【歴史小説】第65話 祭りのあと②─異能の者たち─ 『ひとへに風の前の塵に同じ・起』
1
「いいところだったのに」
薙刀を持って、家弘は落ち武者狩りの者たちの前へ突っ込んでいく。だが、多勢に無勢。家弘はすぐに倒されてしまった。
「次はお前だ!」
自分に襲い掛かろうとする落ち武者狩りの者たち。
(もう終わりだ)
崇徳院は捕まる覚悟をした。だが、自分にはまだ家族と少ない味方と友がいる。自分のことを信じてくれる誰かがいるから、ここで捕まることも死ぬことはできない。それに今、家弘は身ぐるみを剝がされようとしている。最後まで自分は役立たずだった。そんな自分に嫌気がさしている。
「あぁあぁあぁあっ!」
破れかぶれで崇徳院は叫んだ。
そのとき、目の前にいた落ち武者狩りの一人の身体を一条の光の線が貫いた。そして煙と肉が焼ける焦げ臭い臭いとともに、落ち武者狩りの一人は真っ赤な火柱を上げて発火した。
突然発火した落ち武者狩りは火だるまになり、熱さに悶え苦しんだ後、炭となってその場で倒れた。
炭化した仲間を見て、恐れおののいて逃げる落ち武者狩りたち。
家弘の鎧と刀を剥ぎ取って逃げようとしている落ち武者狩りの男二人。
怒りのこもった鋭い目つきで、崇徳院は家弘の武具を持って逃げようとする男二人に、
「死ね!」
と言ってにらみつけた。
武具を持って逃げようとしていた男は、先ほどの男と同様、崇徳院から放たれた光線に撃たれたあと、自分の身体から出てくる炎に巻き込まれ、苦悶の表情を残したまま炭と化した。持っていた家弘の武具は燃えたことに気づいたときに落としたため、燃えることなく男の周りに落ちている。
「何があったんだ……。これが世に言う、仏神の加護というものなのか?」
突然起きた出来事に、薄汚れた鎧直垂姿の家弘は、きょとんとしている。
牛車を出た崇徳院は、落ちていた刀を持って、家弘の前に置いた。
「そうかもしれない。何もできない私のことだ。きっと、仏様が気を効かせてくれたのだろう」
「人生というものは何が起こるかわからないもの。だから、最後まで信じてみるのも悪くはないでしょう?」
「そうみたいだ」
「あと、先ほどはありがとうございます」
先ほど崇徳院が置いた刀を家弘は帯に差したとき、
「父上」
郎党を引き連れてきた息子の光弘がやってきた。
盗賊と出会ったとき、十数人ほどいた郎党は、いまや9人となっている。
「おう、光弘か、無事でよかった」
「賊を何とか追い払うことができました」
「そうかそうか。こっちも落ち武者狩りに襲われてな。あっちに落ちている鎧を持ってきて欲しいんだ」
「わかりました」
光弘は落ちている鎧を拾う。
鎧やら籠手やらを光弘が拾っている間、家弘は崇徳院に聞いた。
「院。これからどういたしますかな? 野宿ばかりでは辛いでしょう」
「そうだね。だから、弟の本仁のいる仁和寺を頼ろうと思う」
「わかりました」
そう言って前を向くと、武具を持ってきた光弘がいた。
「ありがとう」
家弘は残った郎党を呼び、甲冑を着るのを手伝わせた。
家弘が甲冑を着終えたあと、一行は崇徳院の弟がいる仁和寺を目指して歩いた。
2
目的地にある仁和寺に着いた。
目の前には立派な装飾が施された仁王門が建っていて、脇にはずっと先まで漆喰塗りの築地が続いている。寺の中からは読経の声が聞こえ、晩夏の風に交じり、崇徳院一行がいる門前まで届く、お香の匂い。地獄からいきなり極楽浄土に移動したような感覚だ。
「着いたか」
牛車を降りたとき、先ほどまで逃亡途中とは思えないほどの明るい声で、崇徳院は言った。
舗装もされていない山道、それも盗賊や落ち武者狩りがどこに潜んでいるかわからない極限状態。そんな環境下にずっといれば、当然普通の暮らしさえもありがたく思える。
家弘は門番をしている僧兵に要件を伝える。
「相わかった」
落ち着き払った声で言ったあと、門番の僧兵は走って寺の中へと向かう。
しばらくしたあと、門の方から、紫衣の法衣と袈裟をまとった僧侶が出てきた。後ろには護衛と思わしき僧兵と、浅黄色の水干を着た稚児を従えている。
紫衣の僧侶は笑顔で、
「兄上、お久しぶりでございます」
と言って頭を下げた。
「元気にしているようだね、本仁」
「兄上こそ、この様子だとかなり大変だったようですね。さあ、湯殿で温まっていってください。話はそこからです」
「こんな敗軍の上皇にも、ここまで優しくしてくれるのか……」
先ほどの明るい笑顔から一転、崇徳院は泣き崩れた。母親以外の身内から優しくされたことが、人生で初めてだったからだ。
自分がまだ皇位に就いていたころ、そして乱に負ける前までは、優しくされたことがないわけではない。だが、その優しさには、どこかよそよそしい感じがあった。
