レバーペースト
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YouTubeに朗読をアップしました。
https://youtu.be/AYqXFJ-PO_E
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お母さんのレバーペーストが大好きだった。
素材の甘味となめらかな口当たり。
「裏ごしと飴色玉ねぎがポイントよ」
と、お母さんはいたずらっぽい笑顔でよく言っていた。
元々は父親が好きだからと言う理由で
作り始めたレバーペーストだったが、
それがいつしか私の大好物となり、
それからは私のために作ってくれていた。
よく笑う優しいお母さんだった。
お母さんは料理が好きで、
倉庫にある棚や冷凍庫には
いろんな国の食材がストックしてあった。
フレンチの料理人を目指していた事もあったけど、
結婚を機にやめてしまったと言っていた。
お母さんが癌で亡くなって1週間。
まだ書類上の処理が終わらず、感傷に浸る暇もない。
でもこの忙しさに、かえって助けられている。
何もしない時間を与えられたら、
一日中泣いて暮らしているかもしれない。
私はお母さんと二人暮らしだった。
5年前、私が16歳の時に父親が失踪した。
お母さんは何も言わなかったが、
親戚や近所の人から当時の私にも
父が浮気をしていた事は耳に入ってきていた。
人の不幸を楽しそうに話す人たち。
私は人間不信に陥っていた。
信頼できるのはお母さんだけ。
父親が失踪してからは特に、
お母さんが私の全てだった。
父親がいなくなってもお母さんは
いつも通りのよく笑う優しいお母さんだった。
だから私も表情ひとつ変えず
元からいなかったものとして振る舞った。
実際、夜遅くに帰宅して朝早く出かけていたので、
父親の顔すら思い出せないほどだった。
そういえば倉庫の食材ってどんなものが残ってるんだろう。
私は思い立って倉庫に行った。
棚には見たこともないような缶詰や
何語なのかもわからないパッケージの箱が
ぎっしりと詰まっていた。
でも賞味期限が過ぎたものは見当たらない。
うまく使い回していたんだな。
お母さんらしい。
冷凍庫の中には鹿肉や鴨肉、
ワニ肉など普通の家庭では使わないような
変わった肉が種類別に収まっていた。
冷凍庫の底に、青いビニールに包まれた肉を見つけた。
ムネ、ホホ、シシ、モツ、ハツ
などとマジックで書かれていた。
おそらく、鶏ムネ肉、豚の頬肉、猪肉、
そしてサイズからみて、
牛のホルモンと心臓といったところだろうか。
そういえば昔、
お母さんが一度だけレバーペーストを失敗したことがあった。
真っ黒に焦がしてしまったのだ。
失敗するなんてめずらしいね
と私が言うと、お母さんはニッコリ笑って
こんなの食べたら病気になっちゃうね
と言ってゴミ箱に捨ててた。
ムネ肉の袋を開けながら、そんなことを思い出していると、
カランと何かが袋から落ちた。
それはネクタイピンだった。
どうしてネクタイピンが?
袋の中を見ると、
薄いストライプの布地に巻かれた肉が出てきた。
ワイシャツ?
肉をぐるぐる巻きにした後、両袖で結ばれている。
この肉・・・。
もう一度ビニール袋に書かれた肉の部位を見てみた。
ムネ、ホホ、シシ、モツ、ハツ。
シシ。
四肢。
私は部屋に戻った。
書類の続きを書かないと。
倉庫からハツと書かれた肉を持ってきた。
確信はないけど、この肉は父親の心臓かもしれない。
お母さんと私を裏切った、憎い父親の心臓。
私は肉を鍋に入れて、水を張り火にかけた。
原型がなくなるまで煮込んでやろう。
そして排水口に流してやるんだ。
「こんなの食べたら病気になっちゃうね」って言いながら。
あの時、お母さんが真っ黒に焦がしたレバーペースト。
あれは失敗なんかじゃなかったんだねお母さん。
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