大作曲家たちの「吹奏楽」
はじめに
吹奏楽・・・オールド層は「ブラバン」といったほうが馴染み深いだろうか。しかしながら厳密にいえば「ブラスバンド」とは「ブラス=真鍮」ということで、さまざまな金管楽器と打楽器で編成された「英国式ブラスバンド」を指す。「英国式」という名前からも分かるようにイギリスで発展した合奏編成だ。
ブラスバンドは英国をはじめヨーロッパにおいては、日本以上に盛んで多くのフェスティバルやコンテストが開催されている。「ブラックダイクバンド」「コーリーバンド」などのコンテスト常連チームは、我々の想像を超える演奏レヴェルで人気を博しており、僕も数年前の「ブラックダイクバンド」の演奏会を池袋で聴き、特に金管楽器のブレンドされた響き、特に弱奏部のサウンドに驚いた記憶がある。
またユアン・マクレガー主演の映画「ブラス」は僕が大学生の頃にヒットした映画だ。英国は良い面でも悪い面でも「階級社会」であるが、ブラスバンドチームは炭鉱などで働く労働者たちで構成されていた。従って労働者を中心とした「市民」の音楽ジャンルとして親しまれていたといえる。
僕たちはついつい「英国音楽」というと古くはパーセルやウィリアム・バードから、近代だとエルガー、ヴォーン・ウィリアムズ、ホルスト、ブリテン、ウォルトンなど優雅で気品あふれる音楽、もしくは洗練された音楽を想起するが、そのもう一方「ブラスバンド」という音楽ジャンルも「英国音楽」を構成する重要メンバーであることを忘れてはいけない。エルガーやヴォーン・ウィリアムズにもブラスバンド編成の楽曲はあるし、フィリップ・スパークやピーター・グレイアムといった現代の売れっ子作曲家の作品は非常に人気があり、広く演奏されている。
そして「吹奏楽」は吹奏楽器を中心に構成された合奏体ゆえ「ウィンドオーケストラ(風のオーケストラ)」と呼ばれることが多い。他にも「シンフォニックバンド」「ウィンドアンサンブル」「ブラスオルケスター(ドイツ語)」という呼称をすることも多い。厳密には編成によりその呼称は変わるのだが、日本においてはその使い分けは比較的自由なものである。
日本の吹奏楽人口は多く、全国の小中高等学校、大学には必ずと言ってよいくらいに吹奏楽部がある。もちろん社会人バンドや職域バンド、各種団体バンドがあ 広く演奏活動をおこなっている。特に「全日本吹奏楽コンクール」は全国的規模で参加団体も多く、全国大会に出場する団体のみならず地方大会で優秀な成績を収める団体は非常にレベルが高く、日本の楽器人口の層の厚さを窺わせる。特に全国大会出場団体は一聴すればプロ顔負けの演奏をする団体も多いため、全国的にファンも多い。そのような団体で活躍したメンバーの中にはプロのオーケストラの木管、金管、打楽器奏者として演奏活動を続けている人も少なくない。新日本フィルにもそのような「元・吹奏楽少年少女」が在籍している。
現代の吹奏楽、特に吹奏楽コンクールにおいては何人かの人気作曲家の作品が多く演奏されている。それは委嘱作品であったり、新作であったりと「現代音楽」・・・オーケストラに親しんでいる方々にとっての「現代音楽」とは違って親しみやすく、高揚感に満ちた音楽だが、どのような作品でも「出来立てほやほや」の作品はみな「現代音楽」だ。吹奏楽はオーケストラに比べて「現代の音楽」が毎年多数作曲され、演奏されている。これは特筆すべきことだ。
また、オーケストラ作品を「編曲」したものを演奏する団体も多い。ラヴェルの「ダフニスとクロエ」ドビュッシーの「海」、レスピーギの「ローマの祭り」などは人気の作品である。オーケストラの演奏会ではなかな聴くことのできない楽曲が毎年多く演奏されている。しかしながらコンクールには時間制限があり、その時間内に収めるべく「カット」されて演奏されるが、是非とも全曲に親しんでほしいし、原曲であるオーケストラの演奏を会場で楽しんでほしい。
現在の「吹奏楽」に至るまでにはその編成や楽器の変遷があった。またさまざまな管楽編成の楽曲を多くの作曲家が作曲している。今回はオーケストラの演奏会でもお馴染みの作曲家による「管楽アンサンブル」「吹奏楽」を時代を追って紹介してみたい。
現代の吹奏楽編成が確立するまでには、多様な変遷があった。特に「楽器の発明」と大きな関わりがある。特に「サックス」「ユーフォニアム」「チューバ」等の発明や改良を経て、現在の編成となった。これらの楽器は比較的新しい楽器である。このコラムでは基本的にそのような「現代吹奏楽」編成の作品ではなく、それ以前の「管楽オーケストラ」「軍楽隊」の作品を中心に紹介したい。
こんな人たちが「吹奏楽」を作曲していた!
