廃棄の星のピアニスト
高い丘の頂上から見えたのは、豊かな平原。風が吹くと、緑の絨毯の所々が、銀色に光る。空には、ずっとオーロラが出ている。ゴミ捨て場とは思えない、美しい景色。
「綺麗でしょう?草原が光るのは、草の裏側が銀色だからなんです。こういう景色が、人間たちには見えなかったんですかね。こんな綺麗な星を廃棄場にしようだなんて。まったく、無粋なんだから」
隣のカナロアさんが、憤りながら説明してくれた。8本の足を屈伸させて、ぴょんぴょん飛び跳ねている。この星はロボット廃棄場。タコ型ロボットのカナロアさんは、この廃棄場の管理スタッフらしい。
この美しい星には、地球から定期的にロケットが飛んでくる。お役御免になったロボットたちが詰め込まれたロケット。私もついさっきまで、そのロケットに乗っていた。
「では、外の案内はこれくらいにしましょうかね。廃棄場の管理塔をご案内しましょう。管理塔の内部も意外と広いのですよ。我々で増築した地下室がたくさんあるので。人間にバレないように、外側はそのままにしてます」
カナロアさんは8本の足を器用に動かし、前進していく。意外に速い。焦って追いかける。遠くには、灯台のような高い塔があった。
「あの、私はいつ、壊されるんでしょうか」
この星に捨てられたロボットは、すぐにスクラップにされるのだと思っていた。覚悟して、あのロケットに乗ったのに。到着してすぐ、まぁまぁとカナロアさんに腕を引っ張られ、広い廃棄場を案内されている。怖くて、今まで聞けなかった。
「壊されませんよ。我々、廃棄場の管理スタッフは、あなた方を見守るためにいるのです。自然に壊れるまで、快適に過ごしていただきます。我々も元々廃棄ロボットなので、気軽に話しかけてくださいね。ようこそ、美しき廃棄場へ。ピアニストロボットのラカさん」
立ち止まり、私と向き合ったカナロアさんは、静かに言った。呼ばれて、自分の名前を思い出す。最近はずっと番号で呼ばれていたから、忘れかけていた。安心して、胸が苦しくなって、しゃがみ込んだ。
「うわー、すごい!地下にこんな立派な図書館もあるなんて……」
「すごいでしょう。今も我々管理スタッフで地下を掘って、増築しています。もう68部屋あります。ロボットに必要な燃料や部品を作る部屋、保管する部屋、ロボットの修理部屋。人間でいう所の医療設備も万端ですよ。最近は娯楽用の部屋を増やしてます」
カナロアさんの説明を聞きながら、等間隔に並んだ本棚を眺める。なんとなく、1冊の国語辞典を手に取った。
適当に開いたページの最初の行には、黒風白雨という文字。暴風雨という意味らしい。黒い風と白い雨。ああ、思い出してしまう。ピアノの鍵盤。目に溜まった涙で、文字が滲む。
「……ラカさん。地球で何があったのか、聞いてもよろしいですか」
「……ご存知の通り、私はピアニストロボットでした。正しく弾くことが唯一の存在意義だった。誇りでした。でも、ある日、貧しい人間が手作りの楽器を、路上で楽しそうに弾いてるのを見てしまった」
辞典を棚に戻して、流れる涙をごまかす。
「めちゃくちゃな演奏なのに、魅力的で。衝撃的で。その時から、私はおかしくなってしまったんだ。正しく弾けなくなったんです。いや、弾かなくなったんだ。それで、捨てられました。修理されて戻されたけど、また私はすぐに楽譜から逸脱して。ついに、この星に捨てられたんです」
涙を乱暴に腕で拭う。もう泣きたくない。
「あなたは人間に捨てられたのではなく、放たれたのですよ。自由になったんだ。もう好きなだけ、自由に弾けるんです。我々に、聴かせてくれませんか。我々はあなたの演奏を判定しない。ただ、共に楽しみたいのです」
「でも、ここにはピアノなんて……」
「ある、というか、いらっしゃるのですよ。自動演奏用ピアノロボットのポリアフさんが。彼女も、あなたと同じような経緯でここにきたのです。ずっと落ち込んでいて、弾いてみせてと言っても、もう絶対に演奏しないと。あなたが弾けば、彼女も元気を取り戻すかも」
もう長い間、鍵盤に触れていない両手を開いて握る。弾けるか?自分に尋ねた。
完成したばかりだという、コンサートホールのような部屋の真ん中で、私とポリアフさんは身構えた。息を合わせて、演奏開始。
緊張がほぐれてくると、自分が鍵盤の上に立っているような気持ちになった。踊るように、鍵盤から鍵盤にジャンプして、音を鳴らしているようだ。
楽しい。最後のフォルテッシモ。フィナーレだ。豪快にいこう。身体を鍵盤の大地に投げだした。
少しの静寂の後には、拍手喝采。口笛。ああなんて素晴らしい廃棄場なんだろう。感動していると、ピアノから小さな声が聞こえた。
「ありがとう、ありがとう……」
触れていないピアノから、ポロン、と高い音が鳴った。
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