【歴史小説】第42話 大蔵合戦①─鬼切丸強奪計画─ 『ひとへに風の前の塵に同じ・起』
1
──ここは、どこだ?
為義は辺りを見回した。
真っ暗で何もない空間。
目の前には、二振りの太刀と八つの鎧があった。
「あれは、河内源氏の家宝鬼切丸と八領の鎧ではないか」
でも、どうして鬼切丸が二本? 為義は疑問に思った。
そのことについて、あれこれ考えをめぐらしていると、目の前にあった八領の鎧が、散り散りになった後、突如2人の童子が目の前に現れた。
(誰だ? この2人は)
為義は考えた。2人のうち一人は、絶縁した義朝の息子で、孫にあたる鬼武者(後の源頼朝)だとすぐにわかった。だが、
(一人は鬼武者なのはわかったが、もう一人は一体、誰なんだ?)
という疑問も湧いてきた。鬼武者同様、自分の孫であることは、なんとなくだがわかる。だが、その童子の顔立ちは中性的で、若いころの自分や義朝、そして義賢や義広とは全然違う。
鬼武者の後ろには赤い龍、そして中性的な美少年の後ろには白い龍がいる。共通しているのは、どちらの龍も5本の指を持っていることだろうか。
龍を背後につけた2人は、太刀ほどのサイズの鬼切丸を抜き、そして斬り合いを始めた。
2人の刃からは、火花が出ると同時に、稲妻のようなものが光り、それに呼応して、後ろの龍も戦いを始める。
「一体全体なにが起きてるんだ?」
混乱した為義は発狂してしまった。
「はっ!」
為義は目を覚ました。
目の前を見てみると、ボロボロに崩れた壁、そして薄い着物が自分の上に置かれていた。
なんだか湿っぽいな、と感じたので、畳の方を見てみると、寝汗でシミがつくぐらいに濡れている。
「はぁ、夢でよかった」
為義は今目の前で起きていることが現実であることに安堵し、再び寝床に着こうとした。だが、寝汗と、先ほど見た、あの意味深長な夢が、どのようなことを意味しているのかを考えると、なかなか眠れなかった。
お昼。為義は東三条にある道満の屋敷へと向かった。
「あら、いらっしゃい、どういう用件かしら?」
人の姿をとった式神と一緒に儀式で使う道具の虫干しをしていた道満は、為義を出迎えた。
「実は──」
昨夜見た夢の一切を、為義は語った。
道満は微笑み、その解釈を語る。
「なるほどね。八領の鎧が失くなるのは、貴方の一族が離散することを表してるわね。これは未来永劫続くわ。ま、私や貴方達に未来があればの話だけど。家宝である大太刀鬼切丸は、嫡男から再び貴方の手に渡る。ただ、今までどおりの形、でないことは覚えておきなさい」
「わかりました。ですが、一族の離散を避けるにはどうすればいいのですか? それと、鬼切丸が姿を変える目的は?」
「欲張りだわね。これ以上知りたいのであれば、対価をよこしなさい。まあどうせ、これ以上のことを知る対価は、貴方は持ち合わせていないでしょうけどね」
先ほどの微笑みとは違う、どこかバカにしているような笑みで為義の方を見た。
「人のことをバカにするのも大概にしろよ、このアマ」
太刀を抜き、大上段に構える為義。
「あら、いいのかしら?」
余裕そうな笑みを浮かべる道満。
「死ね!」
為義は道満に斬りかかった。
血の一滴も流さずに斬られ道満は、真っ二つになった紙人形の姿となって消えた。
2
為義が道満に相談を持ちかけていたときと、同じころ。六条堀川にある源氏屋敷、といっても、義朝の住む新築の屋敷だが。
屋敷の主人義朝不在時に、広常と義明は、東国から引き連れてきた武者たちを侍所に集めて、会議を開いていた。
議題は「義朝を源氏の棟梁にするにはどうしたらいいのか?」というもの。
一見無邪気な議題のように見えるが、広常や義明たち東国武士たちにとっては、大きな問題だった。
義朝は清和源氏の一流河内源氏の血を引いているので、棟梁になる資格がある。だが、棟梁になってくれと言うと、
「縁を切った俺には、河内源氏の棟梁になる資格はない」
と断られる。
だが、頼義や義家が関東を治めて以来、そのカリスマ性に惹かれる関東の武士たち。彼らの中には、どうしても主は源氏であってほしい、と考えている者も多くいた。その筆頭格である義明と広常は、
「俺たちの棟梁としてでなく、河内源氏の棟梁になって欲しい」
と何度も義朝に懇願しているが、いつも断られてしまう。
どうすれば義朝をその気にできるのか、みんなで知恵を出し合おう、ということで、広常と義明はこの会議を開いた。
「義朝を源氏の棟梁に据えるために、何かいい方法はあるか?」
義明は聞いた。
手を挙げる広常。
「おう、広常、なんかいい案あるのか?」
「比企にいる義賢から鬼切丸を奪うってのは銅だ?」
「おぉ、さすがは広常」
