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現代版赤えい「漂海の島」ー現れる巨影、消えゆく安息ー 前編

あらすじ


海洋調査団が、原因不明の船舶失踪事件を調査するために太平洋のある海域へ向かう。

調査中、突如海上に現れた謎の島に漂着するが、そこには不可解な現象と恐怖が待ち受けていた。

やがて彼らは、その島が生物であり、古代から恐れられてきた「アカエイ」の伝説に基づく存在であることを知る。

科学と怪異が交差する恐怖の物語。

登場人物

主人公:椎名 奈央(しいな なお)

年齢:32歳
職業:海洋生物学者
容姿:肩までの黒髪を後ろで一つ結びにした清潔感のある女性。小柄ながら引き締まった体つきで、鋭い目つきが特徴。日焼けした肌が、海での経験の豊富さを物語る。
口癖:「データが全てを物語る。」
好きなモノ:本物の自然(特に海洋生物)、ブラックコーヒー
嫌いなモノ:曖昧な説明、迷信を信じる人
背景:幼少期から海に魅了され、海洋生物学の道を志す。前回の調査で、不可解な事故でチームの同僚を失った過去があり、それを乗り越えようとする強い意志がある。冷静沈着で科学を信じるが、島での異常現象を目の当たりにし、次第に自信を失い始める。


登場人物

1. 宮田 宗一(みやた そういち)
年齢:45歳職業:調査船の船長容姿:がっしりとした体格で、白髪交じりの短髪。日に焼けた肌と無骨な顔つき。口元にうっすら生えた髭が特徴。口癖:「海に敵わねえもんはねえ。」好きなモノ:船乗りの伝承、ウイスキー嫌いなモノ:調子に乗る若造、荒天背景:30年以上の船乗り経験を持つベテラン。どんな荒波にも冷静に対応するが、家族を嵐で失った過去を抱える。そのため、海を恐れつつも尊敬している。島の異常を最初に察知し、警告を発するも、他のメンバーに科学的根拠がないと否定される。


2. 谷口 凛太郎(たにぐち りんたろう)
年齢:28歳
職業:民間調査会社のエンジニア(海底探査装置の開発担当)容姿:メガネをかけた細身の青年。長時間のデスクワークで猫背気味。くしゃくしゃの短髪と無精髭が少し野暮ったい印象を与える。
口癖:「これ、理論的に説明できるはずです。」
好きなモノ:機械いじり、ジャンクフード
嫌いなモノ:虫、暗闇
背景:科学技術を盲信しがちで、自然の力を侮る傾向がある。調査チームの機材トラブルを立て直す頼もしい存在だが、島での体験により、技術の無力さを痛感し始める。


3. 北村 陽子(きたむら ようこ)
年齢:38歳
職業:歴史民俗学者
容姿:柔らかい雰囲気のロングヘアの女性。品のある服装で、常にノートや古書を持ち歩いている。優しい笑顔が印象的だが、目元に隠しきれない疲れがある。
口癖:「伝承には理由があるんです。」
好きなモノ:古い書物、日本茶
嫌いなモノ:騒がしい場所、現実主義者
背景:伝承や神話を研究しており、赤えい伝説についての知識を提供する役割を担う。島での怪異をいち早く「赤えい伝説」に結びつけ、他のメンバーに警告を発するが、最初は信じてもらえない。


4. 三上 修(みかみ おさむ)
年齢:50歳職業:政府の調査委員(危機管理担当)
容姿:スーツ姿が印象的な中年男性。短髪で精悍な顔つき。表情が硬く、常に厳格な雰囲気を纏っている。
口癖:「問題を解決する、それが仕事だ。」
好きなモノ:実用的な道具、スムージー
嫌いなモノ:感情論、無駄話
背景:冷徹な判断力を持つが、島での出来事に次第に計算が狂わされる。強い責任感を持ち、最後までチームを守ろうとするが、自分の限界にも直面する。


