星のフューネラルに最後尾は無く
イスの背もたれに寄りかかり、小さい液晶画面の窓から宇宙空間を眺める。
宇宙のどこかにある人工衛星の、定点カメラのライブ映像。深夜、一日分の作業をひっそりと終え、しばらく何もしたくない時、つい見てしまう。
金星や火星、月といった星に気軽に旅行に行けるようになった今、宇宙の至る所に定点カメラ付き人工衛星が浮かんでいる。太陽系の惑星や派手に輝く恒星を常時観察できる定点カメラのライブ映像が、やはり人気だ。
有名な星や目立つ星が1つも見えない宇宙のライブ映像を好んで見る人は、少数派。まして、私のように真夜中に見ている人なんて、もっと少ない。画面の隅に出る視聴者数のカウント表示は、大体いつも「一」だ。
漆黒の宇宙空間を見つめていると、一週間前の母の葬列を思い出した。
母は、故郷の山で土葬された。遺影をしっかり抱きながら、私は葬列が出来上がるのを見ていた。どんどん長くなる、黒い列。黒い龍のようだった。
準備が整って、先頭の牧師さんの足跡を辿るように、ゆっくり歩いた。母の墓穴に向かって。
まさに棺が埋められる時、牧師さんは「灰は灰に、 塵は塵に」と呟いて十字を切った。その言葉が、強烈に脳に焼き付いている。
自然豊かな環境で生まれ育った母は、都会暮らしが苦手で、山での生活を好んだ。頑固だけど頼りがいのある父が亡くなった後、私が都会で一緒に暮らそうと何度誘っても、一度も首を縦に振らなかった。
”この山に骨を埋めれば、この山が窮屈なもの一切合切、すぐに解きほどいてくれる気がするのよ”
死期を悟っていた母が、よく言っていた言葉。
必ず天文学者になると見栄を切り、意気揚々と都会の大学に入って挫折して、結局天文学とは関係ない物書きになった私を、母はどう思っていたのだろう。今更、気になって仕方がない。
気まずくて聞けなかった。母も、何も言わなかった。聞けばよかった。
暗い宇宙空間の奥で、何かが強く光った。イスの背もたれから身体を引きはがし、前のめりで画面を覗き込む。光は事切れる寸前の電球のように、点滅している。マウスを動かし、全画面表示に切り替えた。
遠い宇宙の果てから、礫のような岩石がカメラに向かって飛んできている。礫の群れは、やがて途方もなく大きな赤黒い星を運んできた。表面に入っている無数のヒビから、煮えたぎるマグマのようなものが見える。
その星がカメラに衝突する瞬間、あっと声が出た。しかし、カメラは平然と機能し続けている。
首を横に捻りながら、ノートパソコンの画面を食い入るように見た。また遠くから、巨大な星が近づいてきている。
今度は、照り輝く朱色の星。近づくもの全てを燃やし尽くしそうなこの星も、容赦なくカメラを通過したが、やっぱりカメラは無事だった。宇宙空間の奥からは再び、光る星が礫を纏わりつかせながら近づいて来る。今度はかなり小さい、強烈に白く輝く星だ。
もう、驚きの声も出なかった。おそらく、最初の星は褐色矮星。次の赤く光る星は赤色矮星。今まさに定点カメラを通過しつつある白い星は、白色矮星。
どれも核融合反応で自ら輝く星、恒星が衰えて変化した星だ。しかし、人工衛星が浮かんでいるエリアから、かなり離れた位置にあるはず。こんな風にカメラに映るわけがない。それに、赤色矮星や白色矮星なんて通り過ぎたら、人工衛星など木っ端微塵になるはず。
最後にカメラに近づいてきたのは、小さい黒い星だった。長く生きた恒星の最期の姿。黒色矮星だろう。なぜか、カメラの前で静止する。
黒色矮星と目が合ったような気がした瞬間、カメラの画面は灰色一色になった。何も、映らない。しかし、私は画面から目を離せなかった。
しばらくして、いつも通りの、静かな宇宙の映像に戻った。
黒色矮星は消え失せていた。きっと爆発したのだろう。黒色矮星は、最終的に爆発してしまう定めの星だ。
宇宙空間に浮遊する塵が、画面の中央に集まってきた。球体を、新しい星を、形作ろうとしている。その塵の球に、私は無意識に手を伸ばしていた。
”終わりなんて無いの。自由な姿に変わるだけ。星も、人も”
耳の奥で、誰かの言葉が母の声で響く。塵の球に向かって手から落ちていくような、不思議な浮遊感に襲われた。
はっと目を覚まして、反らしていた首の痛みに呻いた。イスに座ったまま、うたた寝してしまった。目の前の宇宙のライブ映像の右下には、午前四時と表示されている。
”塵は塵に、灰は灰に。塵と灰として、自由自在に踊り始めて”
何となく浮かんだ言葉を、近くにあった紙に急いでメモした。