劇伴(げきばん)〜あなたの心を揺さぶり感動させてるのは〜
「劇伴」…映画やテレビドラマ、演劇やアニメで流れる伴奏音楽をいう。(Wiki)
新日本フィルnoteではダントツの情報量「岡田友弘《オトの楽園》」。《たまに指揮者》の岡田友弘が新日本フィルの定期に絡めたり絡めなかったりしながら「広く浅い内容・読み応えだけを追求」をモットーにお送りしております。今回は《久石譲&新日本フィルワールド・ドリーム・オーケストラ》に絡めて「劇伴」というものについて考察します!
映画の成否を左右する大きな要素の一つが「音楽」である。古今東西、名作映画と言われるものには素晴らしい音楽が付随している。ルキノ・ヴィスコンティの《ベニスに死す》のように、作中にグスタフ・マーラーの楽曲を使用するケースもあるが、大部分は映画のためのオリジナルスコアだ。幼少期にリヒャルト・シュトラウスから賞賛され、オーストリアからアメリカに亡命したコルンゴルトや、マーラーの弟子であり《風と共に去りぬ》の音楽を作曲したマックス・スタイナー、フランス6人組の一人で《ローマの休日》のジョルジュ・オーリックなどクラシック音楽の名作曲家たちが映画音楽の作曲を手掛けている。旧ソヴィエト連邦ではショスタコーヴィッチやプロコフィエフ、ハチャトゥリャンなど錚々たる面々が映画音楽を作曲している。
《写真》左からマックス・スタイナー、コルンゴルド、ジョルジュ・オーリック
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その後も《ニューシネマパラダイス》のエンニオ・モリコーネ、《ゴッドファーザー》のニーノ・ロータ、そしてなんといっても《スターウォーズ》や《未知との遭遇》など多くの映画音楽を手がけ今なお現役であるジョン・ウィリアムズなど枚挙にいとまがない。日本においても《ゴジラ》シリーズの伊福部昭を筆頭にして、早坂文雄、團伊玖磨、芥川也寸志、黛敏郎、武満徹などの作曲家が素晴らしい映画音楽を作曲している。このような事実からも映画音楽の作曲というものは誰でも簡単に書けるようなものではなく、本格的な作曲技法を習得し音楽的な才能に恵まれる必要があるのだ。
《動画》The digital exclusive "J.Williams/The Maestoro's Finale"
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19世紀末の映画の発明まで、大衆の娯楽の中心は「劇場」であった。その劇場で催されていたオペラやバレエの音楽を作曲家たちは多く手がけてきた。時代が20世紀になり映画の発展とともに、その場は映画館へと移る。当初はサイレント映画で、劇場で楽士が生演奏を映画につけるという方法であったが、トーキー技術の発展により映画のフィルムに音楽をつけることができるようになる。その頃から大編成のオーケストラで書かれたスコアの映画音楽が誕生する。作曲家たちの主戦場が劇場から、映画の現場に移行していったのである。その後ラジオやテレビの黄金時代が到来し新たなフィールドで作曲家たちは凌ぎを削るようになった。実写ドラマの「劇伴」やニュース番組のテーマ曲、放送開始と終了の際の音楽に至るまで名だたる作曲家が担当した。そして日本では最初のアニメ長編映画《白蛇伝》以降、《鉄腕アトム》などの制作によりアニメーション映画が隆盛を極めていく。多くの作曲家がアニメーションの音楽を手がけることになる。そして現代、「ゲーム音楽」の世界で作曲家たちの腕が試され音楽が愛聴される時代となった。時代の変化と要請で作曲家の主戦場は劇場から変化していくことになったのだが、言い換えれば昔の劇場での音楽が、新しいメディアや媒体で形を変えて今なお生き続けているといえよう。
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僕も子供の頃は人並みにアニメや特撮の音楽が好きだった。《ウルトラマン》や《ウルトラセブン》などの音楽は僕の心を大いに高揚させたし、《ドラえもん》や《サザエさん》の音楽などに心躍らせていた。中でも《風の谷のナウシカ》《天空の城ラピュタ》《となりのトトロ》《魔女の宅急便》といったスタジオジブリ作品は映画館で観るだけでなく、テレビ放送やレンタルビデオ店などで何度も繰り返し観た。宮崎駿、高畑勲を中心とした制作スタッフによる作画や演出の妙は言わずもがな、さらに作品の価値を高めてくれるのが音楽である。前述の4作品は全て久石譲の作曲による。ジブリ作品、特に宮崎駿監督作品に欠かせない作曲家であることは周知の事実だろう。久石譲の最初のジブリ音楽作品となる《風の谷のナウシカ》の本編の音楽は、高畑勲の著書や鈴木敏夫の著書によると、当初細野晴臣に作曲を依頼していたそうである。しかし作品のイメージと合致しないという宮崎と高畑の考えで細野の音楽が採用されることはなく、映画公開前に製作された「イメージアルバム」の作曲を手掛けていた久石に白羽の矢が立った。これが大きな分岐点となり、以降のジブリ作品の音楽へと繋がっていくのである。久石自身は別名義(本名)でアニメーション音楽も手がけていた。原始人たちの生活をコミカルに描いた《はじめ人間ギャートルズ》である。大きな肉の塊や、原始人と共に暮らすゴリラのドテチンなど個性的なキャラクターを記憶している方も多いだろう。この作品が久石の劇伴の最初の作品であると思われる。ちなみに久石は編曲家としても数々の作品を手掛けていて、《まんが日本昔ばなし》のエンディングテーマ《にんげんっていいな》もそのひとつだ。