5. 吉岡 雄也(よしおか ゆうや)
年齢:23歳
職業:大学院生(奈央の助手)
容姿:明るい茶髪と少年のような笑顔を持つ好青年。身長は高く、スポーティーな体格。
口癖:「大丈夫ですよ、きっとなんとかなる!」
好きなモノ:新しい発見、冒険映画
嫌いなモノ:長い議論、閉所
背景:調査団のムードメーカーで、チームの緊張を和らげる存在。しかし、経験の浅さから危険を軽視しがちで、それが大きなトラブルを引き起こす。

現代版赤えい「漂海の島」

ー現れる巨影、消えゆく安息ー

潮の香りが混じる風が頬を撫でるたび、私は大学時代の思い出が蘇る。
初めて船に乗って海洋調査をしたあの日から、私は海に魅了され続けてきた。
しかし、その青の向こう側に潜む得体の知れない存在を完全に理解できる日は、たぶん一生来ないだろう。

「奈央さん、そろそろ出航の準備が整います。」
若い助手の吉岡が船室から顔を覗かせた。

彼は、相変わらず能天気な笑顔を浮かべている。
私たちは今回、太平洋の「消える船舶事件」が相次ぐ海域の調査を命じられていた。
場所は、漁師たちから「沈黙の海」と呼ばれる一帯だ。
過去1年間で、大小合わせて6隻の船が突如行方を絶ったという報告が上がっている。

「わかった。データ収集装置を再チェックしておいて。」
私はそう告げ、最後の準備を終えるためにメモを取る。

コンパクトなノートパソコンを開いては、気象条件や海流のデータを確認し続ける。

この調査に欠かせないのは冷静さだと自分に言い聞かせながら。

吉岡が舵を取る宮田船長の横で、張り切った様子でナビゲーションシステムを確認している。
調査船のエンジン音が低く唸り、静かに波を切り裂いて進んでいく。
私はデッキに立ち、遠く水平線を見つめた。

風は穏やかで、空も澄み切っている。だが、その静けさがかえって不気味だった。

「奈央さん、こちらを見てください。」
吉岡が再び私を呼んだ。
彼が指差したモニターには、不規則な反響音の波形が映っている。
ソナーで海底を調べているはずなのに、データが異常だ。

波形は不気味に歪み、あちこちで途切れた。まるで、海の下に巨大なものが蠢いているかのようだ。

「これは……?」「ちょっとわかりませんね。
機材の故障じゃないとは思いますけど……。」
吉岡の言葉に、私は眉をひそめた。

こうした反響音は、通常、何か硬いものが音を反射するときに起きる。だが、波形の動きは生物的だった。

「宮田さん、何か見えますか?」
「いや……まだ何も。」
船長は双眼鏡を手に取り、水平線をじっと睨んでいた。

その時、船全体が微かに揺れた。普通の波ではない。どこか不規則で、沈んだ音が海底から響いてくるようだった。


調査船が問題の海域に到達してから1時間ほど経った頃、突然、吉岡が大声を上げた。
「見てください!あれ、島じゃないですか?」
彼が指差した先には、確かに島があった。
黒い岩肌がむき出しになった荒々しい地形で、所々に植物らしきものが生えているのが見える。

「地図には何も記されていないはずだ。」
北村陽子が興奮した様子で古い地図を開きながら言った。
彼女の手元を覗き込むと、確かにその場所には何も描かれていない。
「こんな大きな島が突然現れるなんてありえない。」

「いや……」宮田船長が低い声で言葉を続けた。

「ありえないことが起きているのかもしれないな。」


島に接近するにつれ、不気味な匂いが漂ってきた。
腐敗した海藻や、朽ちた魚の匂いが混じり合ったような臭気だった。
私は息を止めて耐えたが、他のメンバーも顔をしかめている。

船を停め、私たちは慎重に上陸の準備を進めた。
宮田船長は渋い顔をしながら、「行くのか?」と低い声で聞いてきた。

「調査が目的ですから。」
私は短く答えた。

吉岡が先陣を切って、島へ降り立つ。続いて私、北村陽子、三上修が後に続いた。
岩肌は滑りやすく、足元に注意しながら進んだ。上陸してすぐ、異常な光景が目に飛び込んできた。

