交際0日でプロポーズされた話
あの時、一歩踏み出していたら私の人生はどうなっていただろう、と考える出来事が、今までの人生の中でいくつかある。
今日書くのはそのうちの1つ、20歳の時の話だ。
学生の時、レストランでアルバイトをしていた。
私が働いていたレストランは、同じフロアに複数のお店があり、出退勤の際、それらの厨房のバックヤードを、挨拶をしながら通り過ぎる構造だった。
だいたい顔や名前を覚えてもらうと、閉店後に軽く雑談をしたりして仲良くなったり、ならなかったりする。
その中で、カレー屋さんのスタッフは気さくな方が多く、私たちアルバイトは仲良くしている人が多かった。
ある時、何かの用事で私服でバックヤードを通った。すると、
「ワーオ!ちょっと待って!あなたとてもきれい!すごくいい!その服も、サンダルも、髪型も、とてもステキ!とてもいいね!」
とカレー屋のSさんが褒めてくれた。
普段はユニフォームで髪型もきっちりなので、
私服とのギャップに驚いた様子だった。
Sさんは誰にでも(特に女の子には)優しくて、褒め上手で、いつも機嫌が良くてニコニコで、ハッピーな方だったので、私もいつもの調子で
「本当ですか?ありがとう!嬉しいです。」
と普通に返事をした。
それからSさんは、何でもない雑談の他に、容姿についてのアドバイス(?)をたまにしてくれた。
「あなた髪キレイね。どうしてそんなにキレイなの?」
「ありがとう。染めてないからですかねぇ。」
「ずっとそのままがいいよ。カラーしないで。あともっと伸ばした方がいいよ。」
「もっとですか?今も結構長いと思うけど…」
「もっともっとだよー。インド人の女性は生まれてから一回も切らないよ。お尻のところまであるよ。あなたもそれくらい伸ばして。」
「そうなんですねー!それは知らなかったなぁ。」
(私インド人の女性じゃないんだけどな…)
「あなた、もっと太ったほうがいいよ。いっぱいカレー食べてもっと太らなきゃ。」
「どうして?太りたくないです。」
「もっと太らないとおしりおっきくならないでしょ。」
「えっ、おしりおっきくなりたくないです。」
「あなた赤ちゃん産むでしょ?おしりおっきくないといっぱいいっぱい赤ちゃん産めないよー。」
「…いずれは欲しいけど、いっぱいは産まないと思います。たぶん。まだ先の話だし、今は太りたくないなぁ。。」
(ふくよかな方が健康的に見えるのかな…)
こんな具合だ。
私は、Sさんはきっと皆んなにこんな事話してるんだろうなぁと思っていた。
私以外にも仲良くしてる子はたくさんいた。
だからこの会話の先のことなんて、全然、想像もしていなかった。
こんな風に話すようになって数ヶ月後
「私、明後日インドに帰ります。」
Sさんが私に言った。
インドカレー屋さんのスタッフは、殆どが日本に出稼ぎに来ている人だった。
「明後日!?もうすぐじゃないですか!寂しくなります。」
「大丈夫。明後日、午後4時にね、空港に来て。成田。」
「え?空港に?行かれないです。学校があります。」
「私、あなた連れて帰るよ。」
「え!?どういう事ですか!?」
「あなた、私の奥さんになる。2番目の奥さんにしてあげる。」
「え……あの、私はインドには行かれません。」
「どうして?インド怖いところじゃないよ?」
「インドが怖くないのはわかります。」
「心配しないで。あなた絶対にインドも私たちの町も好きなるから。とってもいいところ!」
「いや、そういう事ではなくて…」
「インド人皆んな優しいよ。私の家族も皆んな優しい。私もあなた大事にする。あなた私の家族と仲良くなれます。うまくやれます。」
「はい、あの、皆んな良い方なのもわかります。だけどそうではなくて、私は今大学生で、結婚するのはまだ早いんです。今はまだ考えてません。」
「インドではあなたの歳の女性たちみーんな結婚してるよ。全然早くない。」
「インドではそうかもしれませんけど、日本ではそうではないし、それに、私の家族が驚いてしまいます。」
「あなたの家族全員にインド来ればいいよ!そしたら寂しくないでしょ?」
「できませんよ、父も母も仕事があります。でも、そういう事でもなくて、本当に、私、インドには行かれません。ごめんなさい。」
「…本当に来ない?」
「はい。行きません。」
「…そう。…残念ね。私、あなた連れて行きたかった。残念だけど、仕方ないね。元気にしててね。」
「はい。ありがとうございます。Sさんも、お元気で。」
私は途中からとても苦しかった。
最初は冗談だと思ったのだ。
あまりにも唐突だったし、そんなめちゃくちゃな話あるわけないと思った。
でも、彼は必死だったし、「残念ね」と言ったSさんは本当に悲しそうな顔をしていて、本気なんだとわかってしまったから。
後で考えると、アドバイスしてくれた容姿(黒いロングヘアに大きなおしり)も彼の好みだったのかもしれない。
私は彼を勘違いさせるような会話や行動はしていない。
そんなにたくさんの時間おしゃべりをしたわけでもなかった。
だけど、妻子持ちでいずれ故郷に帰るインド人の彼が、大学生の私を本気で連れて帰ろうと思うなんて、想像もしていなかった自分を反省した。
彼の国では全部普通のことなのだ。
20歳だろうが、大学生だろうが、すでに妻子があろうが、外国人だろうが。
私がもし、何それ楽しそう!Sさんがいいところって言うなら行ってみたい!いい人たちだよ優しいよ、って言ってるなら出会ってみたい!と思ってインドについていくようなチャレンジャーな性格だったら、どんな人生になっていたんだろうと想像すると、少しワクワクする。
Sさん元気だといいな。
たくさんの家族に囲まれて、
あの人懐っこい笑顔のままで、
幸せに暮らしてたらいいな。
※ ※ ※
第二夫人の強烈さにクラクラしました。
P.S.
そもそも
あなたの事が好きではないので結婚しません。
とは、言えませんでした。
実はこの後別のインド人が現れます。
もし良かったら読んでください。
最後まで読んでくださり
ありがとうございました🇮🇳
【本日のヘッダー写真】
彫刻の森美術館のステンドグラスの塔