【歴史小説】第43話 大蔵合戦②─禍根─ 『ひとへに風の前の塵に同じ・起』
1
広常と義明が鎌倉を目指していたころ。六条堀川にある義朝の屋敷では、主人の義朝、そして正清の二人は、蔵にあった武器の手入れをしていた。
「今ごろ広常と義明はしっかり帰っているだろうか」
刀に打ち粉をまぶしながら、義朝は帰省した家臣二人の心配をこぼした。
「広常と義明……」
2人の名前を聞いたとき、弓の手入れをしていた正清ははっとした。あの2人、もしかしたら、本気で義賢を討ち取りに行ったのかもしれない。
「どうした、正清」
「あいつらこの前、武蔵の義賢を討ち取りに行くとかなんとか言ってたぞ。それも、俺たちを集めて会議まで開いて」
衝撃の真実を聞いた義朝は、目を見開いて、
「本当か?」
と聞いた。
「ああ」
「あいつら、何度も俺に棟梁になれと勧めてきていたが、とうとう強行手段に出るとはな。見過ごせん。正清、みんなを集めてきてくれ。東国にいるバカ2人を止めに行く」
「わかった」
正清は弓の手入れを終えた後、義朝の郎党たちに召集をかけにゆく。
2
久寿2(1155)年8月14日早朝。義平を総大将とした軍勢数百は、鎌倉の亀谷の屋敷を発った。まだ太陽の光が見えず、肌寒い闇の中を馬に乗りながら駆けてゆく。
鎌倉から大蔵にある義賢の屋敷までは、かなりの距離があるので、多摩川を超えて日野の辺りで野営をし、次の朝にまた進む。
そして16日夜。義平の軍勢は比企郡大蔵にある義賢の屋敷へ攻め込んだ。
あまりに突然の出来事に、義賢の軍勢は甲冑や籠手をつけないまま刀を抜いたり、屋敷の倉庫にあった武器で応戦したりする。だが、無惨にも流れ矢や投石に当たって倒れていく義賢の軍勢。完全武装をした軍団には多勢に無勢だ。
「薙刀、長巻隊前へ!」
飛び道具や投石をしてくる兵士たちを片付けた義平は、薙刀や長巻を持った武者たちに指示を出した。
「行くぜ!」
薙刀を大上段に構えた広常たちは、藁を薙ぐように人を斬ってゆく。
1時間もしないうちに、門前の兵士たちを戦闘不能にした義平は、突撃を指示した。
大きな丸太を持った兵士たちが、掛け声を上げながら、扉を破壊しようとする。
圧倒的な兵力差のおかげで、門は簡単に突破できた。
屋敷の敷地内には、甲冑を身にまとった兵士と、豪華な大鎧を着た義賢、そして籠手と具足だけを着けた中年男が立っていた。
中年男の名は、秩父重隆(ちちぶしげたか)。今の埼玉県西部にある秩父地方を拠点としている坂東平氏の武士だ。義朝に与している足利義康や新田義重らとは、利根川を挟んで対立しているため、比企にいる義賢と共闘目的で姻戚関係を結んでいる。
「進め!」
勢いに乗った義平は、指示を出した。
松明に照らされ、赤みがかった輝きを放つ薙刀や太刀をきらめかせ、兵士たちは突撃する。
「屋敷の中に誰一人入れるな!」
義賢は命令した。
家屋の前では、刃をきらめかせた白兵戦が繰り広げられる。
(なんだ、とんだ豪傑かと思っていたら、ただのチビじゃないか。ここで義朝の嫡男を討ち取れば、殿も私のことをお認めになるだろう)
重隆は名乗りを上げ、太刀を構えて義平目がけて突撃する。
「バカめ」
突撃してくる重隆に狙いを定め、義明は矢を放った。
矢は重隆の脳天を打ち抜き、大きな血しぶきを上げて倒れた。
「舅殿!」
義父を討たれ、動揺する義賢。だが、こうしているうちに、屋敷の中にいる女子供たちが囚われてしまう。立ち直らなくては。
「我が舅殿をよくもやってくれたな」
怒りで自身を奮い立たせた義賢は、名乗りを挙げたあと、背中に背負っていた大太刀鬼切丸を抜き、
「お前は俺の甥でもあるから、特別に鬼切丸の錆にしてやる。光栄に思え」
大上段に構え、義平に斬りかかった。
「長すぎる」
義平は義賢の一撃を避けた。
鬼切丸の刃は地面に食い込む。
それを待っていたかのように、義平は大太刀の側面へ太刀を叩きつけた。
甲高く、大きな金属音をたてながら、鬼切丸は真っ二つに割れる。
