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文体の舵をとれ

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文体の舵をとり、物語の海を行く(レビュー)

文体の舵をとり、物語の海を行く(レビュー)

機会があって、『文体の舵をとれ』(アーシュラ・K・ル=グウィン. 株式会社フィルムアート社)のレッスンをひととおりやっていた。そして、先日全ての練習問題を終えた。今回は、『文体の舵をとれ』をやってみようかと思ってる人に向けて、通しでやった雑感や役立ったこと、いまいちだったことなどを書いておく。

↓練習問題と、その回答の一覧↓

内容について本書で紹介していることには、2つの性質があるように思う。

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文体の舵をとれ 1

 眠れないとき、一つの頭文字から始まる言葉をたくさん思い浮かべるといいらしい。『あ』から始まる言葉。アモルファス。アセルスファム。アンビシャス。アース。アイダホ。アルセウス。あいみょん。秋、あき竹城。空き巣、アクセス、アサシンクリード。アルビオン、アックス、アーバンゲリラ。アーバンゲリラ?バンゲリングベイ。バンゲリングベイってなんだっけ?なんだっていいから戻らなきゃ。アール。アミーゴ、アスタラビス

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文体の舵をとれ 2

 起こってしまったそれはあとは文字通り濁流のように黒くてどろどろした得体のしれないものが溢れ出て街を押しつぶし飲み込んでいくだけで人も建物も道路も何もかもを友達とよく中身のない話をした公園もあまりコーヒーはおいしくなかったけどおじさんが好きだった喫茶店も学校も彼と初めてキスをしたアパートも私の家も両親の墓も嫌だった職場も好きだったものも嫌いだったものもないまぜにしてまるでそれらがぜんぶまるきりなん

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文体の舵をとれ 3

 彼女がぱっと振り向く。長い黒髪が強い風に煽られる。夕日を受けて毛先が金色に透ける。輪郭も同じように淡い光を纏う。汗をかいた頬に髪が張り付いている。茶色の大きな瞳が僕を映す。白いおとがいが少しのけぞる。セーラー服のリボンがはためく。裾が少しめくれて白い腹が見える。スカートが強くなびく。腰の細いシルエットを縁取る。ねえ、と彼女は言う。形の良い唇がいたずらっぽく笑う。痩せた体が軽やかに振り返る。ローフ

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文体の舵をとれ 4

問1 サウナに入るとき、まずは体と髪を洗う。洗い場に座る前に、イスにはさっと水をかける。歯ブラシがあれば使うのも良い。体の汚れを流したあとは、浴槽につかっておこう。体温を上げておくことで、ヒートショックが起きづらくなるし、汗腺が開いて汗をたくさんかけるようになる。そのあと、満を持してサウナに入る。サウナマットがあるなら、水をかけてから使う。心地よい熱さの位置に陣取り、サウナの熱気を楽しむ。セルフロ

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文体の舵をとれ 5

 麺をすする。俺は咳き込む。辛さが粘膜に突き刺さる。ちぢれ麺、それに絡むスープ。カプサイシンが、鼻と喉を焼く。

『激辛マシマシラーメン超特盛』。俺はこれを、完食しなければならない。

 箸で麺をつかみ、すする。その動作が、皮膚に、口内に、辛味成分を塗り込む。唇が腫れ上がり、喉は悲鳴をあげる。軟口蓋、喉奥、食道、胃。辛さと熱と痛みが、臓器の存在を意識させる。涙が出るが、耐える。水は飲まない。息を吐

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文体の舵をとれ 6

1作品目:1人称・現在 2070年、東京。私は今、50年ぶりにマンガを描いている。
 旧式のタブレットにペンをかつかつと滑らせ、眼鏡をずらして焦点をモニターにあわせながら、線を引いていく。トーン、カケアミ、変形。記憶に残っている動きよりぎこちなく、自分がどうしようもなく老いてしまったことを感じる。腰が痛い。
「おばあちゃん、これで何してるの?」
 遊びに来た孫が不思議そうに、ヴィンテージパソコンの

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文体の舵をとれ 7

問1① お藤の視点 長屋の一角には井戸があり、天気の良い日の昼下がりにもなれば、住人のうち暇を持て余した者が集まって、他愛もない話に花を咲かせていた。お藤も井戸端会議の常連だったが、ここのところはおしゃべり以外にも井戸端に行く目的ができていた。それが、新しく長屋に越してきた美丈夫、吉兵衛の姿を眺めることだった。
 吉兵衛は無口な男だ。深川の土木工事で日銭を稼いでいるようで、あまり長屋に戻ってくるこ

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文体の舵をとれ 8

問1 お藤は、今日も吉兵衛の様子を稲荷の影から伺っていた。吉兵衛の切れ長の瞳、形の整った唇、鯔背に剃り上げた月代も、お藤の目を、心を、ひきつけて止まなかった。しかし、お藤は知っている。彼には心に決めた男がいて、自分など入る隙間もないことを……あの日、同じ場所でお竹婆さんが見せた光景は、それをお藤に思い知らせるに十分だった。そんな時、再びお藤の背中を叩く者があった。当のお竹婆さんであった。

 お竹

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文体の舵をとれ 9

問1A「渾が流出してる」
B「え、何?体は、なんともないんだけど」
A「そりゃ、今はな。流出してる量もごく少ない。だが、確実に漏れてる。体に影響が出ない分、やっかいな呪いだ」
B「でも、ただ漏れているだけなら、問題ないんじゃない?渾なら回復するし、月獣を呼び出したり、術を使ったりで、普段から使っているものだし」
A「お前な……いや、無理もないか。渾とは何か、渾が事象を励起するとはどういうことか、水

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文体の舵をとれ 10(終)

問10元の文章(1930文字)

半減後(927文字)

 ロンドンに、兄貴ほどの腕っこきはそういない。兄貴がいなきゃ、俺もみんなも、とっくの昔に飢えて死んでいた。そんな兄貴でも許せないことがある。俺たちに黙って、『ごちそう』を食っていることだ。
 この前、兄貴が盗んできたものを振る舞っていた時に、気づいたんだ。兄貴の食べているものが、どう見ても少ない。大好物のベーコンまで、みんなあげてしまったん

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