あなたのお気に入り
これは私と先生の話。
私と先生が出会ったのは、私が中学に入学した年の4月のことだった。
私は入学する前から、吹奏楽部に入部すると決めていた。音楽が好きで、スポーツは得意じゃなかったからだ。
二つ年上の姉の影響で、入学前から中学校の校歌を覚えていたし、これから習うほとんどの曲を歌うことができた。
吹奏楽部の顧問=音楽の先生は、私が入学してくる(入部する)ことを楽しみにしてくれていた。
私自身も、部活が始まること、音楽の授業を受けることを、とても楽しみにしていた。
入学してから初めての音楽の授業の日、ワクワクしながら音楽室へ向かうと、そこには見たことのない男の人が立っていた。
誰…
私の知っている音楽の先生は女性だったはず。
どういうこと…?
彼は、自分は非常勤講師で、数クラスだけ音楽の授業を受け持つのだと言った。
それから先生への質問タイムが始まった。
「何歳ですかー?」
「音大を卒業したばかりで、おまえらとはちょうど10こ離れてるな。」
「どこに住んでますかー?」
「最寄りの駅は〇〇だよ。」
「誕生日はいつですかー?」
「なんか質問が想定してたのと全然違うな。×月×日だよ。」
他の生徒から質問が投げかけられている間、
私はションボリしていた。
部活の顧問の授業が受けられると思ってたのに。
一年生で非常勤講師が一クラスだけ受け持つクラスに当たっちゃうなんて運が悪い。
「彼女はいますかー?」
「なんでそんな事知りたいんだよ。いるよ。」
「いつから付き合ってるんですかー?」
「もっとさぁ、音楽と関係ある質問とかないの?えーっと、もうすぐ2年かな。」
「音大では何を専攻していましたか?」
「お!やっといい質問が来たな。〇〇(楽器)をやってた。実は〈部活の顧問〉先生の教え子なんだよ。」
質問タイムが終わり、校歌を歌うことになった。
「俺伴奏練習してきたんだよ。みんなちゃんと歌えよー。」
「校歌知らないしー!」
「歌えませーん!」
ザワザワと落ち着かない中、
私は真面目に、そして綺麗に歌った。
小学四年生から三年間合唱部だったので、歌うのは好きだ。
出席番号順の席がたまたま一番前で、先生が伴奏するグランドピアノの鍵盤の目の前だった。
「最後まで歌える子もいるじゃん。良かった良かった。ねむ子は何で歌えるの?」
「…お姉ちゃんが中三で、教えてくれました。」
「そっかー!ねーちゃんがいるのかぁ。」
部活の顧問だったらこんな説明いらなかったのになぁ。
私はなんだかムズムズした気持ちになっていた。
彼も部活に講師として指導に来るという。
ふーん。音大出てるお坊ちゃんって感じだけど、校歌の伴奏練習してきたところとか、結構好きだな。
と思った。
何で上から目線なんだ。
それからは音楽の授業とたまに部活の講師として顔を合わせる日々。部活でも私は指揮者から一番近い席になった。先生は受け持ちのクラスが少なかったので、クラスと部活で共通する生徒は数人しかいなかったと思う。席の関係でいつも近くにいるので、他の生徒と比べると私は話す機会が多かったかもしれない。
私はもう全然普通に好きだった。
先生が指導に来たある日、部活が終わって片付けをしていると、指揮者の譜面台の上に先生の鉛筆が置きっぱなしになっていることに気がついた。
先生はたまにしか部活の指導には来ないし、学校にも毎日来るわけではないので、私は次の授業で会った時に渡せばいいやと思って自分のペンケースにしまった。
なぜそんな事をしたのかというと、それは普通の文房具売り場には売っていない可愛い鉛筆だったからだ。
たぶん、ある地域や売り場限定のものだ。
このまま音楽室に適当に置いておいて、失くしたらいけないものなのではないかと思ったのだ。
数日後、廊下でたまたま先生に遭遇した。
私はその時先生の鉛筆を持っていなかったのだけど、とりあえず預かってる事だけでも伝えた方がいいと思った。
「あ、先生。この前譜面台に忘れていった鉛筆、私持ってます。今ペンケースないので後で渡し…」
「あー、あれねむ子が持っててくれたのかぁ。
いいよ、それお前が持ってて。」
「え?あの、でも…」
「あの鉛筆、可愛いだろ?
俺のお気に入りなんだよ。」
「可愛いです。
…お気に入りなのに返さなくていいんですか?」
「うん、そのまま持ってて。
大事にしろよ。」
「…は、はい。わかりました。」
いや、全然わかんない。
ちょっと、待って。
なんか、なんか…
あげる。って言わないで
持ってて。って言うのとかさ
なんなの。
ずるい。
たかが鉛筆一本でも、中学一年生の心を弄ぶには充分じゃないか。
先生はきっと、私が興奮して友達に言いふらしたりするような生徒じゃない事をわかってた。
現に、今の今まで誰にも言ったことがないのだから。
教師特有の"特定の生徒を贔屓する"のとは違う。それは子供でもわかる。
実際、授業や部活で贔屓されたことは後にも先にも一度もない。
それに、教師や講師である先生はいつも全然優しくない。
私はその鉛筆を自分のお守りにした。
持ってて、と言われたからには使う事もできないし。
あげる、と言われても使えなかったかもしれないけれど。
しかし私は中一にして鉄壁の心を持っており、彼女がいると言った男に落ちたりしなかった。
先生のことは好きだけど、特別な感情は抱かない。
その代わり、誰にも言わない小さな小さな秘密を抱えている。
末永く彼女のこと大事にしろよ。
と思っていた。
だから何で上から目線なんだ。
彼女を大事にしている先生でいてほしかったのだと思う。
中学を卒業した後も、演奏会があれば聞きに行った。
私の母、顧問、先生の大人チームも仲が良かった。
私が大学生の時に、先生の大事な場面で私を頼って連絡をくれたり(公式です)、何だかんだ交流は続いていた。
その間に先生は最初に言っていた彼女と結婚し(偉いぞ)、お子さんを授かり、私も結婚して、子供ができた。
今はお互いの家族がみんな元気である事を願う年賀状のやりとりが続いている。
あの鉛筆を、私は今も大事に持っている。
特別な感情は抱いていない。
でも小さな秘密を抱えてる。
そういうスパイスがあってもいいよね?
※ ※ ※
先生の喋り方が砕け過ぎですが、
(実際こういう喋り方だった)
授業や部活の指導はちゃんとしてました。笑
最後まで読んでくださり
ありがとうございました✏️
【本日のヘッダー写真】
一般公開されてない秘密のガーデン
先生と私の途中の話を書きました。
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