見出し画像

青い鳥(小説:25)

公園のベンチに腰掛けお気に入りの本を読む。こぢんまりとしたその公園は遊具が2つ3つあるだけで、子供たちが進んで遊びに来るような公園ではない。

だからなのかあちらこちらに草が生い茂げ、鳥の鳴き声もよく聞こえる。この静かな時間が流れる公園が好きだ。

本を読むのを辞め、一度公園を見渡す。足元を見るとそこには、自分の体の何倍もの大きさの蝶々を必死に運ぶ蟻がいた。

サイズの割にはそこまで重くはないのだろうが、如何せん、運びにくそうだ。それに、巣まで持ち帰れたとしても巣の中には入れることができないだろう。

さて、蟻はどうするのかと気になるところではあるが、そろそろ戻らなければならない。邪魔しないように蟻をそっと跨ぎ、公園を後にした。


公園の木に鳥が一匹。地面を這う蝶々を狙っている。

しかし、近くには人間がいるから迂闊に近づけない、鳴いて威嚇してみるが効果はない。

しかしチャンスはあるはずだ、いつかこの公園を出ていくはずだ。その時を今か今かと待つ。しばらく待つと人間が立ち上がり、公園を後にした。

そして別の人間が近くにいないことを確認すると、蝶々に向かって一直線。見事獲物をゲットしてその場からさっさと立ち去った。


鳥が木に留まっていた。私はベッドから上半身を起こし、引き出しの双眼鏡を手に取った。

すごくきれいな青い鳥。どこから来たのか、どうしてこんなところにいるのだろう。そう思い、双眼鏡で鳥をじっくり観察していたが、しばらくすると飛んで行ってしまった。

もう少し見ていたかったなという思いとともに、双眼鏡を引き出しにしまった。そしてまたベッドに横たわる。

また来てくれないかな。そんな願いからかその日から私はよく外を見るようになった。


その日は小学校へ行く前に親と喧嘩したからまだ帰りたくなかった。帰り道を少し遠回りして、小さな公園に寄った。

そこのベンチで不貞腐れながら座っていると、木の上から何やらひらひらと落ちてきた。きれいな青い羽根だった。

あまりにもきれいだったので、僕はそれを拾いしばらく見惚れていた。その羽根を大事にクリアファイルにしまうと「いいことありますように」と念じ公園を出た。

その日以来、僕は帰り道に公園を通るようになった。けれど目新しいものが落ちているわけでもなく、いつも大事に持ち歩いていたあの羽根も公園でなくしてしまった。

それでもなんとなく帰り道に公園を通り続けた。そして気づいたことがある、いつも高い塀の向こうの建物の窓から外を眺めている子がいる。

僕と同じくらいだけど、何をしているのだろう。

-十数年後-

昼前、夜勤が終わり、やっと病院を出た。一刻も早く帰って寝たかった。病院の裏路地を早歩きで進む。そんな時に声をかけられた。

「あの、すみません。もう数年前の話になるんですが、あそこの部屋にいた小学生くらいの女の子は治ったんですか?」男はある病院の一室を指さしていた。

「あぁ、お知り合いの方ですか?すみませんが、お答えすることはできなくて」「まぁそうですよね。すみません時間取らせてしまって」というと男は行ってしまった。

答えはしなかったが、もちろんその子のことは覚えている。長期入院していた小さい子は珍しかったし、いつもあの窓から外を眺めているのを公園から度々見ていたからだ。それに今も定期的に病院に検査しに来ている。

彼女は脳の病気で小さい頃の記憶はほとんどないが、そんなことを感じさせないくらい明るい人で、元気に過ごしている。

彼女は元気だ。心の中ではそう答えて、また歩き出した。


病院を囲う塀の上に猫が一匹。この路地は人通りが少ないし、この高い塀に登れば人間にちょっかいをかけられず、ゆっくりできるからお気に入りの場所だ。

今日もそこでゆっくりしていると、人間が何やら話している。何をしているのかと目を向けた瞬間、男がいきなりこちらに指を向けてきた。

突然のことにびっくりし、足を踏み外し病院側へ落ちてしまった。

よく塀には登るが病院側に降りたことは一回もなかった。見慣れない場所は怖い、早く病院を出よう。


車の下に猫がいる。何やら怯えているようだ。「おいで」となるべく優しく声をかけるが、猫はビクッと体を震わせ、コンクリートに爪を掻き立てながら走り、植え込みに入って行ってしまった。

しゃがみこんで植え込みを覗いてみるが、もう猫がいる気配はなかった。心配だなと思いつつも、してやれることはなく、立ち上がろうとしたときに、植え込みの奥の方にきらりと光るものを見つけた。

なんだろうと思い、目一杯腕を伸ばして取った。黒いジッパー付きのポリ袋だった。汚れ払いとりあえず匂いを嗅いでみるが特に匂いはしない。

恐る恐る開けてみるとまた同じポリ袋。そんなに大事なものが入っているのかと思いながら、さらにポリ袋を開くと「あ、これ」思わず声が出た。


今日は妻のいつも以上にニヤニヤしてる。「検査の結果が良かったのかい」と尋ねると、「そうじゃないの、今日病院でいいものを見つけたの」とのことだった。

何を見つけたのかと聞くと黒いジッパー付きのポリ袋を「開けてみて」と差し出してきた。「なにこれ」と顔をしかめながら、随分と年季の入ったポリ袋を開く。

そこにはきれいな青い羽根が入っていた。

「あ、これ、なんで?」

「なんでって言われても、病院の埋め込みに落ちていたのよ、私ね小さい頃病院からきれいな青い鳥を見たことがあるの。もう一度その鳥を見たくてずっと窓から外を見ていたんだけど、結局見ることはできなくてね。でもそのもう一度あの鳥を見たいっていう思いのおかげで手術も頑張れたのよ。この羽根もその鳥みたいにすごくきれいでなんだか思い出しちゃった」

「そっかそうだったんだ、よかった」「なに?泣きそうな顔して」「いや、なんでもないんだ。そうだ、ちょうど余ってる額縁があるから、それに入れて飾ろうか」

「いいわね!」と言うと妻は早速作業に取り掛かる。「この壁にかけましょ、あなたちょっと高いけどかけられる?」

僕は額縁を受け取ると「いいことありますように」と念じ、壁にかけた。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?