地面の至る所に、不自然な形の水たまりが点在していた。
どれも海水のようで、
生臭い匂いがする。そして、水たまりの中をよく見ると、小さな魚や甲殻類がもがいている。

「普通じゃないですね。」
北村がメモを取りながら言った。
「まるで、ここ自体が何かの生き物みたい……。」

「そう聞こえるのは、気のせいだろ。」
三上が冷静に言ったものの、彼も明らかに警戒している。

そのとき、遠くで何かが動く音が聞こえた。
地面が微かに揺れ、風がざわめいたように感じた。
私たちは一斉にその音の方を向いたが、何も見えなかった。

地面に立つたび、私は奇妙な感覚に襲われていた。
岩を踏むと、その下から微かに震動が伝わってくる。
波の音とは異なる、不規則で鼓動のような振動だ。

「奈央さん、この振動……おかしくないですか?」
吉岡が足元を見つめながら私に話しかけた。

彼の声はいつもの軽い調子ではなく、少し震えているようだった。私は無意識に息を呑む。

「たぶん、地質の特異性かもしれない。」
そう言ったものの、自分の声にも確信が感じられない。

「だが、振動が波に同期していない。」
北村陽子が言葉を補った。
彼女の手には、持ち歩いている古文書のコピーが握られている。

「この島、昔から何かの伝承がなかったか?あんたの資料には何か書いてないのか?」
宮田船長が陽子に問いかけると、彼女は一瞬戸惑ったが、やがて言葉を選ぶように話し始めた。

「『海に浮かぶ島は人を誘い、やがて呑み込む』――安房の漁師が語り継いできた話です。
この海域には、そんな伝説がいくつも残っているんです。」
彼女が口にした言葉に、全員が黙り込んだ。

誰も口にはしないが、島に漂う異常な空気が、伝説の話をただの作り話だと片付けることを難しくしているのは明らかだった。


「ここで引き返すのも選択肢だ。」
宮田船長が重々しい声で言ったが、三上修が首を振った。

「調査の目的を忘れないでください。この場所を調べることが、失踪事件の真相解明に繋がるんです。」
三上は、他の誰よりも冷静に見えたが、その目には微かに緊張が走っているようだった。

彼の言葉に背中を押されるように、私たちはさらに奥へと進むことにした。


島の異常な内部

岩肌を歩くたびに奇妙な植物が増えていく。
細い触手のような蔓が岩の隙間から這い出し、かすかに揺れている。
その触感は乾燥しているのに、どこか生き物じみた柔らかさを感じさせた。

「これ……植物なのか?それとも動物?」
吉岡が蔓を慎重に触ろうとすると、私はそれを制止した。
「不用意に触るな。何かの毒を持っている可能性もある。」

「触らない方がいいですね。」
陽子も慎重に同意し、古文書を見比べて首をかしげる。
「伝承にこんな植物が出てきた記録はありません。

でも、何かを象徴しているのかもしれません。」
その時だった。突然、遠くから低い音が響いた。

地面の奥底から湧き上がるような振動音だった。
「なんだ?」宮田船長が声を上げ、全員が息を詰めて耳を澄ます。
音はだんだん近づいてくる。

それは風の音や波の音ではなく、確かに地面そのものが発している音だった。
「動いている……」
私は呟いた。

吉岡が慌てて周囲を見回す。
「何が動いてるんですか?ここ、島ですよね?」

「そう信じたいけど。」三上が険しい顔で言った。

「だが、この現象は……説明がつかない。」


恐怖の兆候

私たちは音のする方向へ進むことを決めた。
調査のためには、原因を突き止める必要があると全員が認識していたからだ。
だが、心のどこかで、進むべきではないという声が囁いていた。

進むうちに、地面の揺れが大きくなり、足元が不安定になり始めた。
私は岩を掴んで体勢を保とうとしたが、後ろを振り返ると、北村が何かを見て目を見開いていた。

「何かがいる……!」
彼女が指差した先には、遠くの岩陰で巨大な尾のようなものが動くのが見えた。
それは一瞬の出来事だったが、私の脳裏に鮮烈に焼き付いた。
その動きは、まるで海底を泳ぐエイそのものだった。

