【歴史小説】第64話 祭りのあと①─謎─『ひとへに風の前の塵に同じ・起』
1
「舎人よ、どういう了見だ?」
突然やってきた舎人に、泰親はどのような旨での呼び出しかについて聞いた。
「官軍が勝ちました」
舎人の口から発せられた知らせは、喜ばしいものだった。
「やったぞ!」
「やりましたな」
喜ぶ泰親と俊成。
大炊殿に火がかけられたこと、忠正や為義がつかまったことにより、全軍の士気が落ちてしまった。決定打は、崇徳院の逃亡、そこに事実上の総帥頼長の死がたたみかかったことで、撤退を余儀なくされた。
清盛と義朝が集まったあと、後白河帝と信西が表に出た。
「皆々の者、大儀であった。まだ空が白まないうちから御所の警護をし、作戦を立て、新院と国賊藤原頼長のいる」
礼をして信西が武者たちの活躍を称えたあと、後白河帝が目の前に立って、
「皆々よく頑張った」
と言い残し、足早に武者と公卿たちのいる前を出て行こうとした。
「帝、もう少しまともな辞を述べられないのか!」
憤る信西。
徹夜明けとは思えないほど涼やかな表情で、後白河帝は、
「皆々も朝早くまで起きて辛かろう。私は眠いので早く話を終わらせたい。それだけだ」
と大きなあくびを一つして逃げた。
「それでは、この国の最高権力者としての面目が立ちません」
「周りを見てみろ」
後白河帝に言われた信西は、周りの貴族や武者たちの様子を見渡してみた。
目を充血させていたり、眠らないように目をこすったりしながら眠気に耐えている者たちが大勢いる。もちろん階級の貴賎関係ない。清盛や時忠に至っては、大きないびきを出しながら眠っているではないか。
「そうですね。今日はここら辺で、終わりにしましょう」
慌てて信西は、集会を取りやめ、期日を改めてやることにした。
2
後白河帝の軍勢が勝利した保元の乱。これでめでたしめでたし、といきたいところだが、2つの謎を残した。
為朝と第5代葦屋道満が消えたこと、そして逃亡した源為朝と崇徳院の行方だ。
まずは、為朝のことについて語らねばなるまい。
義朝に殺されかけたとき、為朝は突如現れた黒い水干を着た童子と一緒に消えた。
その為朝の行方を捜すべく、信西は手の空いている検非違使や北面、滝口らを召集して、捜索に当たらせた。範囲は京都とその周辺。だが、手がかりは1つもつかめることなく、終わってしまった。
このことを承け、信西は、
「捜索範囲を都から畿内全体に広げる」
と提案した。だが、「予算が足りない」、「為朝を相手にするのは兵力の無駄」という理由で反対する者が多かったので、取りやめになった。
このことに納得いかなかった信西は、後白河帝のもとへ直訴しに、彼の部屋へと向かった。
(あの男を野放しにはしておけん)
為朝は九州全土を制圧しようとした前科がある。あの男を生かしておけば、いずれは天下国家に害をなすであろう。そうなる前に、為朝討伐の宣旨を出しておかなければいけない。ことが起こってからでは遅いのだ。
後白河帝のいる部屋へと向かおうとしたとき、
「これは信西殿。どちらへ向かわれるのですか?」
出会い頭に、黒い束帯姿の男が声をかけてきた。顔には天狗のお面をつけていて、左の腕がない。
「お前こそ、何用で帝の御前へと参るおつもりか?」
「私は、為朝の件について、帝に直訴しに来たところです」
「そうか。もうその話ならばついています」
そう言って天狗のお面を被った隻腕の男は部屋を出た。
信西が直訴へ向かう前、賀茂神社の斎院。
御簾で顔を隠された斎王を上座に、泰親、頼政、俊成といった順で座っている。下座にいる元服したての、あどけなさを残した少年は、鎌田政近だ。
「それは本当なのでしょうか?」
「はい。為朝が消えました。殿が為朝の首を跳ねようとしたときに、2人の黒い童子が現れて消えてしまいました」
御簾の奥にいる斎王は、落ち着き払った声で聞く。
「なるほど。正清殿に聞きますが、為朝が消えたときにいた童子は、片方が能力を使ったのか、それとも同時に使った感じですか?」
「片方は金剛石のような壁を作り、為朝を守りました。そしてもう1人が為朝と金剛石の壁を作った童子に触れて、消えました」
「ほうほう。頼政、そなたも見たそうですね。黒い水干を着た童子を」
「はい。首だけになった道満と一緒に消えたのも、二人組の童子でした。片方は瞬間移動をする異能者ではありましたが、もう一人は高速で動き回る異能を持っているようです」
「あちら側も異能者たちを集めているようですね。そこで亡き白河院のご落胤の肉体に封印された平将門、都の郊外の酒呑童子、伊吹山の八岐大蛇が復活されてはたまったものではありません」
心配そうな声で、斎王はつぶやく。
(平将門?)
