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童心連れ歩く笛の音

職場から車を数時間走らせて、やっと着いた実家近くのコインパーキング。車から降りて、しばらく歩き、見覚えのある駄菓子屋に入った。カラフルな駄菓子を小さいかごに入れていく。

横には、真剣に駄菓子を選んでいる数人の小学生たち。きっと、私の母校に通う子たちだろう。

駄菓子屋と店主のお婆さんは記憶そのままの姿なのに。当時には無かった、スタイリッシュなデザインと色合いのランドセルが並んでいる。過去と現在が混ざっている。不思議な気分になった。


「キョウー!遅かったじゃん!今年は来ないのかと思っちゃったぜ」

「ごめん。駄菓子屋で少し悩んじゃって。でもほら、すごいでしょ」

たっぷり駄菓子が詰まった袋を、少し開けて見せる。

「うっわー!また大人買いしてる!すげー!」

毎回、過剰に感動してくれる。約800円分の駄菓子だが、10歳の男の子には感動的な量なのだろう。


ブランコを全力で漕ぐヘイを、ベンチで見守る。

「キョウ―!お前も漕げよ!」

「私は、いいよ。ここで見てる」

私たちの名前は「キョウヘイ」だ。同じ名前でいつも一緒にいるから、キョウとヘイというワンセットのあだ名で呼ばれていた。しかし、ヘイは10歳の時に、ヘイと呼ばれなくなった。

この世から、いなくなったからだ。

ブランコを漕ぐのを止めたヘイが、近づいてきた。少し、怒っている。

「キョウ!ブランコ、一緒に漕ごう、競争しようぜ」

「……もう私は大人なんだ。大人がブランコ本気で漕いでたら、おかしいでしょ」

「誰も見てない」

「……少し腰が痛いんだ。だから、ごめん。ちゃんと見てるからさ」

むっとしたヘイは、私を射抜くように睨んでくる。

「大人になると、ブランコ漕げなくなるのか」

吐き捨てるように言ったヘイは、またブランコに戻る。苛立ちをぶつけるように、ブランコを漕ぎ始めた。

そういえばあの日も、この公園でブランコ競争をするつもりだった。公園に来る途中で交通事故に遭ったヘイは、約束の時間から数時間後に、担ぎ込まれた病院で亡くなった。

その時、私はこの公園で、地面に落ちている綺麗な紅葉を集めながらヘイを待っていた。2人ではまっていたプラモデルの新作、カスタムキング・てんとう虫を見せようと、ワクワクしていた。青白い顔をした母親が、私を迎えに来るまで。

その翌年から、命日にだけ、公園に足を運ぶようになった。ヘイがいるという予感があったから。その通りに、ヘイは公園で私を待っていた。1日だけ、公園の中だけで遊んで。夕方以降に公園の外に一歩でも出ると、ヘイは消えてしまう。来年の秋の命日まで、会えなくなる。

私の一人称が「僕」から「俺」、「私」に変わっていく度に、ヘイとの関係も徐々に変わった。友達の関係から、保護者と子供の関係へと。


ピッヒュー、ピーヒュー。ピューピッ

気が抜ける音を、隣に座ったヘイが断続的に放つ。笛ラムネを咥えたヘイは、足をぶらぶらと振っている。楽しそうだ。ココアシガレットをポリポリかじりながら、機嫌が直って良かったと安心した。

「あー楽しい。美味しい。駄菓子食べられる幽霊でホント良かった」

笛ラムネを咀嚼して飲み込んだヘイが、しみじみと呟く。

「来年の春にさ、この公園、壊されるんだろ。トチカイハツってやつで。朝、ベンチに座ってたお爺さんたちが話してた」

飛んできた紅葉が、膝の上に乗った。

「……そうだよ。だから、どうしようかなって、思ってて。ヘイは、どうなるの」

「消えると思う。ジョーブツする。きっと」

黙って、ヘイを見る。健康的で、元気な男の子。死んでるなんて、信じられない。

「キョウは、内側に子供の頃のキョウを連れて行きなよ。今のキョウよりすぐ泣いて怒るけど、良い奴だったじゃんか。子供のキョウが外に出てもいい時も、あるだろ。その時だけ、外に出して遊ばせれば、いいじゃん」

よく分かんないけど、という自信なさげな呟きまで聞いて、喉が詰まった。咳払いをする。

「あのさ、ヘイも一緒に、連れて行ってもいいか?そしたら、いつでも会える。この公園じゃなくたって」

ヘイはすぐに首を振った。

「きっとお互い、しんどくなる。いーんだよ。俺はジョーブツする。昔ここで、俺の事故の記事が載ってる新聞、読んだんだ。不運な事故って書いてあった。でも、キョウが25年も俺のこと忘れなかったのって、ラッキィだろ。閻魔様にも神様にも仏様にも自慢できるぜ。不運じゃなくなった。ラッキィな幽霊になれた。それでいいんだ」

プラモデルを完成させた時のように、ヘイはにっかりと笑った。


「じゃな」

「うん……じゃあね」

いつも通りの別れの挨拶を済ませて、公園と道路の境界を跨ぐ。身体全体が公園の外に出た瞬間、ピヒューという、笛ラムネを吹く音が後ろから聞こえた。



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水月suigetu
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