「気のせいじゃない。」
私は呟いた。

「この島は……生きている。」

「戻るべきだ。」
宮田船長の声が、かすれた空気の中に低く響いた。

「見たんだよ、動いてた。あれは……島じゃねえ。」
その言葉に、私たちは一瞬沈黙した。
船長が冷静さを失うなんて、普段なら考えられない。

「冷静に考えてください。」三上が低い声で遮るように言う。
彼は顔を険しくしながらも、腕時計を確認する仕草を繰り返していた。

「船に戻ったところで、ここに来た目的は果たせません。現象を調べるために踏みとどまる必要があります。」

「それが危険だとしたら?」
宮田が一歩詰め寄る。
彼の声に押され、三上は一瞬言葉を詰まらせた。

「……危険かもしれませんが、私たちはここに真実を突き止めるために来たんです。」
その言葉に、北村陽子が小さく頷いた。

「赤えいの伝説が事実だとしたら、それがどんな存在で、なぜこのように現れるのかを知るのは、人類にとって重要なことです。」


孤立と不安

私たちは再び歩き始めたが、緊張は限界まで高まっていた。
振動は少しずつ大きくなり、地面が生きているように感じられる。
何か巨大なものが、海中から私たちを見上げている……そんな感覚に苛まれた。

吉岡は意図的に明るい声を出しながら、私に話しかけてきた。
「奈央さん、赤えいって、そもそもどれくらい大きくなれるんですか?普通の個体の話ですけど。」
私は少し考えた後、答えた。
「種類にもよるけど、2メートル、3メートルくらいが一般的。それ以上になると、珍しいけどね。」
吉岡は曖昧な笑みを浮かべた。

「でも……10キロとか、それ以上の話は、さすがにフィクションですよね。」
その言葉に、私はうまく答えられなかった。

これまで見てきた現象は、すべて「フィクションではない」と訴えかけているように思えたからだ。


遭遇

突然、吉岡が足を止めた。「……見てください。」
彼が指差す方向を見た瞬間、私は息を呑んだ。

岩の隙間から、巨大なヒレのようなものがわずかに姿を見せていた。それは濡れていて、かすかに光を反射している。
見たこともない規模だったが、その形状がエイのものだとすぐに理解できた。

「まさか……これが島全体の一部?」
私の言葉に、全員が一斉に振り返った。

「動いてる。」
宮田が呟いた。

巨大なヒレがゆっくりと上下に動き、海水を巻き上げている。
その周囲の岩肌が微かに揺れ、地面が波打つような感覚に包まれた。

「戻ろう。」
宮田が声を上げると同時に、地面が大きく揺れた。

私たちは足を取られそうになりながらも、必死にバランスを取った。


島の変化

「急げ!」宮田が先頭に立ち、私たちは一気に引き返そうとした。

しかし、振動はどんどん激しくなり、岩肌の隙間から奇妙な液体が噴き出してきた。
それは黒く粘ついていて、魚の腐敗したような匂いを放っている。

「なんだこれ!」
吉岡が叫びながら足元を避けたが、液体は勢いを増して流れ出していた。

私はその液体に触れないよう、慎重に進みながら振り返った。

そして、その時、目にしたものに全身が凍りついた。

海の向こう、島の「端」だと思っていた場所が、ゆっくりと持ち上がっていた。
岩だと思っていた部分が動き、まるで何か巨大な生物が海から浮上してくるかのようだ。


「これ、島じゃない……赤えいそのものだ。」
私は声に出して言った。
だが、誰も答えなかった。
全員が目の前の光景に呆然としていたからだ。

巨大なヒレの動きが徐々に大きくなり、地面全体がうねり始めた。
赤えいの全貌が見えないにもかかわらず、その巨大さが確信に変わる。

船に戻るには、何としても動く島の外縁を越えなければならない。
だが、地面の揺れは激しくなり、足元がふらつく。

「全員、急げ!長くは持たない!」
宮田船長が大声で叫び、私たちは足を引きずるように前進した。
岩肌から噴き出す黒い液体は、波打ちながら辺り一面に広がり、足を滑らせる罠となっている。