モーツァルト「グラン・パルティータ」
まずはモーツアルトの「グラン・パルティータ」から。これはオーボエ2、クラリネット2、バセットホルン2、ファゴット2、ホルン4、コントラバス1という編成の曲だ。当時流行していた「ハルモニームジーク」の代表的な編成である木管9重奏を拡大し13の楽器で演奏される。編成の指定にはコントラバスとあるが、現代ではコントラファゴットで演奏されることが多い。
「グラン・パルティータ」とは「大きい組曲」という意味で、モーツァルトとは違う筆跡で自筆譜に書かれている。正式には「セレナード第10番」という曲。7楽章から構成され、全曲演奏時間は約50分という当時としてはかなり長い楽曲である。
この作品で使用される「バセットホルン」とはクラリネットと同じシングルリード(1枚のリードを振動させて音を出す楽器)で、形もクラリネットに似ているが、クラリネットよりも長く、少し暗めの音色が特徴的である。
大作曲家が作った「管楽合奏曲」として現在でも重要な位置にある「聖典」の如き楽曲だ。
この作品に名盤は多くあるので、是非とも読者の「ベストバイ」を見つけてほしい。僕は「吹奏楽の神様」「ウィンドアンサンブルの父」として知られるフレデリック・フェネルとイーストマン・ウィンドアンサンブルの演奏を「はじめの一枚」としてお薦めしたい。
ベートーヴェンにも「吹奏楽作品」が1?
先日の「英雄」の名演も記憶に新しいベートーヴェンにも「吹奏楽」の曲がある。これは軍楽隊のために書かれた「行進曲」だ。有名なところでは3曲の行進曲」や「エコセーズ」がある。行進曲は軍楽隊編成で作曲されており、モーツァルトの作品よりも、より現代の吹奏楽に近い編成だ。ベートヴェンらしい堂々とした活力に溢れた作品である。
オススメは天下のベルリン・フィルが録音したもので、指揮は「帝王」カラヤンだ。「ドイツ名行進曲集」の中に「ヨルク行進曲」が収録されている。ただ、この演奏で用いた楽譜はベートーヴェンのオリジナルではなく、シャーデという人物が編曲したものだが、それでも十分ベートーヴェンの吹奏楽を楽しめる。
メンデルスゾーン「吹奏楽のための序曲」
ロマン派を代表する作曲家の一人、メンデルスゾーンにも吹奏楽の名曲がある。この作品は最初は11人編成であったが、のちに改変し23本の管楽器による作品となった。クラリネットが大幅に増員されたことで現代の吹奏楽編成に近い編成となった点では、現代吹奏楽の源流という見方もできる。
作品はゆっくりな序奏と急速な主部からなるが、曲の開始から「メンデルスゾーン節」全開だ。オーケストラの演奏会でももっと頻繁に取り上げてほしい作品のひとつでもある。
一度この作品を指揮したことがあるが、木管楽器奏者が急速な部分での演奏に苦労していたことを記憶している。特にタンギング(音をひとつひとつ発音して演奏すること)に苦心しているようだった。
おすすめは、クラウディオ・アバド指揮、ロンドン交響楽団の演奏。
グノー「小交響曲」
フランスの作曲家グノーはおもにオペラや宗教曲など「歌もの」で有名な作曲家。「ファウストのバレエ音楽」以外では、器楽編成で今でも演奏されることがあるのはこの「小交響曲」だけと言ってよい。この作品は基本的な木管8重奏(オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2)の編成にフルート1が加えられている。フルートの加入は管楽アンサンブルの響きと編成に新たな息吹を吹き込んだといえる。
おすすめは、日本の「オイロス・アンサンブル」の演奏。僕が「ハルモニームジーク」にハマったきっかけとなったCDだ。新日本フィルにゆかりのメンバーも数人メンバーとして在籍している。
ドヴォルザーク「管楽セレナード」
9曲の交響曲など多くの作品を残し、そのほとんどが人気のあるドヴォルザークにも吹奏楽作品がある。吹奏楽作品といっても基本的にはモーツァルトの「グラン・パルティータ」を下敷きにしているような編成で、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、コントラファゴット(任意)、ホルン3、チェロ、コントラバス。この楽曲の特徴はなんといっても編成にチェロが入っていることだ。
ブラームス曰く、「ドヴォルザークがごみ箱に棄てた旋律のクズをかき集め、私は1曲作れる」というくらいにドヴォルザークはメロディーメイクの名人だ。この曲ももちろん心動かされる旋律に溢れている。少し斜めから読めば、このブラームスの言葉・・・ブラームスの作曲に対する「自信の表れ」でもある。
