテールにしている。目は大きく、どこか霊感がありそうな透明感のある顔立ち。

  • 口癖:「お兄ちゃんが遊ぼって言ってるよ」「ここ、好き…」

  • 特徴

    • 引っ越してすぐに「お兄ちゃんがいるよ」と言い出す。

    • 何かに導かれるように、夜中に一人で地下室へ向かおうとする。

    • 夢の中で「石が降る」光景を見続ける。

    • 怪異が進行するにつれ、別の存在が憑依したような発言をし始める(例:「もう帰れないよ」)。

    • 物語の鍵 を握る存在。


🟧 近所の老人:樋口 正三(ひぐち しょうぞう)

  • 年齢:79歳

  • 職業:元・地元の郷土史家

  • 性格:飄々としているが、土地の歴史には詳しく、意味深なことを言う。

  • 容姿:痩せ型で背が低く、白髪。古い和服を着ていることが多い。

  • 口癖:「あんた、知らんほうがええこともある」「この土地はな…昔から変わっとるんや」

  • 特徴

    • 物語の中盤で和也に「この土地は昔、ある屋敷があった場所だ」と語る。

    • 「入らずの間」 という存在を知っており、その部屋に何があったのかをぼんやりとほのめかす。

    • 実は、若い頃にこの土地の呪われた伝承を調べていたが、そのせいで一家が不幸になった過去を持つ。

    • 最後には「もう遅い」と呟き、和也に「家族を守る方法」を教えるが、それが正しいかどうかは分からない。


🟨 石に宿る存在:〈囚われし者〉

  • 年齢:不明(かつて屋敷に住んでいた少年の怨念)

  • 性格:最初は穏やかだが、次第に狂気を帯びていく。

  • 容姿:白くぼやけた顔の少年。服は古めかしい着物で、手足は土で汚れている。

  • 口癖:「一緒に遊ぼう」「出して…ここから出して…」

  • 特徴

    • 石室に封じられていた少年の霊。

    • かつてこの屋敷で「生き埋め」にされた 貴族の庶子 であり、怨念を持つ。

    • 紗月を通じて和也たちに干渉し、次第に家族を呪いに巻き込んでいく。

    • しかし、完全に悪意があるわけではなく、「自分もまた犠牲者だった」と訴える側面もある。

現代版 父の怪談 「囁く石」 ある家族に起こった奇怪な出来事


第1章:新しい家
新しい家に引っ越してきたのは、六月の終わりだった。

梅雨の名残で空はどんより曇りがちだったが、俺たち家族は久しぶりの新居への引っ越しに浮かれていた。
妻の美咲は「ようやく落ち着けるね」と嬉しそうに微笑み、娘の紗月は「わたしの部屋あるんだよね?」とはしゃぎながらダンボールを指差した。

「あるある。二階の一番奥の部屋、お前の好きなピンクのカーテンつけたぞ。」

「やったー!」
紗月は両手を上げて部屋の中へ駆けていった。
その姿を見て、美咲が「元気だね」と苦笑する。

「そりゃそうだろ。新しい家だし、自分の部屋ができるんだから。」
俺たちは三人家族だ。

俺と美咲、そして小学三年生の娘の紗月。
俺の仕事は建築設計士で、転職したばかりのタイミングでこの新築一戸建てを手に入れた。

駅からは少し距離があるが、閑静な住宅街にあるモダンなデザインの家だ。リビングは広く、二階には寝室と子供部屋がある。
何もかもが理想的なはずだった。

最初の異変 は、その日の夜に起こった。


第2章:奇妙な音
引っ越し初日の夜、俺たちはリビングで遅めの夕食をとっていた。
家具の配置もまだ決まっていないが、とりあえず最低限のものは運び込んである。

「ねえ、おとうさん。」
スープを飲んでいた紗月が、不意に俺を呼んだ。

「ん?」

「上で、誰かいるよ。」

「……何言ってんだ。」
一瞬、美咲と目を合わせた。

彼女は笑って「まだ誰も二階に行ってないわよ」と紗月を宥める。

「違うよ。さっきからずっと、ぽつぽつって音がするの。」

「ぽつぽつ?」

「うん、なんか……小石みたいな音。」
俺は眉をひそめた。

確かに、天井から微かに音が聞こえる気がする。
風のせいか、それとも床が軋む音か。

「古い家ならともかく、新築だぞ? 気のせいじゃないか。」

「でも、本当に聞こえたんだよ。」
紗月は不満そうに唇を尖らせる。

俺は箸を置き、立ち上がって二階へ向かった。
念のため、確認してやるべきだろう。

寝室、子供部屋、廊下――どこにも異常はない。誰もいない。窓も閉まっている。

「ほら、何も――。」
その瞬間、カツン という音が足元から聞こえた。

驚いて振り返ると、床の上に 小さな石ころ が落ちていた。

「……え?」
どこから落ちてきた?

