【歴史小説】第9話 海賊退治②─手柄─(『ひとへに風の前の塵に同じ・起』)
1
早朝。
目を覚ました清盛は、船の甲板へと出た。
真っ赤に染まった空と優しい光を放つ朝日、際限なく広がる海が目の前に広がっている。
その中を、飛び始めたばかりのカモメ2、3羽が鳴きながら橙色の空と青い海の境目を翔る。
「まだ、こんな時間か。早起きし過ぎたかな。また寝よ」
清盛は船の中へ戻ろうとしたときに、
「もう行くのか?」
誰かに声をかけられた。
こんな朝早くに誰が声をかけたのだろう? 不思議に思いながら振り返る。
声の主は、父忠盛だった。
「ちょっと、話がある」
「話とは?」
清盛は聞いた。
「忠正の言う通り、お前は武士には向いていない。いっそ、坊主にでもなって、政治に関わっていた方が良いのではないかと思ってな」
「同じこと考えてたけど、やっぱり考え直したら、俗人の方がいいかな、と思って」
「ならば、お前に条件を出そう」
「条件?」
「一つは、雑魚の首を5個挙げること。二つ目は、5人を生け捕りにすることだ」
忠盛から出された条件を聞いた清盛は、無理だと思った。雑魚の首と生け捕りは、一人か二人なら頑張れば何とかできるかもしれない。だが、5人ともなれば、戦慣れしていない自分にとっては、かなり厳しいだろう。
「やるのか? それとも、このまま京へ帰って、出家して僧にでもなるか?」
忠盛は問い詰める。
清盛は不安だった。
戦いに参加すると、自分の弱さが露呈する。しなければしないで、一門の誰かから指摘される。海賊と戦って名誉の戦死を遂げるか、一生「臆病者」として罵られ、後世にまでその伝説を残すか。どちらも嫌だ。だけど、一生笑われ続けるくらいなら、潔く玉砕して、海の藻屑となった方がいい。
「や、やるよ。」
清盛は決断した。
忠盛はうなずいて、
「それでいい」
微笑を浮かべて言った。
2
この日も、平家一門は瀬戸内海の海賊たちと熾烈な争いを繰り広げた。
忠盛は指揮に周り、忠正や家盛が雑魚を討ち取ったり、生け捕ったりする。ここまでは昨日とは変わらない。
昨日と違うところは、清盛が参戦したことだった。
「若、いつものように物陰で震えていないのか?」
戦闘中、盛国は清盛に声をかける。
「おう」
「無理するなよ」
と盛国が言おうとしたところ、雑魚が二人がかりで、
「どこの侍大将の首かは知らないが、その首貰った!」
刀を大上段に構え、奇声を発しながら清盛と盛国に襲い掛かる。
「人の会話を邪魔するな!」
盛国は襲い掛かった雑魚一人の右腕を狙って蹴りつけ、刀を落とした。
「痛っ」
雑魚は真っ赤に腫れた右手を抑える。
「無理すんなよ」
「おう。頑張る」
「もう片方の雑魚は若の手柄ってことにしとくよ。殿には内緒でな」
「わかった」
海賊の雑魚に刀の切っ先を向け、清盛は平晴眼に構える。
「せめて、立派な鎧を着たそこのチビ一人でも・・・・・・」
雑魚は猿のように甲高い声を挙げて、清盛の首を目がけて突撃してきた。
「ひぇーっ!」
清盛は情けない悲鳴を上げて、雑魚海賊の一撃を受け止めた。
「俺の一撃を受け止めるなんて、百年早いんだよ。仮に俺が死んでも、山王丸と海王丸の親分が仇を取ってくれる」
雑魚海賊はそう叫び、清盛の間合いへと踏み込んでゆく。
(ヤバい、俺、死ぬかも)
清盛は死を覚悟した。雑魚の剣速でさえも、かなり速く感じたからだ。
同時に、海賊退治へ行かないか? と忠盛が誘う前に家貞とやっていた弓矢の稽古のことを思い出した。
「そうだ、〈落ち着く〉んだ」
数歩引き、雑魚海賊の太刀筋をかわしながら、清盛は攻撃パターンを観察する。
「やっぱり、所詮は武芸の手ほどきも受けていない素人。なんかいける気がしてきた」
謎のやる気が、心の奥から湧き出てくる。
「よけんじゃねぇ!」
雑魚海賊は、清盛の頭に向かって大上段に斬りかかる。
「ごちゃごちゃうるさい! これでも喰らえ!」
清盛は手を狙って斬りかかった。
持っていた刀を落とし、雑魚海賊は傷口を手で抑える。
「や、やめてくれ、こ、降参だ!」
身に着けていた鎧を脱ぎ、太刀を自分の横に置いて、雑魚海賊は降参しようとする。
「下衆の考えるようなことなんて、お見通しだ!」
清盛は頭を目がけて斬りかかった。
先ほどまで降参アピールをしていた雑魚海賊は、斬られた頭から赤い血を流し、倒れた。
「やった」
この日、清盛は初めて人を殺した。
3
夜。西国の砂浜。
今日も平家の一門は、浜辺で火を焚きながら、海で釣れた魚を焼き、それをつまみ代わりにしていた。
「あの清盛がついに雑魚一人を倒したんだって? お前にしちゃやるじゃんか」
維綱は雑魚一人を倒した清盛を褒めたたえた。
「兄さんおめでとうございます」
隣にいた家盛は、からかうような口調で、清盛の耳元でささやいた。
「いや、ここまで褒められると、照れちゃうな。でも、その気になれば、俺だって海賊の頭とだって戦えるんだぜ!」
清盛は顔を真っ赤にしながら、頭を掻く。
「小僧、人一人、ましてや海賊の雑魚を殺したからって、いい気になるなよ」
忠正は怒気の籠った声で言い放ち、焼けた魚を頬張る。
「忠正殿、いくら若が気に入らないとはいえ、このような言い方はないでしょう?」
盛国は忠正に反論する。
「一人殺しただけで何なんだ? 賊は殺しても増えるばかりだぞ。一人殺しても、手柄なんて無いに等しい」
「それでも、いつも逃げてばかりの殿が頑張ったのですぞ!」
「それが何なんだ! たかが、一人殺しただけだぞ。武士として生きていく限り、人殺しなんて何十回何百回だってする」
「殿が白河院のご落胤だからって、そんな差別許されると思ってるのか!」
頑張った同世代の友人をバカにされ、怒りに燃えていた盛国がそう叫ぼうとしたときに、争いを傍観していた忠盛は、
「退け!」
と叫んだ。
その瞬間、矢の雨が、湿っていて柔らかい砂地に刺さる。
「ケガはないか?」
忠盛は周りを見渡す。
清盛、忠正、盛国、維綱は無事かかすり傷程度だった。
だが、重傷者がいた。家盛だ。
右肩に矢が刺さり、下に着ていた鎧直垂は血で赤黒く変色している。
「大丈夫か、家盛」
清盛は聞く。
修羅場がこれから始まろうとする中でも、忠盛は落ち着き払った声で、
「海の向こう側を見てみろ」
海の方角を指さした。
一同海の向こう側を見てみる。
そこには、甲板にかがり火を焚いた、何隻もの木造船が集まっていた。聞こえる声からして、人もたくさんいる。
真ん中の海賊船には、スキンヘッドで無精ひげをたくわえた、色黒で肩幅の広い男と、バイキングのような長髪と長いひげをした男がいた。
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