おすすめは日本でも絶大な人気を誇る巨匠、チョン・ミョンフンが名門ウィーン・フィルを指揮した演奏。ドヴォルザークの名旋律と、ウィーンの木管の華やかで柔らかな響きを楽しむことができる。
ストラヴィンスキー「管楽器のためのシンフォニーズ」
この曲はかつては「吹奏楽のための交響曲」と訳されていたが、一般に言うところの「交響曲」ではないので近年では「シンフォニーズ」と和訳されている。ストラヴィンスキーらしい和音やリズム、変拍子が随所に現れる作品で、しばしばオーケストラの演奏会で取り上げられることもある。10分程度の小品で、フランス印象派の作曲家ドビュッシーの追悼のために作曲された。またストラヴィンスキーには「管楽器とピアノのための協奏曲」「サーカス・ポルカ」などの管楽アンサンブル作品がある。
おすすめはフィンランドの指揮者、エサ=ペッカ・サロネン指揮のロンドン・シンフォニエッタの音源をお薦めしたい。「シンフォニーズ」の他に「ピアノと管楽器のための協奏曲」が収録されている。現代的でクールな演奏で、ストラヴィンスキーの冴わたる世界を楽しむことができる。作曲家としても知られるサロネンの「音楽の料理の仕方」にも注目したい。
メシアン「われ、死者の復活を待ち望む」
現代フランスを代表する作曲家・教育者・オルガニスト・鳥類学者であるオリヴィエ・メシアンによる管楽編成の作品。曲は5曲からなり、演奏時間は25分となかなかの大作である。
正直に言うとタイトルそのままの「暗い」作品で、心が浮き立つような曲ではないが、「メシアンが作曲した吹奏楽」という意味は大きい。また3セットのカウベルや、チューブラベルなどの「金属打楽器」を多用しているのも大きな特徴だ。かつて全日本吹奏楽コンクール全国大会でこの曲を自由曲として演奏した高校があった。今考えても、ものすごい挑戦だと思う。しかし、このような「音楽史上重要な管楽作品」を広く認知させた功績は大きい。この作品のみならず、上記の管楽作品をもっと、吹奏楽の演奏会で取り上げてほしいと思う。敬虔なカトリック教徒であるメシアンの「宗教的な作品」でもある。
オススメはなんと言っても、メシアンと同時代に生きた大作曲家であり大指揮者ピエール・ブーレーズがアメリカの名門メジャーオーケストラ、クリーヴランド管弦楽団を指揮したもの。ブーレーズの分析的解釈はまるでスコアを丸裸にしたような演奏だ。冷静に楽譜を読み込み、分析し、テンポやバランスを入念に調整して出来上がった演奏は「ファースト・チョイス」に相応しい。
まだまだあるけど、名前だけ・・・
音楽史上に燦然と輝く多くの作曲家に「管楽アンサンブル」もしくは「吹奏楽」作品がある。その全てを語り尽くしたいが、それはまた別の機会として、参考として作曲家と作品名だけを挙げておきたい。興味を持たれた方はぜひその演奏を手にとって鑑賞してほしい。
・王宮の花火の音楽(ヘンデル)
・葬送と勝利の大交響曲(ベルリオーズ)・・・大規模な吹奏楽と弦楽器
・西洋と東洋(サン=サーンス)
・トロンボーン協奏曲(リムスキー=コルサコフ)
・ディオニソスの祭り(フローラン・シュミット)
・軍楽隊のための組曲第1番&第2番、ハンマースミス(ホルスト)
・イギリス民謡組曲、トッカータ・マルツィアーレ(ヴォーン・ウィリアムズ)
・チェロと管楽器、ピアノ、打楽器のためのコンチェルティーノ(マルティヌー)
・ヴァイオリンと管楽オーケストラのための協奏曲(クルト・ヴァイル)
・主題と変奏(シェーンベルク)
・吹奏楽のための交響曲(ヒンデミット)
・チェロと管楽器のための協奏曲(イベール)
・マーチ作品99(プロコフィエフ)
・ハンティング・タワー・バラード(レスピーギ)
・コマンド・マーチ(バーバー)
・フランス組曲(ミヨー)
・ピッツバーグ序曲(ペンデレツキ)
・トーン・プレロマス55(黛敏郎)
・ブーレスク風ロンド(伊福部昭)
・・・他にもまだまだある。記載漏れはご容赦を。
そして・・・リヒャルト・シュトラウス
新日本フィル創立50周年シーズン、10月の定期演奏会で取り上げられる「13管楽器のためのセレナード」を作曲したドイツのリヒャルト・シュトラウスも管楽器については特筆すべき存在。彼の管弦楽作品では多くの管楽器が大活躍するし、父親が名ホルン奏者ということもあり2曲のホルン協奏曲をはじめ、オーボエやクラリネットとファゴットなどの協奏曲を作曲し、今でも広く演奏されている。また「ヨハネ騎士修道会の荘重な入場」「ウィーン・フィルのためのファンファーレ」「ウィーン市祝典曲」など大規模な金管合奏の名曲もある。