天井を見上げたが、何も変わった様子はない。
手に取ってみると、それは普通の砂利のような石だった。

「……どこから入ってきたんだ?」
一応、窓をもう一度確認する。

しかし、どこにも石が入り込むような隙間はない。
不思議に思いながらも、俺はその石をゴミ箱に捨て、一階に戻った。

「どうだった?」
美咲が聞く。

「何もなかったよ。……ただ、変な話だけど、小石が落ちてた。」

「え?」

「天井から落ちてきたみたいに見えたけど、そんなわけないよな。」
美咲の表情が微かに曇る。

「ほら、引っ越ししたばかりで疲れてるんだよ。変な音も、そのせいかも。」

「ああ、そうだな。」
俺は納得し、特に気にしないことにした。

だが、翌日も、またその翌日も、同じように天井から石が落ちてきた


第3章:お兄ちゃん
数日後、俺は仕事から帰ると、美咲が浮かない顔で迎えた。
「どうした?」

「紗月がね……。」
美咲は言葉を詰まらせ、リビングの奥を指差した。
そこには、ソファで絵を描いている紗月の姿があった。

「……なんだ?」

「これ、見て。」
美咲が差し出したのは、紗月が描いた家族の絵 だった。
俺と美咲、そして紗月。
そして、もう一人――知らない男の子の姿があった。

「……誰だ、これ。」
俺が尋ねると、紗月は嬉しそうに笑った。

「お兄ちゃんだよ。」

「お兄ちゃん?」

「うん。この家にいるの。」
俺は血の気が引くのを感じた。

「紗月……誰にそんなことを聞いた?」

「聞いたんじゃないよ。いるの」
彼女はケロッとした顔で答えた。

「お兄ちゃん、毎晩、わたしの部屋に来るの。石を持って遊ぼうって言うんだよ。」

「……美咲。」
俺は妻を見た。
彼女も困惑した表情をしている。

「紗月、冗談だよな?」

「ちがうもん!」
紗月は拗ねたように唇を尖らせた。

俺は無言で二階へ向かった。
子供部屋に入ると、床にはまた 小石 が落ちていた。

そして、壁際のクローゼットの扉が、少しだけ開いていた
「……誰かいるのか?」
心臓が高鳴る。

恐る恐るクローゼットの扉を開けると――中には何もなかった
だが、その奥の壁には、手形のような黒い染み が、かすかに浮かんでいた。


第4章:土地の記憶
次の日、俺は近所の老人・樋口正三のもとを訪れた。
彼は地元の歴史に詳しい人だった。

「……あんた、その家に住んでるのか。」
樋口はそう言うと、渋い顔をした。

「昔な、そこには屋敷があった。でな、ある部屋に閉じ込められて死んだ子供がいる って話だ。」

「……それは、本当の話ですか?」
樋口は微かに笑い、こう言った。

「さあな。ただ――その子供の霊が、石を持って遊びに来る って話は、昔からある。」

俺は背筋が凍りつくのを感じた。

紗月の「お兄ちゃん」という言葉が、妙に現実味を帯びてきたのだった――。

第5章:囁き

樋口正三の話を聞いたあと、俺はまっすぐ家に帰った。
玄関のドアを開けた瞬間、リビングの奥から、紗月の歌う声が聞こえてきた。
「いし、いし、ころころ~…。」
耳慣れない旋律だった。

