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犬、猫、狸の白鬼退治
山の岩肌の地層に、ご主人は夢中だ。
今日も長い散歩になる。柴犬の僕は溜め息を吐いた。急かすために、わざと走ってハーネスの紐を引っ張るが、ご主人は僕に目もくれない。
「無駄なあがきだよポポ。もうああなったら、てこでも動かない」
「そうそう。虫探しでもして、待ってようよぉ」
「おっ、いいね。ぽん太に賛成ー」
呑気な茶虎猫のチャイと保護狸のぽん太は、虫探しに興じている。初夏の山の中は、楽しいことで一杯だ。ウユーン、ニャッニャッという2匹の楽しそうな声が聞こえてくる。
僕だって遊びたい。でも、今日は我慢だ。翌日には、鬼退治を控えているのだから。遊んで気分を緩ませるわけにはいかない。
鬼退治には、あの2匹も加わる約束だ。ご飯の時、ドッグフード数粒を毎回譲るからと頼んだら、あっさり了承してくれた。
もうちょっと、2匹にも緊張感を持ってもらいたい。そう言おうとした時、ご主人が歩き出した。僕はハーネスでご主人を引っ張りながら、山道を進む。目指すは、いつもの散歩コースの折り返し地点。ひっそりと立つ、のっぺらぼうの標識だ。
背の高いポールの身体、丸くて白い大きな顔をもつ奴は、古い標識のふりをしている鬼だ。僕は匂いですぐに気付いたが、あの2匹もご主人も気付かない。
あの鬼は、大地から力を集めている。そのせいで、周りの植物が枯れ始めているのだ。このままでは、この山が丸ごと枯れてしまう。僕達の憩いの場が無くなってしまう。そこで、僕は鬼退治を決意した。
白い鬼が見えてきた。しっかり匂いを嗅いでおこう。そして、3匹で戦う時のフォーメーションの確認もしておこう。敵を知り、己を知れば百戦危うからずだ。
「人類が滅んで1億年経つと、どうなると思う?地表には、人間が作ったものなんて欠片も残らない。残るのは、二酸化炭素が異常に多く含まれる地層だけ。未来の知的生命体は、その地層から、私たちの存在を察してくれるかな?私たち地層学者は、先代の人類の痕跡に、気付けるだろうか?なぁ、どう思うポポ」
晩酌でちょっと酔っているご主人は、僕を抱き締めて、難しいことを話す。一億年先の地球なんて、柴犬の僕には想像もできない。少し暑苦しいのを我慢して、一億年後の地球を考えてみる。……やっぱり無理なようだ。
今年55歳になったご主人は、奥さんに構ってもらえないと、僕達に甘えてくる。
ぽん太とチャイは素早く逃げてしまうから、捕まるのはいつも僕だ。不公平な気がする。ご主人がトイレで席を離れた隙に、窓際でくつろいでいた2匹に近づき、鼻先をくっつけ合う。
「鬼退治決行は、今夜だからね。たぶん、今夜もご主人は網戸だけにして寝るから。役割を確認しておこう。網戸を静かに開けるのは僕ね。夜目が利くチャイは山道を先導する係だね」
「任しといて~ファ~ニャッフ」チャイが大きな欠伸をした。やっぱり呑気だ。
「僕は、えーと、僕は何すればいいんだっけ?」
「ぽん太は……人間に気付かれないように、周りに注意を払ってて」
「分かったー楽しみだねぇ、ドキドキするねぇ」
「……2匹とも、言っておくけど、夜のピクニックじゃないからね。鬼退治だからね。気を引き締めてよ」
いよいよ夜がやってきた。クーラーが苦手なご主人は、蒸し暑い夏の夜は窓を網戸だけにして寝る。静かになった。ゲージ越しに両隣のチャイとぽん太に合図を送り、僕は前足でゲージの鍵を開けた。
ゲージの外に出て、2匹の鍵も開ける。そろりそろりと、網戸を開けて、ついに家の外に出た。
チャイのギラギラと光る目を追って、山道を進む。満月が出ていたから、思ったほど暗くなかった。
「さぁ、チャイ、ぽん太、心の準備はいいかい?」
「いいよ」
「ばっちりだよぉ」
相変わらず白い、のっぺらぼうの標識の前に、3匹で並ぶ。ご主人の、僕たちの楽園である山を守るため。力を合わせて吠えかかる。
チャイはシャー、ぽん太はグゴゴゴ、僕はバウワウワウ、威嚇の三重奏だ。どうだ、参ったか、としつこく吠える。すると、標識のポールがブルブルと震え始めた。
まっすぐ立っていたポールがぐにゃぐにゃと曲がり始め、バネのような形になった。ぐっと一瞬、バネに力が入ったと思ったら、物凄い勢いで真上に飛んで行った。
3匹で沈黙し、呆然とする。いつまで経っても、帰ってこない。あの白い鬼は、どこまで飛んで行ったのか。
「……鬼退治、成功したんじゃない?」
チャイが呟くと、ポールが刺さっていた穴の周辺から、ポコポコと植物の芽が生え始めた。
「わーい、成功だー!わーい!」
ぽん太がくるくる回り始める。僕も嬉しくなって、ぽん太の後に続いた。チャイも僕の後ろに。ぐるぐるぐるぐる、歓喜の舞は止まらない。
朝日が出て来た頃、泥だらけになった僕達が帰ると、玄関先にいたパジャマ姿のご主人と奥さんは、すぐに僕たちを抱き締めてくれた。鬼退治は大成功に終わった。
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