父親フランツはモーツァルトなど古典派の作曲家に多大な敬意を払い、それを息子の教育にも反映させていた。そのためリヒャルトもモーツアルトには特別な思いを持っていたようで「交響曲第41番(ジュピター交響曲)はまるで天上の音楽のようだ」と絶賛し、特に第4楽章後半のジュピターの主題のフーガ(ある旋律形を追いかけっこしていくような曲想のもの、バッハの作品でよく知られていて「対位法」という作曲の基礎技法の重要な形式)の部分で彼は「まるで天国にいるような感じを受ける」と言っている。
「13管楽器のためのセレナード」もモーツァルトの「グラン・パルティータ」の編成を下敷きにしている。もちろん構成楽器は異なるが「13管楽器」「セレナーデ」で符合する。この作品については実際に新日本フィルの演奏会で聴いていただきたい。また楽曲についての解説やこぼれ話などは「演奏会直前オンラインレクチャー」でお話しする予定だ。是非ご参加いただけたらと思う。
この作品の他にもリヒャルトは管楽合奏編成の楽曲を3曲作曲している。「セレナード」の成功により、当世きっての名指揮者ハンス・フォン・ビューローの勧めで作曲した「13管楽器のための組曲・変ロ長調」は全4楽章からなる組曲で、リヒャルトの管楽器の扱いの上手さを感じることのできる作品だ。
この作品での経験がのちの交響詩やオペラのオーケストレーションの基盤となったのではないだろうか。リヒャルト作品の「オーケストレーションのひみつ」を知ることができる作品かもしれない。
そして彼は人生の後半に「管楽器のための交響曲」ともいわれる「ソナチネ第1番」と「第2番」を作曲している。
「第1番」はこれまで同様13管楽器の編成で書かれた作品だが、この頃リヒャルトは病気がちで体調が悪く、思うような活動ができなかった。それを彼なりのブラックユーモアで表現したのだろうか、この作品には「病人の仕事場から」という副題が付けられている。確かに少し物悲しい音楽ではあるが音楽を支配する「調性」は明るい調性である「へ長調」なのだが、その中で内面にある寂しさや暗さを表現したリヒャルトの作曲技法には驚きを禁じ得ない。
一方「第2番」は一転して明るい曲想が全体を支配している。副題は「楽しい仕事場」と「第1番」との対をなすものである。この作品は13管楽器ではなく、クラリネット族を総動員した16管楽器の編成となっている。今までの作品よりの一層管楽器の魅力を楽しむことができる。言い換えればより「吹奏楽に近い」音響を楽しむことができる。
この作品は「グラン・パルティータ」の作曲者で、尊敬してやまない「モーツァルトの霊」に献呈されている。
これらの作品を全て聴くことができるディスクがある。オランダの名匠エド・デ・ワールトが指揮したオランダ管楽アンサンブルの演奏によるもので、「管楽器王国」として有名なオランダの管楽器奏者のレベルの高さを感じることができる安定した演奏だ。管楽アンサンブルの響きという点でも非常に模範的で、管楽器に親しんでいる人は是非参考にしてほしいと思う。指揮者のワールトは元々オーボエ奏者でコンセルトヘボウ管弦楽団に所属していたこともある。また指揮者としてリヒャルトの演奏には定評がある指揮者だ。
今回「13管楽器のセレナード」を演奏会で取り上げることは個人的にはとても重要なことだと考えている。そしてリヒャルトの続く3作の管楽合奏作品もまた、多く実演の場に上がってほしい曲である。今回の演奏会を端緒として、いつの日か新日本フィルの管楽器セクションの演奏で全曲を演奏してほしいと思う。オケの演奏会でも楽団員プロデュースの演奏会でも・・・。
そして・・・指揮者に困ったら、ここにひとり肩を温めて待っているものがいることを思い出してほしい。
(文・岡田友弘)
新日本フィル演奏会情報
#644〈トリフォニーホール・シリーズ〉&〈サントリーホール・シリーズ)
2022年10月1日(土)14:00 すみだトリフォニーホール
2022年10月3日(月)19:00 サントリーホール
ソリスト・ユリアーネ・バンゼ(ソプラノ)
指揮・尾高忠明
プログラム
R.シュトラウス:セレナード 変ホ長調 op. 7, TrV 106R
R.シュトラウス:4つの最後の歌 op. posth. TrV 29
R.シュトラウス:交響詩「英雄の生涯」 op. 40, TrV 190
詳細、チケットは新日本フィルホームページで!