嬉し泣きする崇徳院に、覚性法親王は近づき、語りかける。
「官軍であろうが賊であろうが、困っている人を助けるのは寺院の役目です。生まれが父と祖父という違いがあっても、同じ母から生まれ、同じ時間を過ごした兄弟ではないですか」
「ありがとう……」
さらに激しく、崇徳院は泣いた。
「もう日が暮れますので、中に入りましょう。立てますか?」
覚性法親王は泣き崩れる兄に聞いた。
うん、とかすかにうなずき、立ち上がる崇徳院。
「話は中で聞きましょう」
僧兵や稚児、家弘親子と生き残った郎党が見守る中、覚性法親王は泣く崇徳院を支えながら、寺の中に入った。
勅使殿の方を照らしていた真っ赤な夕日は、洛中を囲む山々の中へと沈んでいき、五重塔や僧房がある方角から迫りくる、藍色の夕闇。
3
輝く星がよく見える縁側で、寺の中にある屋敷では、崇徳院と覚性法親王が二人きりで話していた。
「小さいころ、兄上はよく私と遊んでくれましたね」
「そうか。私はただ暇だっただけだよ。感謝するほどのことではない」
「そういえば、あの雅仁が皇位に就いたという噂を聞いたときは、とても驚きました。兄上の息子ではなく、今まで遊び暮らしていた、素行不良の弟がなるとは。父上はどうして、あんなろくでなしを皇位に就けたのやら」
呆れた表情で、覚性法親王は大きなため息を一つついた。
「本仁」
「何でしょう?」
「話は変わるが、頼みがある」
「どんなことですか?」
「私は出家したい」
「わかりました。ですが、その前に、ここに来るまでの間、何があったのかをお話しできませんか? 嫌なら無理にお話しする必要はありませんが」
「聞いてくれるのか」
「もちろんです」
うなずく覚性法親王。
「そうか。なら、話そう」
崇徳院は今までのことを全て話した。
亡き父鳥羽院に養子の件を反故にされたこと、頼長に挙兵を促されたこと、負けてくるまでに起きたこと、異能が覚醒したことを。
「辛かったのですね」
「彼らはみんな、平和にこの生を全うできた者たちだ。それが私に仕えてしまったことで悲惨な目に遭わせてしまった。そんな私のために死んでいった者たちへの罪滅ぼしとして、供養がしたい」
「わかりました。ですが、異能が覚醒したことについては、八咫烏や国家転覆を企む道満たちが黙っていないでしょう」
一通り崇徳院の話を聞いたあと、覚性法親王は稚児を呼んで、湯を持ってくるように命じた。
崇徳院は髪を剃り、仏門へ入った。
4
崇徳院が仁和寺で落飾した次の日の昼。
近江国、といっても伊賀に近い国境で、為朝と目刺髪の少年は、山中で湧き出る温泉に浸かっていた。
「久しぶりにいい湯に浸かったな」
手ぬぐいを頭上に載せながら、湯に浸かる為朝。
「これが世に聞こえる温泉というものですか」
全裸になっている目刺髪の少年は、おそるおそる、足の指から湯に浸かろうとする。
「金剛夜叉よ、恐れることはない。そのまま入ってみろ」
「でも、熱い湯に入るのは初めてだし……」
言い訳をする金剛夜叉。
為朝は湯から上がり、金剛夜叉を湯の中へ引きずり込んだ。
「熱い! 何をするんですか、為朝様!」
「どうだ、気持ちいいだろう?」
「やっぱり熱すぎます」
「まあ我慢して入ってみろって。そのうち気持ち良くなるから」
水しぶきを上げて出ようとする金剛夜叉の体を、為朝は力いっぱい押さえつける。
湯に浸かり続けていると、熱さよりも気持ちよさの方が勝ってゆく。
「なんだか、気持ちよくなってきた」
「だろ?」
歳の離れた兄弟のように、仲良く温泉に入っている為朝と金剛夜叉。
義朝に斬られそうになったとき、瞬間移動の能力を持つ稚児まげの少年羅刹丸と一緒に、この近江国の国境へ移動したときから一緒に暮らしている。 山深く、人影がないこの地に為朝が転送された理由は、朝廷の詮議から身を隠したり、治療に専念したりできるようにするため、という道満の計らいからだ。金剛夜叉が付いているのもそれだ。
ちなみに日用品や為朝の治療に必要な薬草、米や粟などの雑穀は、羅刹丸を経由して定期的に届けている。なので、食べ物に困ったり、することはない。
「入ってみると、意外と気持ちがいいものなのですね」
先ほどの怯えようとは一転、金剛夜叉は気持ちよさそうに柚子色の湯に浸かっている。
「そうだろう? 金剛夜叉、鎮西にはこんな温泉がたくさんあるのだぞ。日向や肥後、薩摩の方にはたくさんある」
「いつかみんなで行きたいですね。鎮西の温泉に」
「そうだな」
為朝が湯に入っているとき、
「ここにいたか、為朝」
数百人ほどの軍勢を率いた正清がやってきた。
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