吉岡が、バランスを崩して液体に足を取られた。
「吉岡!」
私は叫んで彼に手を伸ばしたが、液体の粘着力が強く、引き上げるのに苦労する。

「なんとかします!」彼は慌てて地面を掴みながら言ったが、突然、液体の中から何かが動いた。
まるで触手のようなものが液体の中を這い、彼の脚に巻き付いたのだ。

「何だこれは!助けて!」
彼が絶叫する。私は必死に彼の腕を掴むが、触手の力は強く、ずるずると液体の奥へと引きずり込まれていく。

「奈央さん、逃げて!」吉岡の声が途切れ、私は反射的に手を離してしまった。

液体が渦を巻き、吉岡の姿は完全に消えた。


恐怖の拡大

「吉岡!」私は名前を叫び続けたが、返事はない。
液体の表面が静かに波打つだけだった。
心の中で、彼が無事であると信じたかった。しかし、現実は無情だった。

「置いていけ!」三上が私の肩を掴み、強く振り返らせる。
「今は全員で生き延びることを考えるんだ!」
彼の目は冷徹だが、その奥には焦燥が見え隠れしていた。
私は歯を食いしばり、頷いた。

北村が震えながら口を開く。
「この島、いや……この生物は私たちを見ている……私たちを試しているのかもしれない。」

彼女の言葉が現実味を帯びて響く。

赤えいはただの巨大な生物ではない。何か知性を持ち、私たちを計りながら行動しているように感じられるのだ。


島の外縁へ向かう決死行

残された私たちは、船へ戻るために外縁を目指した。
しかし、地形が次第に変化し、進む方向を狂わせている。
地面のうねりが強まり、下手をすれば足元が崩れ、海へ放り出されそうだ。

その時、北村が突然立ち止まった。
「見て……あれ!」
彼女が指差す方向に、巨大な背びれが現れた。

それはまるで島そのものの背骨のように突き出し、波を引き寄せている。その動きに呼応するように、地面の揺れがさらに激しくなった。

「もう時間がない!」
宮田が叫ぶ。

「とにかく進め!振り返るな!」
私は何も考えられないまま、三上と北村に続き、全力で走った。

だが、船が停泊していたはずの方向にたどり着いたとき、そこには何もなかった。

「船が……」宮田が膝をつき、呆然と呟いた。


赤えいの完全浮上

突然、背後で轟音が響いた。
振り返ると、島全体がゆっくりと持ち上がり始めていた。
水が滝のように流れ落ち、岩肌が剥がれ、露わになった部分からは滑らかな皮膚が現れている。

「……赤えいが動き出した。」
私は呟いた。

それは私たち全員の考えを代弁する言葉だった。
島ではなく、巨大な赤えい。
目を疑うようなスケールの生物が、今まさに覚醒しようとしていた。

「どうする?」三上が私を見た。

答えはひとつしかない。「……泳いででも船を探す。」


最後の脱出劇

水中へ飛び込む覚悟を決めた瞬間、奇跡的にも遠くに調査船が見えた。
流れに逆らいながら必死に進む私たちを、宮田船長がリードする。

背後では、赤えいが完全に姿を現し、海上を覆う影となっている。
その目が私たちを追いかけるように動き、振動が水面を裂くように響いた。
「早く乗り込め!」
宮田が叫ぶ。

船に飛び乗った瞬間、赤えいの尾が激しい波を巻き起こした。

船が揺れ、転覆しそうになるが、なんとかエンジンが動き出す。


後日談:記憶の中の巨影

数日後、陸に戻った私は、調査団の報告書を整理していた。

しかし、赤えいの記録は全て上層部によって封印されることになった。

「人間の力では制御できないものは存在しないことにされるのよ。」北村がそう呟き、ため息をついた。

私は海を見つめながら、吉岡のことを思い出していた。
彼の笑顔が、私の中でいつまでも消えない。

そして、海の深淵に沈んだあの巨影――赤えいは、今もどこかで私たちを見ている気がしてならなかった。

続く。                                                              


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