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参上するスペシャル仏滅デー

住職と警察官と兄に見守られながら、盗難届にはっきりと墓石と書き込む。

カレンダーに記されていた、仏滅という文字を思い出す。毎年、親戚一同で行う秋の行事。墓参り。その帰り道に警察署で盗難届を書くとは。

昨日、何となくカレンダーを見ていて、墓参りの日が仏滅だと気付いた。ふーん、と思っただけ。特に気にしなかった。しかし、仏滅だからって、あんまりじゃなかろうか。墓石を盗まれるなんて。神も仏もない。


我が家の墓石だけ忽然と姿を消していて、墓地で妙に目立っていた。呆然と立ち尽くす大人たちと、そんな大人たちが面白いのか、きゃっきゃと騒ぐ子供たち。

住職と墓地の管理担当者によると、確かに昨日はあったという。夜間に何者かが、我が家の墓石だけを持ち去ったということだ。平謝りされ、とりあえず盗難届を出すことになった。

それほど広くない墓地だ。夜中に墓石を派手に移動させている人間がいれば、住職たちに気付かれるだろう。犯人は、どうやって盗んだのだろう?墓石を1つを、なんのために?なぜ、我が家の墓石だけ?

親戚を乗せた重苦しい雰囲気を放つワゴン車を走らせながら、そんなことばかりを考えた。


久々の両親の住む実家で、母と兄嫁と一緒にちらし寿司を作る。今日は兄夫婦と姪っ子1人と私が泊まる。普段よりも数倍多い量の酢飯を、兄嫁と協力してかき混ぜる母は、楽しそうだ。

昼間の墓石盗難事件直後はショックを受けている様子だったが、さすが、切り替えが早い。昔から、何が起きても即座に立ち直る。

どしっと何かが足に当たった。下を見ると、自慢のポニーテールを揺らす姪っ子が私の足にしがみついている。

「お腹空いちゃった?ちらし寿司、もうすぐだからね。あ、ビスコ食べる?テーブルにあるよ」

不安そうな顔で見上げてきた姪っ子は、ふるふると首を振った。

「お庭に、いるよ」

「ん?何が?」

「お墓」

姪っ子の言葉で、薄焼き卵を切る手が止まる。

「……お墓?」

「うん、おっきな石のお墓」

「石の、あの、お墓?」

「うん」

包丁を置き、手を洗って庭に急ぐ。もしや、犯人が返しに?ますます、動機が分からない。

「うわっ」

狭い庭に飛び出ようとして驚く。窓のすぐそばに、墓石が立っていた。はっきりと彫られた、家名。我が家の墓だ。

恐る恐る庭に降りて、墓石を撫でる。

「参らせていただきました」

周囲を見回す。兄の声?いや、父?家の中にいるはずだが。地響きのような低い声。

「わたくし、墓石変化の物の怪でございます。毎年参っていただくのも心苦しく、今年はこちらから。これからも、よろしくお願い申し上げ候」

「うっわ!」

墓石が、コンニャクのようにぐにゃりと前方に曲がった。一瞬で、元に戻る。じりじりと後退りして、墓石らしき物体から離れる。

「ああ、驚かせてしまいました。申し訳ない。通常、私は普通の墓石にしかなれんのです。しかし、あなた方一族は、墓石に変化した私を長年、大切にしてくださった。そのおかげで、一日だけ、人のように振る舞えるようになったのです。なので、お礼を伝えに参り返したいと思いまして」

墓石が?参り返す?混乱する頭の中を必死に整理する。深呼吸する。落ち着け。質の悪いものではなさそうだ。……たぶん。

「墓地からここまで、かなり遠いけど……どうやってここに?」

墓石が道路をじりじりと移動しているホラーな光景を想像する。

「途中で、トラックに乗せていただきました。勝手に、乗ってしまったというか。あなた方のいる方向は分かるので、その方向に行くトラックを探して」

律儀な墓石の物の怪は、意外とちゃっかりしていた。



ぐにゃりと身体を曲げる墓石の前で、姪っ子が笑いながら、お辞儀を返している。その珍妙で微笑ましい光景を見て、両親と兄夫婦と私も笑う。

明け方には、普通の墓石に戻ってしまうだろう。明日の朝一番に、墓地に戻さなくては。それまで、墓石の物の怪と家族の思い出を作っておこうと思う。


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水月suigetu
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