子供向けの童謡にしては、妙に不協和音じみた響きがある。

「紗月、何を歌ってるんだ?」
俺が声をかけると、紗月はぱっと振り向いた。

「お兄ちゃんが教えてくれたの!」

「……お兄ちゃん?」

「うん、今日も遊びに来たよ!」
俺は息を呑んだ。

「どこにいるんだ?」
紗月は指をさした。

階段の踊り場。

何もないはずの空間に向かって、俺はゆっくりと歩いていく。

「紗月、そこに“お兄ちゃん”がいるのか?」

「いるよ。お父さんには見えないの?」
俺は思わず背筋を伸ばした。

「なあ、紗月……お兄ちゃんは、どんな顔をしてる?」

「うーん……。」

紗月は首を傾げ、指を顎に当てた。
そして、笑顔で言った。

「顔、ないよ。」

「……何?」

「お兄ちゃん、顔がないの。でも、しゃべるの。ねえ、今も聞こえてるよ?」
俺は言葉を失った。

娘の顔は楽しげだったが、その瞳にはどこか違う感情が宿っているように見えた。

「……お母さんは?」
俺は背後にいるはずの美咲を探した。
しかし、彼女の姿は見当たらない。

「お母さんなら、具合悪いって寝てるよ。」

「そうか……。」
俺はリビングに戻り、美咲の寝ているソファへ向かった。

彼女の額に手を当てると、火照っている。

「……大丈夫か?」

「うん……ちょっと頭が痛くて……」
美咲はかすれた声でそう言った。

「この家に来てから、どうも体が重くて……」

「病院に行くか?」

「ううん……少し休めば大丈夫」
そうは言ったものの、彼女の顔色は悪かった。

そして、それは翌日も、その翌日も、良くなるどころか悪化していった。


第6章:封印されたもの

俺は決意した。

この家で何が起こっているのかを突き止める。
俺はもう一度、家の構造図を確認した。
建築士としての経験を活かし、家のどこかに隠された「何か」があるのではないかと考えた。

すると、不可解な点 が見つかった。

この家の設計には、存在しないはずの空間 があった。
間取り図では、階段下に収納スペースがあるはずだった。
しかし、実際には何もない。

「……どういうことだ?」
俺は懐中電灯を片手に、階段下の壁を叩いた。

コン、コン。
音が微妙に違う。

空洞がある。

俺は工具を取り出し、壁に小さな穴を開けた。

すると、内部に何かが見えた。
さらに穴を広げると、そこには小さな石室のような空間が隠されていた。

「……なんだ、これ……。」
俺は震える手で、石室の中に手を伸ばした。

すると――
ゴロリ。

何かが転がり出てきた。

小さな、黒ずんだ石だった。

「……これは。」
手に取った瞬間、耳元で囁き声 がした。

「かえして……。」
俺は手を滑らせ、石を床に落とした。

「……っ!」
部屋の温度が急激に下がるのを感じた。

そして、リビングの方から、紗月の笑い声が聞こえた。

「ねえ、お父さん、気づいちゃった?」
振り向くと、そこには紗月ではない何か が立っていた。

彼女の目は真っ黒に沈み、顔の表情がどこか別人のように歪んでいた
「お兄ちゃん、もうすぐ帰ってくるよ。」

そう言うと、紗月は俺の手から石を奪い取り、ぎゅっと握りしめた。

その瞬間――

天井から、無数の小石が降ってきた。


第7章:目覚めるもの

家中が石の音 で満たされる。

カツン、カツン、カツン――。

石は天井から、壁から、そして床の隙間から溢れ出てきた。

まるで、この家が「何か」を解き放とうとしているかのように

「紗月! その石を離せ!」
俺は叫んだが、娘は笑いながら首を振る。

「だめ。これ、わたしのだもん。」

「違う、それは……!」

「ねえ、お父さん。お兄ちゃん、帰ってくるって。」

そう言った瞬間、玄関のドアがギィ…… とゆっくり開いた。

暗闇の向こうに、誰かが立っている。

いや、誰か、ではない。
それは、顔のない、黒い影 だった。

「帰ってきた……」
紗月が嬉しそうに呟く。

影はゆっくりとこちらへ歩いてくる。
その足音は、石を踏むような音 だった。
俺は本能的に理解した。

――このままでは、家族が取り込まれる

「紗月!」
俺は娘を抱きかかえ、リビングの奥へ逃げ込んだ。

美咲はソファでうずくまっていたが、異変に気づき、青ざめた顔で俺たちを見つめていた。

「和也……これ、何……?」

「わからない。でも、逃げるぞ!」

だが、影はすでに家の中に入り込んでいた。

その口のない顔が、まるで俺たちを見つめているかのように、ゆっくりと首を傾げる。

そして、
「――かえして。」
その瞬間、俺たちの視界が真っ黒に染まった。

この家に封じられていたものが、完全に目覚めたのだ。

第8章:黒い影

「――かえして。」
その声が響いた瞬間、家の空気が一変した。

冷たい風が吹き抜ける。だが、それは外からではない。まるで家そのものが息を吹き返し、生き物のように動き出した ようだった。

リビングの照明が一瞬、明滅する。

そして、次の瞬間――
バチンッ!