「皇位継承のとき、剣と勾玉、そして鏡が必要になるだろう? それと同じように、源氏の棟梁にも、家宝の鬼切丸が必要になると思ってな」
「さすがわが友!」
二人で盛り上がっていたところで、
「異議あり」
正清が手を挙げた。
「義朝はそんなことを望んではいない。河内源氏の本家とは縁を切った、という話を忘れたか」
「それはわかってるけどさ、でも、俺たちには義朝さまが棟梁であってほしいんだよ。な、常胤、義康」
「いくら義朝さまを棟梁にそえたいからと、私合戦はいかがなものかと……」
「激しく同意する」
下総の住人で広常の親族 千葉常胤(ちばつねたね)と、下野の住人で源氏の血を引く足利義康(あしかがよしやす)は、正清の意見に賛同した。
「正清殿の言うとおり。ここは大人しくしているのが一番かと。下手に為義殿の家を刺激するのはよくない。どうしても、というのであれば、朝廷にはたらきかけるしかあるまい」
正清と同じ相模の住人 大庭景親(おおばかげちか)も、正清の意見に同意した。
「全く、相模のやつらはどうしてこうも、臆病なんだ? お前らそれでも坂東武士か?」
「煽られても俺の意見は変わらない。どうしてもやりたいのなら、お前たちだけで勝手にやってろ。義朝のやつが喜ぶことは、絶対ないがな」
「ったく、みんな冷たいな。もう俺たちだけでやろうぜ、広常」
「そうだな。今日はここで仕舞いだ」
あまりに生産性がなさすぎた会議を、広常と義明は終わらせた。
会議が終わったあと、広常と義明は、鬼切丸の強奪について話し合っていた。
「俺にいい案があるんだ」
「どんな案だ?」
広常は聞く。
「ちょっと、耳貸してもらうぞ」
義明は広常の耳元に手を当てて、
「若様と一緒に、比企にある義賢の屋敷を襲い、鬼切丸を強奪する」
と答えた。
「おぉ、それはおもしろい!」
目を輝かせながら、広常は言った。
義平は義朝の長男で、武勇に優れた義明自慢の孫でもある。
「孫の顔を見るついでに、やってしまおうかと考えてな」
「そうか」
「というわけで、明日出発する。殿や頭でっかちな正清には、家族の顔を見に行く、とだけ言っておけ」
「了解」
2人は約束を交わし、侍所へと戻り、支度をした。
3
相模国鎌倉。
蒼い空と波打つ由比ヶ浜の海、砂の道で繋がれている江ノ島が見える海岸から、北西へ行ったところに亀谷(かめがやつ)という場所がある。ここは現在、鎌倉五山の一つ寿福寺が建っている場所なのだが、それが建つのは鎌倉時代になってからの話。
葉が青々と茂り、鳥のさえずりが聞こえる森の中に、土塁と空堀を備えた大きな屋敷があった。
ここが、義朝が鎌倉を拠点としていたときに暮らしていた屋敷がある。
今の義朝は京都にいるので、代わりに義平がこの屋敷で暮らしている。
「暇だな」
小柄で日に焼けた茶褐色の肌をした、小柄な少年は大きなあくびをした。この少年こそが、義朝の長男義平だ。
義平は退屈だった。
京都とは違い、鎌倉には何もない。仕えている現地の豪族大庭景義は、海がきれいだ、と言うが、毎日見ていると次第に飽きてくる。時々狩りをすることがあるのだが、いつも鹿やウサギを捕えてしまうので、最近は飽きてきた。ときどき馬で江ノ島詣へと出かけることもあるが、最近は行っていない。
「なんか、面白いことはないのか」
大きなあくびをして寝ようとしていたところへ、
「若様、ずいぶんと退屈そうですな」
二人の男がやってきた。一人は身の丈六尺はあろう大男で、もう一人は義平と同じぐらいの背丈の小男だった。広常と義明だ。
「おう祖父さん、お久しぶり」
義平は外祖父義明に声をかけた。
「おう、義平。元気で何より」
「広常もいるな」
「おう」
低く、大きな声で、広常は白い歯をきらめかせながら言った。
「二人そろって何の用なんだ?」
義平は聞いた。
「実は若が退屈していると思いまして、合戦でもしようかと考えていたのですよ」
「そうそう。若もそろそろ、初陣を飾られるお年頃かと思いまして」
「おぉ、面白うじゃないか、祖父さん! やろうぜ!」
先ほどの鬱屈とした表情はどこへやら、義平は明るい表情で賛同した。
「さすがはこの三浦義明の孫だ」
誇らしげに言う義明。
「相手は誰だ?」
「武蔵国比企郡大蔵にいる、源義賢。若の叔父でございます」
「へぇ。でも、父上は弟とも縁を切ってんだろ? なら、殺ってしまってもいいよな?」
「もちろん。殿を源氏の棟梁にすれば、親孝行にもなりますよ」
「なら、明後日の早朝、義賢の屋敷を攻める。明日に備えて、今日はゆっくりと休め」
「へい」
広常と義明は、義平の前で頭を下げる。
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