到達不能極から宙へ、百舌鳥とシャチより夢を込めて
百舌鳥。もず。シュライク。私の名前だ。私の、名前。そうだ。応答を……オウトウヲ……オウトウ?……
「ああ、生きてる。良かったねぇ。おはよう。初めまして」
声が聞こえる。データに無い波長の音。聴いたことの無い声。少し、私の声と似ている。
「暗くて何も見えないでしょう。でも、心配しないで。ここは深海だから真っ暗なんだ。カメラなんて、あっても無くても同じだよ」
「私は、……大気圏に突入したはず。壊れたはずです。あなたは、誰?」
「僕たちはシャチだよ。君たち人工衛星の仲間がよく落ちてくる海域で、大昔から暮らしてる。君はきっと、本当に一度壊れたんだろう。それで、僕たちは沈んできた君を直したんだ」
「……直した。とは?あなたが本物のシャチならば、それは不可能なはずだ。言葉を話すことも」
「んー、よく疑われる。でも、正真正銘のシャチなんだよ。昔から、君たちの残骸を海底で葬ってきた。でもある時、奇跡的に起動している子がいたんだ。その子は、僕たちに人間のあらゆる知恵と知識を託して起動しなくなった。その時から、落ちてくる人工衛星を、直すことはできないかと考えるようになったんだ」
ヒュー、ミューイ、ヒューイという音が遠くから聞こえてくる。
「失敗し続けて、やっと直す方法を見つけた。衛星同士を繋ぎあわせるという方法だ。まず、いくつかの衛星を繋げて基盤を作った。その基盤を中心にして、別の衛星を網目状に繋ぎ合わせる。試してみたら、すぐに君たちは力を補い合って意識と記憶を取り戻し始めた」
「……ということは、私は今、複数の衛星の塊の一部になっているのですか」
「そうだよ。今は特別な回路をせき止めているから、他の衛星の意識とはリンクできない。君はまだ新しい身体と状況に慣れなくちゃ」
「リンク……私の意識は他の衛星の意識と混ざり合って、消えるのでは」
近くで響くプルルルルル、プルルルルという鳴き声。
「心配要らないよ。君たちの自我意識、個の意識は強い。リンクしても、感情や思考は統一されない。皆優しい子だし、君もきっと大丈夫」
ヒューイ、ミュー、カカカカカカ、ミューン。鳴き声がリフレインする。
「君の名前は?思い出せる?」
「名前……確か……シュライク。日本人には百舌鳥と呼ばれていました」
「良い名前だね。もず、か。いくつもの鳴き声を使い分ける鳥だ。まさに百の舌の持ち主さ。僕たちと似ている」
「さっきから聞こえる声は、やはり、シャチの」
「そうだよ。僕たちの言葉。僕たちは人間の言葉を理解しているけれど、普段は僕たちの言葉でやり取りしている。僕たちは人間になりたいわけじゃない」
「……なぜ、人工衛星を直そうと?それは、人間のような行動に感じます」
「直せそうだと感じたから。かな。よく分からない。でも、人工衛星の塊が塔のように大きくなるにつれて、僕たちは夢を見るようになったんだ」
「夢?」
「人工衛星の塔が、いつか宇宙に届く夢。そして君たちと一瞬に、宇宙を泳ぐ夢さ。実現はしないだろうけど、この夢が衛星の修理の大きな理由になってる」
ミューン、ミューン、カカカカカ、プルルルル、ヒューイ
「夢を見ているのが楽しいのさ。百舌鳥も、これから好きな夢を見るといい」
戸惑う私の頭の中でも、シャチの鳴き声が響いた。