電気が完全に落ち、闇が支配する。

「美咲! 紗月!」
俺は娘を抱きしめながら、美咲の手を探した。

「ここ……いる……。」
美咲の声が震えていた。

「ねえ……あそこ……。」
美咲の指が、リビングの入り口を指していた。

闇の中、ぼんやりと何かが浮かび上がる。

――影だ。

黒い影が、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。

その輪郭は曖昧で、光のない闇がうごめいているようだった。
だが、一つだけ、異様なものが見えた。

手に握られた“石”が、淡く発光している。

俺の足が、動かない。
このままでは、飲み込まれる。

だが――
「お父さん……。」
腕の中の紗月が、低い声で呟いた。

「お兄ちゃんが、帰ってきたよ。」
その言葉に、俺は背筋が凍りつく。

「……何を言ってるんだ、紗月!」

「わたし、もう行かなくちゃ……。」
紗月が俺の腕の中から、スルリと抜け出す。

「紗月!」
俺は慌てて手を伸ばすが、その時、

「カツン――」
足元に、小石が転がった。

次の瞬間、
俺の体が、急激に冷たくなった。

見えない手が、俺の喉元を掴んだのだ。

「ぐっ……!」
呼吸ができない。

見上げると、影がすぐ目の前にいた。

そして、そいつは俺の顔をじっと見つめるように、首を傾げた。
俺の耳元で、声が囁く。

「――おまえも、こっちへおいで。」


第9章:囚われの記憶

光がない。音もない。空気すらない。

意識が、どこかに引きずり込まれる。
深い、深い闇の中。

だが、俺の意識が完全に沈む前に、何かが映った。
――遠い過去の記憶。

屋敷。

広大な日本庭園。そこに立つ一人の少年。

顔が、ない。
代わりに、彼の手のひらには 黒い石 が握られていた。

「……おまえ、誰だ?」
俺はそう尋ねた。

少年は、無言でこちらを見つめる。

その瞬間、
屋敷の中に閉じ込められた光景がフラッシュバックする。

――暗闇の中、ひとりぼっちで泣く少年。

――閉ざされた部屋、天井から落ちる無数の石。

――「ここから出して」

――「僕を、忘れないで」

そして、最後に見えたのは――
彼が、生きたまま壁の奥に埋められていく光景だった。

「――!!」
俺は激しく息を呑んだ。

「……お前……この家に閉じ込められていたのか……?」
少年は頷いた。

「出たいのか?」
また、頷く。

「……なら、どうすればいい?」
少年は、そっと手を差し出した。

“石を壊して”
そう、囁いた。

その瞬間――
俺の意識が、現実に引き戻された。


第10章:囁く石の正体

「――和也!!」
美咲の叫び声が聞こえた。
俺は弾かれるように意識を取り戻し、飛び起きた。

影は、紗月の目の前に立っている。
紗月の手には、黒い石 が握られていた。

「紗月! それを捨てろ!」
俺は叫んだ。

だが、紗月は笑ったまま、石を握りしめる。

「だめだよ、お兄ちゃんが……。」

「違う、それは呪いだ! 紗月、お兄ちゃんを解放するんだ!」
影がこちらを向く。

その瞬間――
俺は床に落ちていた 石を掴み、思いきり床に叩きつけた。

「……っ!!!」

パリンッ!

乾いた音が響く。

その瞬間、
家の中に渦巻いていた冷気が、ふっと消えた。

影も、紗月の表情も、すべてが静止する。

そして――
「……ありがとう。」
微かな声が、空間に響いた。

影が、静かに霧散していく。
紗月は、ぽろぽろと涙をこぼしながら、小さく呟いた。

「お兄ちゃん……もう、いなくなっちゃうの……?」
影の最後の欠片が、そっと紗月の髪を撫でるように消えていった。

――囁く石は、もう何も語らなかった。


エピローグ:家の記憶

それから数日後、俺たちはこの家を出ることにした。

美咲の体調も、紗月の様子も、すっかり元に戻っていた。

引っ越しの日、俺は家の前で最後に振り返る。
窓の奥、二階の部屋。

ふと、そこに 誰かの影が見えた気がした。

――お兄ちゃん?

一瞬だけそう思ったが、次の瞬間には消えていた。

まるで、最初からいなかったかのように。

囁く石はもうない。だが、この家にはまだ、何かが残っているのかもしれない。

そう思いながら、俺は最後に呟いた。

「……さよなら。」
そして、家族とともに、新しい生活へ向かって歩き出した。

――だが、それが本当に終わりだったのかどうかは、誰にもわからない。


(完)

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