この名前を聞いたとき、泰親は俊成と碁を打っているときに感じた邪悪な気配を思い出した。
あのとき感じた気配は、今まで請け負っているお祓いで払う魑魅魍魎たちよりも強い邪気。逃げた九尾の狐や道満の半妖体並みにか、それ以上はある。このことは報告しなければ。そう感じた泰親は、
「実は、戦闘が起きた時、邪悪な気配を感じました」
斎王に報告した。
「とうとう長い眠りから覚めたようですね。いや、もうすでに覚めているか。弥勒菩薩があと数年生まれるのが早ければ、どれだけ心強いか……」
残念そうな表情で、斎王は言った。
「為朝の話に戻りますが……」
正清は話題を振り出しに戻す。
「どうしましたか、正清殿?」
「葦屋道満と為朝のいる場所はご存じないですか?」
「道満がいる場所は、私もよくわかりません。ですが、今為朝がいる場所ならば、先ほど式子から聞きました。知りたいですか?」
「ええ」
斎王は手を叩いた。
側にいた巫女は懐から2通の書状を取り出し、三方に置き、正清に手渡した。
「ありがとうございます」
2通の書状を受け取る正清。
「この2枚の書状には、為朝が現れる場所が書かれています。同じものを帝にも渡すように」
「わかりました」
「最後に言っておきますが、為朝は生け捕りにするように。これから、こちらにも異能の者たちが必要になります。源氏の血を引く弥勒菩薩が生まれ、ここへ導かれるその日のために」
賀茂神社を出て、書状を後白河帝に渡した後、正清は斎王から頂いた書状を読んだ。
「随分近くにいるのだな」
意外にも為朝が近くにいることに、正清は驚いた。
灯台下暗しということを狙ってのことなのだろうか? 東北や関東、九州といった遠隔地ではなく、畿内からそう離れていない場所に、為朝が現れることになっていたからだ。
3
一方、崇徳院は京都の外れにある山中を彷徨っていた。
生い茂る木々に整備されていない路を、十数人の武者たちに守られながら、金の菊紋が押された漆塗りの牛車で駆け抜ける。
その車へ向かって、刃こぼれのひどい刀や薙刀を持って、
「牛車を守るお侍さんよ、金目のもん置いてけ」
と脅してきた。
「貴様ごときに置いていくものはない。突っ切れ!」
家弘の指揮で、武者たちは略奪しようとする盗賊に向かって、突進した。
盗賊の群れを突っ切り、しばらく離れたところで、窓から崇徳院が顔を覗かせた。
頬がこけた顔、乱れた長い茶色の髪、目の下にある青紫色の隈が逃亡の壮絶さを物語っている。
「いかがなさいましたか、院?」
家弘は聞いた。
崇徳院は、
「私はここで降りたい」
と言い出した。
「絶対になりませぬ」
制止する家弘。
「ここまで私を守ってくれたお前たちを助けたい。いつも誰かに助けてもらってばかりで、自分は何一つお前たちのためになることをしてやれなかった。この私が不徳なばかりに」
「院、よくお考え下さいませ。もし捕まってしまえば、再び陽の光を浴びる機会すらもなくなります。だから、私たちと一緒に、地獄の果てまで逃げましょう」
「もう私には陽の光など、当たる機会はもうない。それならば、せめてお前たちだけでも助けて、首を刎ねられて死んだほうがいい」
全てを悟りきったような表情で、崇徳院は言った。
「諦めてはいけません。生きている限りは、いつか陽の目を浴びることができる日が、きっと来ます」
「私は全てを失った。住む場所も、家族も、味方も……。そんな私に、何ができるというのだ?」
牛車の中で、うつむきながら崇徳院は泣き出した。
泣いている崇徳院を窓の簾越しに見ていた家弘は、切ない気持ちになった。
父である鳥羽院が生きていたときから、祖父の息子という理由だけで嫌われ、憎い父が亡くなれば一部の家臣に嫌われる。そしてその状況を覆すべく、戦いを挑んだが、負けてしまった。そして今では朝敵で追われの身。辛い境遇もよくわかる。だが、今は逃げているところ。弱気になっている崇徳院の元気を取り戻さねばならない。
「そんなことはありません。皇嘉門院さま、重仁殿下も生きているではありませんか。そして、院がいます。味方なら私と息子の光弘たちがいるではないですか。失ったものばかり数えないでください。そっと目を閉じて、考えてみてください」
「今あるもの、か──」
指を折って、崇徳院は考えた。
妻の聖子、一人息子の重仁親王、弟の覚性法親王、友の一人である西行、目の前にいる家弘、今戦っている光弘、そして自分。
「なんだ、まだいたじゃないか」
そう言って崇徳院は泣き叫んだ。
「そうです。最後まで──」
希望を信じていきましょう、と言おうとしたときに、
「新院の牛車だ!」
「この中にいる新院を捕まえれば、恩賞がたくさんもらえる!」
前から落ち武者狩りの者たちが襲い掛かってきた。
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