脳内物質セロトニンと行動変化
今回は前回も取り上げた脳内物質”セロトニン”についてさらに掘り下げていきます。
今回引用する文献一つ目はフュラー氏による“攻撃性におけるフルオキセチンの影響*1”という文献になります。
これは1996年に出版された論文で結構古いですが、それまで行われてきた動物実験から人間におけるセロトニンの役割をまとめた総説です。
この中で出てくるフルオキセチン(*2)とはSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)という抗うつ剤の一種であり、端的に言うと脳内神経間のセロトニンレベルを増加させる働きを持つ薬剤です。
反対に脳内のセロトニンレベルを低下させる物質としては、p-クロロフェニルアラニンという物質があります。この物質がセロトニンを合成する酵素(トリプトファンヒドロキシラーゼ*3)を阻害することで脳内セロトニンレベルが低下します。
例えば、実験動物のマウスやラットでは同じ飼育ケースの中で複数匹飼っていると、ストレスや縄張り意識などでお互いを攻撃し合う、という行動が観察されます。そして時には“仲間殺し”にまで発展することがあります。もともとマウスやラットには動物本能としての“攻撃性”を持っていることが分かります。
人間は普段、理性や法律など様々な抑圧がかかっているため"攻撃性や敵意”などを表から観察することは難しいですが、下等動物の場合は“攻撃性”がそのまま行動に表れやすいので実験に用いられやすいとされています。
あるセロトニン研究では、マウスやラットに対してp-クロロフェニルアラニンを投与する(つまりセロトニンレベルが低下する)と、攻撃性が高まり、仲間殺しが増えることが観察されています。
また、このようなセロトニンレベル低下処置によって“攻撃性が高まった”マウスやラットにフルオキセチンを投与する(つまりセロトニンレベルを上昇させる)と、反対に攻撃性が減り、仲間殺しが減ることが観察されています。
このことから、“脳内セロトニンレベルの低下は攻撃性が高まり”、“脳内セロトニンレベルの上昇は攻撃性が抑えられる”ことがマウス実験によって示されています。
総説の中引用されていた別のサルを用いた研究についても紹介します。
群れの中のリーダー予備軍の二頭のオスザルの一方にセロトニンレベルを高める薬剤を投与し、もう一方にはプラセボ(効果の無い偽薬)を投与して、どちらが群の中で優位になるかという実験が行われました。
この結果、面白いことに12回の実験全てにおいてセロトニンレベルを高めたサルが優勢になったということです。一見、攻撃性の高い個体の方が優勢になりそうな感じもしますが、サルは社会性を持つ動物なのでそこまで単純ではなく、セロトニンレベルを高めた個体は攻撃性が抑えられ、結果的に他のサルとの社会的相互作用が強化されることで群れの中で優位に立つようになった、と考察されています。
人間を対象とした研究では、うつ病や神経性過食症やアルコール依存症など4000人近くの患者に対してフルオキセチンの影響を検証したメタアナリシス(大規模な研究解析)が行われました。この結果、セロトニンレベルを上げるフルオキセチンで治療された患者群に対して、プラセボ(偽薬)治療群は攻撃性を示唆する兆候(敵意、人格障害、反社会的反応)が4倍も高かったことが示されています。セロトニンレベルが低い状態だと攻撃性が高い人格傾向になることが示唆される結果です。
ここまでは“フルオキセチンという薬剤を使ってセロトニンレベルが変化することで性格や行動がどう変化するか”という点に関して、マウスからヒトまで研究の結果を示しました。
次は、薬剤を用いない健康な成人の場合にセロトニンと気分が関係するのか、調べた研究を紹介します。イギリスのアルスター大学のウィリアムス氏によって2005年に公表された“健康な男性ボランティアにおける血中セロトニンレベルと主観的気分との関連(*4)”という論文を紹介します。
本来、“気分”というものは“形のないもの”であり、“厳密に測れない”、“単位をもたない”という性質でまさに科学では扱いにくい“形而上学的”な領域におけるものです。しかし、それを科学と結び付けようという興味深い研究です。
対象とされたのは23人、平均年齢32歳の健康なボランティア男性で、精神的疾患の既往や精神病による投薬を受けていないことが確認されています。文献中には軽くしか触れられてませんが、女性の場合は女性ホルモンや生理周期が主観的な気分に影響しやすいため最初は男性のみに絞られたと考えられます。
気分の評価尺度はPANAS(positive and negative affect schedules)という世界的に用いられているスケールが用いられ、10のポジティブな気分と10のネガティブな気分について、それぞれ[1:わずかに〜5:とても]というように5段階評価が行われました。気分の評価は1日2回(起床後6時間後/12時間後)、7日間にわたって記録が取られました。セロトニン(5-HT)は空腹時の静脈血を採取し、全血中の濃度が測定されました。
その結果、全血中のセロトニン濃度とポジティブな感情の関係は図1(文献*4より引用)のようになりました。図に示されている通り、セロトニンの血中濃度とポジティブ感情のスコアの間には統計学的に有意な正の相関関係が認められました。
これは“血中のセロトニンレベルが高い人はポジティブな感情を持つ傾向が強い”ということを示しています。
これによって、抗うつ剤のような薬剤でセロトニンが調節されてない人においてもセロトニンが高いレベルであると“ポジティブな気分”になりやすい、ということが示されています。
補足ですが、このことは女性においても同様のことが言えることは後の研究でも示されているようです。
今回紹介した研究をまとめると、“セロトニンレベルが低い”と“攻撃性が高くなりやすい”、反対に“セロトニンレベルが高い”と“攻撃性が抑えられ、ポジティブな気分になりやすい”ということが医学的にも言えそうです。セロトニンが“平和と癒しの幸せホルモン”と称される理由も納得ですね。
次回は、“どのようにしたらセロトニンレベルを上げられるか”といったテーマについて情報を紹介していきたいと思います。
(著者: 野宮琢磨)
野宮琢磨 医学博士, 瞑想・形而上学ガイド
Takuma Nomiya, MD, PhD, Meditation/Metaphysics Guide
臨床医として20年以上様々な疾患と患者に接し、身体的問題と同時に精神的問題にも取り組む。基礎研究と臨床研究で数々の英文研究論文を執筆。業績は海外でも評価され、自身が学術論文を執筆するだけではなく、海外の医学学術雑誌から研究論文の査読の依頼も引き受けている。エビデンス偏重主義にならないよう、未開拓の研究分野にも注目。医療の未来を探り続けている。
*1. Fuller RW: The influence of fluoxetine on aggressive behavior. Neuropsychopharmacology 1996; 14:77–81
*2. https://ja.wikipedia.org/wiki/フルオキセチン
*3. https://ja.wikipedia.org/wiki/トリプトファンヒドロキシラーゼ
*4. Williams E et al. Associations between whole-blood serotonin and subjective mood in healthy male volunteers . Biological Psychology 71 (2006) 171–174, DOI: 10.1016/j.biopsycho.2005.03.002
*5. Watson D, Clark LA, Tellegen A: Development and validation of brief measures of positive and negative affect: the PANAS scales. J Pers Soc Psychol 1988; 54:1063–1070
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人間の脳、感情、行動…それらはまだまだ未知の領域。それに対する様々な疑問にお答えすべく、現在ドクター野宮が不定期連載にて医学的に検証! さて、幸せホルモンとも呼ばれる脳内物質「セロトニン」は、どうやったらもっと出せるの? 続報は引き続き「NEW LIFE」でご紹介していきます。どうぞお見逃しなく。
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