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【歴史小説】第52話 保元の乱・序③─動き出した武者たち─ 『ひとへに風の前の塵に同じ・起』
1
保元の乱の前哨戦や軍議などについて語る前に、鳥羽院崩御後の京都情勢について話さなければいけない。
鳥羽院が崩御してから、京都の治安は目に見えるほど悪化した。
町の大通りには、薙刀や弓矢を持ち、鎧を纏った男たちが闊歩している。その武士たちの半分は、北面や滝口といった朝廷、その他有力貴族に仕えている武者だ。だが、問題があるのはその半分。京都の周縁部にいる食い詰めた武士、そして俗に野武士や夜盗と呼ばれる者たちだ。
彼らは京都で戦いがあると聞き、千載一遇のチャンスを求めて上洛。だが、彼らは食糧を持参しないまま来たものが多い。そのため、民家や警備の手薄な貴族の家を狙って略奪をしたり、通行人を脅して金品や食料を巻き上げたりするものが多かった。
この状況を知った信西や忠通は、都の警備を強化。淀路(水路を経由して大阪から京都へ入る道)や粟田口(滋賀県から京都に入る道の一つ)などといった、地方と京都とを結ぶ道に臨時で関所を設けた。この目的については、名目上「治安悪化を防ぐ」と言っているが、崇徳院に味方する武士たちの流入を防ぐ目的を兼ねている。
日に日に悪化する京都の治安悪化を喜ぶ者たちもいた。崇徳院と朝敵の頼長である。
「院、作戦は成功しました」
畳の上にいる崇徳院の前で、黒い束帯姿の頼長は作戦が順調に進んでいることを伝えた。
「おぉ、大儀であった。でも、なぜ、辻冠者 (チンピラのこと)や盗賊たちをこの都へ呼び寄せた? それに信西たちは、都の警備をさらに厳重にしたが、それでは味方が入れないではないか?」
崇徳院の疑問に、頼長は自信に満ちた表情で答える。
「辻冠者たちを雇ったのは、京都の治安を混乱させるためです。混乱しきって、内裏の警備が手薄になったところを我々が攻め、信西を殺して雅仁を拉致する作戦です。それと、警備の方は問題ないでしょう。検非違使たちに尋問されたときに、帝のお味方をする、と言っておけば通してくれるはずだからです」
「ほうほう」
「そして今日、内裏へは亡き公春と同じく、暗殺を生業とする男を送り込みました」
「ほう。頼長、なぜ内裏にそのような男を送り込んだ? 今の内裏はかなり警備が厳しいと為義から聞いている」
崇徳院の反論に対し、頼長は首を横に振って答える。
「いや、今回は『暗殺』が目的ではございません。偵察です」
「ふむふむ」
「高松殿の周辺がわからなければ、軍議のし様ができませぬゆえ」
「ほう。高松殿とその周辺についての情報がわかるのを楽しみにしているぞ」
「お任せください」
頼もしげな声で頼長は礼をし、崇徳院の御前を離れた。
2
義朝とその家臣の東国武士たちは、内裏高松殿の警備をしていた。
薙刀を持ちながら、大きなあくびをした広常は、
「しっかし、誰も来やしないな」
とつぶやいた。
「そりゃあ帝のおわします内裏よ。そう簡単に入られては権威もへたっくれもないだろ」
「言われてみればそうだな」
「俺たちも義康と一緒に通りの警備やりたかったな」
うらやましそうに義明がつぶやこうとしていたときに、汗だくになった大鎧姿の正清がやってきて、
「お前たち、よく聞け。庭師の格好をした怪しい者が、隣にある屋敷の松の木によじ登って、こちらを覗いている。そいつを捕えよ、と義朝から命令があった」
「わかった、今行く」
広常と義明は正清に連れられ、曲者のいる場所へと向かった。
高松殿の側にある道路。
義朝は矢を持った数十人の郎党たちと一緒に、隣家の大きな松の木の上に登っている男と対峙していた。
男は庭師の格好をしていて、腰に鞘に入った鎌と上に輪っかがあって下が尖った奇妙なものをを帯びている。
「おぉ、いいところに来た義明。早速だが、あの男を射てくれ」
「はいよ」
靫から一本矢を取り出して、義明は松の太い枝の上に立った男を射た。
男は矢をよけ、枝から飛び降り、空中できれいに回転して着地。そしてそのまま築地の屋根の上を走って逃げだした。
「すばしっこいやつめ」
「いらだっている暇はない」
探せ、と正清が言おうとしたところで、
「ちょっと待ってくれ」
一人の少年が前に出てきた。
「誰だ?」
少年はかしこまって、
「おれは伊勢生まれ伊賀育ちの伊勢義盛という者。あの男はおれに任せてください!」
と頼み込んだ。
「お前に何ができるんだ?」
「それはお楽しみです」
そう言って義盛は、太刀と脱ぎ捨てた鎧兜を隣にいた武者に預け、籠手と具足を履いた状態のまま、隣家の築地を軽々と飛び越えた。
「いったいあの曲者はどこへ行ったんだ?」
