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【歴史小説】第41話 鵺退治④─獅子王─ 『ひとへに風の前の塵に同じ・起』


   1


 子の刻を半分ほど過ぎたころ。頼政は渡と盛遠を連れ、頼光の代から伝わる、家宝の雷上動の弓を持って参内した。

「ヤツが出てくるのは丑三つ時。そのときになったら、東三条の森の方角から、光る黒雲が出てくる。同時に、人のうめき声にも似た鳴き声がしてくるはずだ。そのとき、雲に狙いを定めて射ろ」

「承知しました」

 頼政はうなずく。

「そして餓鬼ども」

「何や?」

「もし、空気が重くなったり、突然気持ち悪くなったりしたときは、息を止めろ。ヤツは瘴気を放つ」

「わかった」

 渡と盛遠はうなずく。


 1時間後。ちょうど時刻が丑の刻へと変わるとき。

 東三条の方角から、黒い雲のようなものが出てきた。中心がぼんやり光っているので、星や月とは区別がしやすい。

「来たぞ。準備しろ」

「了解です」

 頼政は矢をつがえ、狙いを定める。

 黒い雲は内裏の上で止まり、れいの不気味な鳴き声を放つ。

(当てられるかどうかはわかりません。もし外れたなら、自害するまで)

 目を見開き、覚悟を決めた頼政は、

「南無八幡大菩薩!」

 源氏の守り神の法号を唱え、矢を放った。

 放たれた矢は、甲高い音を立てると同時に、白い光をまとった直線を描き、物の怪目がけて突き進む。

 矢の光が消えたとき、大きなうめき声がして、雲の光が消えた。

 しばらくしないうちに、大きな肉の塊が落下したときの鈍い音が聞こえた。

「行くぞ」

 泰親と頼政、渡と盛遠は、音のした方へと向かう。


 4人は鵺が落ちた場所へ集まった。

 落下地点には、近衛府の役人や滝口の武者、近衛帝の側室たちが集まって、鵺の正体がどのようなものかを見ている。

「皆さん、距離を取ってください」

 頼政と渡、盛遠は、野次馬たちを遠ざける。

 だが、野次馬たちは、俺も俺もと、3人の体越しに見ようとしている。

「何だ、これは・・・・・・」

 泰親は野次馬たちをよそに、鵺の正体を確かめた。

 目の前には、顔は猿、胴は狸、手足は虎、尻尾は蛇という世にも奇妙な生き物が横たわっていた。狸の胴体には、先ほど頼政が放った矢がしっかり刺さっていて、そこから真っ赤な血が、小川のように流れている。

(こんな妖怪、いなかったはず。もしや……)

 蟲毒か? 泰親はすぐに勘付いた。同時に、誰が蟲毒を作ったのかを考えてみる。怪しい人物には、心当たりがないわけではない。だが、帝を呪詛せよ、と依頼した人物が誰なのか、見当がつかない。

「渡、盛遠」

 泰親は頼政が連れてきた郎党を呼んだ。

「なんでしょう?」

「鵺を八つ裂きにしろ」

「わかりました」

 渡と盛遠は太刀を抜き、鵺の手足、尻尾、首を切り取った。

 その後、バラバラにした鵺の死体は丸木船に乗せ、賀茂川へと流した。後になって彼らが知った話によると、死体は摂津国芦屋の浜に漂着。異形な物の怪の死体が流れてきたことで、祟りを畏れた村人たちは、塚を作って丁重に供養したのだという。


   2


 鵺が退治されて、数か月ほど経ったある日。頼政は論功行賞のため、近衛帝に呼び出された。

 冠を被り、黒い直衣を着た頼政は、うやうやしく礼をする。

「この度のはたらき、誠に大儀であった。頼政には恩賞として、これをあげよう」

 近衛帝は手を2回叩いた。

 白い紙の上に、黒い漆塗りの太刀が置かれた高坏を、忠通が持ってきて、頼政の目の前に置く。

 黒い拵の太刀を持った忠通は、

ほととぎす名をも雲居にあぐるかな

 と詠みかけた。ホトトギスの鳴き声が空高く上がるように、あなたの武名も上がりましたな、という意味だ。

(ほほう。そう来ましたかな)

 そう解釈した頼政は、

弓張り月の射るに任せて

 と詠んで、受け取った。三日月目がけて射がけたまでです、ということだ。

「貴方は噂以上にすばらしい人だ」

 忠通は笑みを浮かべながら言った。

「いえいえ。私は帝を守ったまでのことです」

「謙虚なところが、すばらしいのです」

「なんだか、照れてしまいますね」

 頼政は顔を真っ赤にしながら言った。

「そういえば……」

 近衛帝は、何か話したそうに、忠通と頼政の方を見る。

「いかがなさいましたか、帝?」

「実は、この太刀の名前を決めてませんでした」

「ほう」

「なんで、今考えました」

「どのようなお名前で?」

「『獅子王』でどうかな? 頼政の強さと、その始祖経基王への敬意をこめて」

「よいと思いますよ」

 忠通はうなずく。

「では、獅子王の太刀、ありがたく頂戴いたします」

 頼政は獅子王の太刀を腰に帯びる。

 獅子王は頼政亡き後、持ち主を転々とし、戦国時代には赤松氏の当主赤松広秀に。赤松広秀亡き後は、頼政の遠い親戚である土岐家に、そして明治時代には皇室の元へと帰ってきた。現在では東京国立博物館で見ることができる。


   3


「おのれ泰親......」

 東三条の自宅に帰った頼長は苛立っていた。

 計画では、近衛帝を呪詛し、崩御したところで重仁親王を擁立。そして重仁親王を皇位に就かせ、自分はその右腕として政の舵取りをするつもりだった。

 だが、泰親が呪詛の正体を見抜き、頼政がそれを射抜いたことで、計画は頓挫してしまった。

「仕方ない。こうなれば、帝を殺すほかあるまい。許せ」

 頼長は懐から麻紐で繋がれた宋銭を取り出してつぶやいた。

 計画は何としても成功させる。そこに帝や院、そして神が立ちふさがろうが。全ては藤原一族の悲願である、百済王朝復興のために。


   4


「頼政、よくやりました」

 簾の奥にいる斎院は、鵺を討った功績をねぎらった。

「この私にはもったいなきお言葉」

 そう言って頼政は深々と頭を下げた。腰には先日近衛帝より恩賞として賜った獅子王の太刀を帯びている。

 頼政が頭を上げたあと、稚児髷をした天台座主の式神は、

「あのような生物を作れる者は、出雲族の末裔であるあの女しかいまい」

 と言った。

「五代目の蘆屋道満か?」

 天台座主の式神や高野山大阿闍梨の式神の下に座っていた束帯姿の仮面の男は聞いた。

「そのとおり」

 天台座主の式神は泰親の方を向いて、解説を始める。

「泰親、そなたの先祖晴明に敗れ、朝廷を追放されたあの男の5代目の子孫であるな。あの女は手強いぞ。唯一五行のどれにも属さない黒龍の力の持ち主であるからな」

 泰親は、存じております、と答え、続ける。

「私も座主殿と同じことを考えておりました。虫以外の生き物であれだけの蠱毒ができるのは、我々安倍家の継承する土御門流の家元と、代々対立している道満流陰陽道の家元しかいません」

「ほう。事はさらに厄介なことになってきたようであるな……」


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佐竹健
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