「おのれ、源氏重代の太刀をよくもこのような姿に……」
「刀が側面からの攻撃に弱いのは、お前でも知ってるだろう? それに、お前はこの太刀を使いまわせなかった。つまりは、嫡男失格ということだ」
「なんだと!」
折れた鬼切丸で、義賢は鎧の守りが薄い帯や籠手の裏を執拗に狙って斬り続ける。
義平は義賢の一撃をかわしたり、受け止めたりを続けて、胴を斬りつけた。
熱を帯びた真っ赤な血が、どっと噴き出したあとに、義賢は倒れた。
倒れた義賢の首を義平は刀で斬り、
「敵将源義賢、討ち取ったり!」
と叫んだ。
こうして、義平の叔父義賢、そして重隆は討ち取られ、敗北を知った兵士たちは散り散りになった。
朝の光にさらされた荒れ屋敷に、義平や広常、義明たちの勝鬨が響き渡る。
3
「しっかし、あいつら大したことなかったな」
「しかも、若に刀を折られて首になったとは、なんとも情けない」
大笑いしながら、屋敷の門をくぐる広常と義明、そして総大将の義平と数百人の兵士たち。
これから屋敷に戻り、戦ってくれた郎党たちに、ねぎらいの言葉をかけようと思った義平は、草鞋を脱いで母屋に上がろうとしたが、
「なぜ父上が⁉ それに正清や常胤、景親まで……」
屋敷の中には、義朝と正清、常胤、景親らの姿があった。そこにいる東国の荒武者たちの表情は、どこか険しい。
義朝は母屋から降りて、
「大馬鹿野郎!」
息子の頬を思いっきり叩いた。
義平の頬は青紫色に腫れあがる。
「いきなり殴ることはないだろう! 俺は父上が喜んでくれると思ってやったんだ」
「貴様それでもこの義朝の嫡男か」
「義平がお前のために必死で頑張ってくれたんだ。褒めてあげてもいいじゃないかよ」
鬼の形相で長男を睨みつける義朝をなだめる義明。
「お前たちもお前たちだ。俺がいない隙に変なことを企んだ挙句、まだ14歳の小童に余計なことを吹き込みやがって」
「いや、俺たちは義朝のことを思って義平と一緒にやったわけで」
「言い訳はいい。義平」
再び義朝は義平の方を向いて、
「お前は今日から源家の嫡男は辞めてもらう」
突然の廃嫡宣言を口にした。
「何で?」
いきなり言われたことに戸惑う義平。
「そんなの自分で考えろ」
「えぇ」
突然の廃嫡宣言に落ち込む義平。
義朝は正清と景親、常胤に、
「義平と広常、義明を縛れ。そして首と鬼切丸は返す」
と命じて、3人を縛り付けた。
「わかった」
この後合戦の首謀者3人は義朝の監視下に置かれることに。
そして源家の嫡男の座は、義平から熱田神宮の社家に親族がいる母を持ち、京都に来たときに生まれた三男鬼武者に変わった。
折られた鬼切丸と塩漬けにされた義賢の首品は、正清を通じて為義の元へと届けられた。折られた鬼切丸は、以前のような大太刀としてではなく、二振りの太刀として打ち直して。
「おう正清じゃないか、どうした?」
懐かしそうに為義は、かつての家臣の息子を出迎えた。
正清は地面に正座し、後ろに控えさせていた下人に、2本の鬼切丸と義賢の首が入った桶を持って来させた。そして、
「うちの若が、このようなことをしてしまい、誠に申し訳ございませんでした。鬼切丸の方は、このとおり、そして、ご嫡男の首品もお返しいたします。ねんごろに供養をしてあげてください」
強く地面に頭を叩きつけた。
差し出された首桶を開ける為義。
桶の中には、塩に漬けられた義賢の首があった。
「義賢、こんな姿になって……」
目の前に置かれた、義賢の首と対面した為義は、むせび泣いた。大切にしていた我が子が、生首になって帰って来ようとは。夢であってくれ、と何度も自分に言い聞かせた。が、首の感触は、人が死んでただの肉の塊となったときの冷たいそれである。
「正清」
涙を流しながら、為義は正清を強く睨みつけて言った。
「義朝のバカに、よく伝えておけ。お前はこの勘当した父が絶対に殺す。産んだものの責を取るために、愛する息子の仇を討つために、とな」
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