高松殿隣にある屋敷の松の木の上から、義盛は屋敷の様子を見ていた。先ほど逃がした男がどこにいるかを確かめるためだ。
だが、池や築山、松や梅などが植えられている屋敷には、走っている人はどこにも見当たらない。
(畜生、逃げやがったか)
屋敷の中にはもういないと判断した義盛は、松から地面に着地し、曲者を探す。通りには様々な階層の人たちが行き交っているので、なかなか見つからない。だが、逃げてからそれほど時間が経っていないことから、近くにいることは確かだろう。
「とりあえず、東三条殿か白河北殿の辺りに行ってみるか」
そうつぶやき、義盛は北へ向かって走ってゆく。
東三条殿前に着いた。
絶え間ない往来の中で、義盛は庭師に扮した曲者を探した。
だが、みんな同じような服装をしているため、どれが曲者なのかわからない。また、庭師以外の誰かに変装していたり、曲者自体東三条殿の中に入っていたりする可能性もある。
「ちっ、逃げたか」
義盛は曲者を追うのを諦めて高松殿へ帰ろうとしたが、途中で見覚えのある庭師に遭遇した。
(あの庭師だ。間違いない)
義盛は庭師の行方を追う。相手に勘付かれないように、そして見失うことのないくらいの微妙な距離を保ちながら。
庭師は東三条殿の門前に立った。守衛と何か話している。
庭師は薙刀を持った守衛たちの前で立ち止まり、要件を伝えようとしていた。
「やっぱりあいつだったか!」
忍び足で近づいた義盛は懐から小さな苦無を3個ほど取り出し、それを庭師に扮した曲者と守衛の脳天めがけて投げつけた。
残りの二つは見事守衛の頭に命中した。
守衛たちは血を流しながら門の前で倒れる。
曲者は飛んできた飛び苦無をよけて、
「何者だ?」
と後ろを振り向いて聞いた。懐から苦無を取り出し、それをちらりと見せつける。
だが義盛は曲者の脅しに屈せず、目の前に出て、にやり、と笑いながら逃げ出した。
「おい、待て」
曲者は苦無をしまい、逃げる義盛を追いかける。
4
夏草が生い茂る鴨川の河原辺りに来たとき、義盛は懐から苦無を取り出した。
曲者は楽しそうな表情で、
「ほう。どうやら俺たちの仲間であるようだな。だから人目の少ない鴨川の河原へ来たわけか。いい判断だ」
懐から苦無を取り出した。
「同じ職業の仲間に会えて、うれしいよ。本来であれば、ここで話でも、といきたいのだが、お前が俺の頭に飛苦無を投げたことで、逃げ損ねた。だから、この場でお前を殺すことにした」
両手に持った苦無で、曲者は義盛の両腕を切りつける。
「危ない」
曲者からの攻撃を苦無で受け止める義盛。
苦無の先端を義盛の腹に向け、曲者は突き刺そうとする。
義盛は曲者の突きをひらりとよけ、曲者の関節を外した。
「おのれ、小童が!」
痛そうに関節が外れた腕をかばう曲者は、義盛の顔をめがけて蹴りつけた。
第一撃はしっかり避けることができた。だが、第二撃が義盛の腹部を直撃。義盛は吐き気と格闘しながらよろめく。
「さっきの勢いはどこへ行ったんだ、おい」
曲者は義盛に反撃する隙を一切与えることなく打撃を入れる。
(さて、どうする)
吐き気と連続して与えられる痛みに耐えながら、義盛は曲者に勝つ方法を探した。
このままでは川沿いまで追いつめられて、逃げ場を封じられてしまう。その前にどうにかして形勢を逆転しないといけない。
頭を回転させて、勝つ方法を考える。
薬を使って曲者に勝とうとも考えたが、今日は持ってきていないので、それはできない。
攻撃を受けているとき、捨てられていた死体が目に入った。死体はそれほど損傷していないので、まだ捨てられたばかりなのだろう。
死体に目を取られているときに、義盛は水月を蹴られ、3メートルほど吹き飛んだ。
曲者はよろめく義盛を思いっきり投げ飛ばし、
「さて、お前はここでおしまいだ。敵同士でなかったら、楽しく酒でも飲み交わしてたのにな。哀れだぜ」
気絶した義盛に、苦無でとどめを刺そうとする。
「そのときを待っていた」
義盛は首に向かって、思いっきり持っていた苦無を投げた。
投げた苦無は見事曲者の喉仏に命中。傷口からは血がどっとあふれ出し、鴨川の浅瀬を真っ赤に染め上げる。
5
高松殿に曲者が現れて騒ぎになっていたのと同じころ。清盛の次男平基盛は、宇治へと向かう街道を守っていた。
街道を遮るように置かれた逆茂木(木の枝の先端を尖らせた木)、そして木の板や竹の束で作られた楯。その後ろには鎧を着た検非違使の役人たちが、真顔で侵入者が来るのを待っている。
腹巻と小手、具足をつけた30人ほどの武者の集団が、基盛のたちの方へ向かってくるのを見つけた。
「もし、そこの者たち、いずこへ向かう」
基盛は、立派な鎧を着た武者の隊長と思しき人物に声をかけた。
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