編曲…他者の作ったメロディに新たなオーケストレーションなどを創作すること。ポップスの世界ではメロディとコード(和音の進行)だけのデモをもとに編曲家がオーケストレーションを創作して世に出る状態に完成させるというやり方もある。
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久石の作曲家としてのキャリアは初期においては現代音楽、特にミニマルミュージックの作曲家としての活動が知られていた。その後ポピュラー音楽や映画音楽を手掛けることになるが、ルーツはクラシック音楽の作曲家であり、それに根ざした作曲技法やオーケストレーションがそれらの作品の価値を確かなものにしていることに異論を挟む余地はないだろう。久石が音楽理論を師事したのが作曲家の島岡譲(ゆずる)である。島岡は多くの和声学や楽式、アナリーゼ(楽曲分析)のための著書で知られている。久石譲の「譲」が島岡の「譲」に由来しているというエピソードは確認できないが、不思議な偶然である。久石譲の名前の由来として知られているのは、アメリカのジャズミュージシャンで音楽プロデューサーのクインシー・ジョーンズの名前をもじったものであるというものである。
このように外国人の名前をもじった名前といえば、コメディアンの益田喜頓(アメリカの喜劇俳優バスター・キートンをもじった)やクレイジーキャッツの谷啓(アメリカのコメディアンで俳優のダニー・ケイをもじった)を思い出す。
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久石の音楽の魅力は映画の場面やその展開にマッチした多種多彩な音楽にあるだろう。各キャラクターを印象付けるテーマの数々や親しみやすいメロディは自然に映画を観る人々を映画の世界に引き込んでいく。決して音楽が前面にしゃしゃり出ることはないが、決して「添え物」ではない大きな存在感を持ちながら映像に寄り添い観るものを魅了する。その楽曲ではアイルランドやスコットランドなど世界各地の民族音楽の音階や旋法が使用され、伝統的なオーケストラ編成の楽器と電子楽器の効果的な融合や、民族楽器、例えば《風の谷のナウシカ》において、腐海という場所に生息する大型動物王蟲の登場場面で使用される音楽に採用されたインドの民族楽器シタールなど絶妙な楽器選択が随所に見られるのも大きな特徴である。また、7拍子や11拍子といった「変拍子」を使用することでアニメーションに合わせた時間経過を作り出したり、音楽に「動きの変化」や「不安感」などを演出する。親しみやすいメロディの中に隠れた高度なテクニックが久石作品の価値と魅力を一層高めているのである。《天空の城ラピュタ》では主人公のパズーが早朝にトランペットを吹くシーンがあるが、久石自身中学時代に吹奏楽部でトランペットを担当していた。
《写真》シタール(北インド発祥の弦楽器で民族楽器のひとつ)
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1997年の《もののけ姫》の音楽で久石は重いテーマの映画に相応しい音楽のためにはじめて大編成オーケストラのためのスコアを書いた。ここから今の久石の活動へと繋がっていく。
久石と新日本フィルがタッグを組んだ「新日本フィルワールド・ドリーム・オーケストラ」というコンサートがある。コンサートでは久石の最も得意とする《ポスト・クラシカル》と《ミニマル》を掘り下げた新曲とジブリの名作を再編集した《交響組曲》を楽しむことができる。
《ポスト・クラシカル》と《ミニマル》はともすると現代音楽としてちょっと身構えてしまう部分もあるが、久石のそれはひとことで表すと「ジブリ音楽の源流」ともいえる。あの可愛らしいジブリのメロディとともに音楽を構成しているのは《ポスト・クラシカル》や《ミニマル》の要素であったりもする。僕も身構えずにいろいろなジブリの名シーンを思い浮かべながら新曲を聴いてみようと思う。
(文・岡田友弘(指揮者))
岡田友弘コラム「オトの楽園」
岡田友弘(おかだともひろ/たまに指揮者)
1974年秋田県由利本荘市出身。秋田県立本荘高等学校卒業後、中央大学文学部文学科ドイツ文学専攻卒業。その後色々あって桐朋学園大学において指揮を学び、渡欧。キジアーナ音楽院(イタリア)を研鑽の拠点とし、ヨーロッパ各地で研鑚を積む。これまでに、セントラル愛知交響楽団などをはじめ、各地の主要オーケストラと共演するほか、小学生からシルバー団体まで幅広く、全国各地のアマテュア・オーケストラや吹奏楽団の指導にも尽力。また、児童のための音楽イヴェントにも積極的に関わった。指揮者としてのレパートリーは古典から現代音楽まで多岐にわたり、ドイツ・オーストリア系の作曲家の管弦楽作品を主軸とし、ロシア音楽、北欧音楽の演奏にも定評がある。また近年では、イギリス音楽やフランス音楽、エストニア音楽などにもフォーカスを当て、研究を深めている。また、各ジャンルのソリストとの共演においても、その温かくユーモア溢れる人柄と音楽性によって多くの信頼を集めている。演奏会での軽妙なトークは特に中高年のファン層に人気があり、それを目的で演奏会に足を運ぶファンもいるとのこと。最近はクラシック音楽や指揮に関する執筆も行っている。日本リヒャルト・シュトラウス協会会員。英国レイフ・ヴォーン=ウィリアムズ・ソサエティ会員。マルコム・アーノルドソサエティ会員。