蛍いくつの夢うつつ
どうしても眠れなくて、何層にも重なる毛布の中から、頭だけ出した。ものすごく寒い。すぐに引っ込む。外は吹雪いているようだ。明日の朝には止みますようにと祈る。
しばらくして、そろそろと顔だけ毛布の外に出す。視界の隅が淡く光っていた。その光は優雅に飛行していた。蛍みたいに。
「出しっぱなしにしちゃったか……懐かしい」
光の正体は小石だ。机の上にある小さな缶から飛び出してきたのだろう。寝る前に、何となく取り出して眺めていた。真夜中に外に出していると、時々わずかに光りながら部屋中を飛び回るのだ。
見た目は、小さな蛍石。小指の先ほどの大きさだ。幼い頃に、海辺で見つけた宝物。昔から寝つきの悪い私にとって、部屋を漂う光は子守唄のようなものだった。
私が一人で眠ろうとしている時だけに起きる怪現象。なので、他の人に言っても信じてはもらえなかった。大体は、夢を見ていたんだよ、と一蹴されて終わり。
隕石や化石を扱う鑑定士に見せたこともあるが、鼻で笑われた。辛うじて撮れた小石が飛んでる動画は、合成映像と決めつけられた。家族からは、幻覚を見ているのではと心配されてしまう始末。
もう誰にも言うまい、と石を缶と記憶の中に押し込めて、封印してきた。鳥飼さんに出会うまでは。
先月、私の部署に配属されてきた鳥飼さん。なぜか私を慕ってくれて、仲良くなった。打ち明けるきっかけになったのは、昼食中にお守りなのだと見せてくれた小石。
楕円形のつるつるした小石は、実は月の兎から貰ったのだと話してくれた。愛おしそうに小石を見つめる目は、真剣そのもので。鳥飼さんなら、信じてくれる。そう確信して、打ち明けた。
部屋の中を遊泳していた光る蛍石は、満足したのか、缶の中に戻った。私も毛布の中に戻る。
鳥飼さんは信じてくれた。そしてなんと、宇宙研究者だという従兄弟さんに、石の鑑定を頼んでくれたのだ。明日、いよいよその従兄弟さんの研究所に行く。やっぱり緊張して、眠れない。
圧倒されるほど、広い研究所。その中の小さな部屋に、鳥飼さんの従兄弟、中津川さんがいた。小柄で穏やかそうな人だ。
「初めまして。中津川です」
「は、初めまして。鳥飼さんの同僚の北村です。この度はお世話になります。お忙しいでしょうに、すみません」
「ははは、そんなに気を遣わないでください。私、石好きが高じて隕石専門の宇宙研究者になったくらいなので、不思議な石の鑑定になら何時間でも費やしたいくらいなんです。では、さっそく拝見しても?」
バックから缶を出し、蓋を開けた。摘まんで、中津川さんの手に乗せる。素早くルーペを用意し、石を覗き込んだ中津川さんは、一気に鋭い雰囲気になった。
長い沈黙の間、私は部屋を見渡した。無数の本と書類、ファイルや隕石の標本で、部屋は満杯だ。
「なるほど。これは、蛍石ですね」
中津川さんは静かに口を開いた。苦い過去がフラッシュバックする。意地悪い笑みを浮かべた鑑定士。嘘つき、と指を差してきた同級生。動画サイトに投稿した映像に、容赦なく投げつけられた罵詈雑言。
「そ、そうですよね。私の勘違いですよね。石が真夜中に光りながら飛ぶなんて、あり得ないですよね。すみません」
なんで謝ってるんだろう。本当なのに。そう思いながらも、怖くて下げた頭を上げられない。
「顔を上げてください、北村さん。私はあなたを信じています。説明がつかない現象なんて、宇宙では日常茶飯事ですよ。例えば、ゴーストライトって、ご存知ですか?」
中津川さんは立ち上がり、本棚から一冊の図鑑を取り出した。ペラペラと捲り、開いたページを私の前に見せた。星々がくっきり写っている宇宙の写真が載っている。
「宇宙空間には、どこからやって来たのか分からない光があるのです。色々な説がありますが、長いこと真相は謎のまま。その光はゴーストライトと呼ばれています。とても小さな光で、その光量は蛍十匹分ほどなんですよ」
「蛍、十匹……」
「この不思議な蛍石も、夜になると本物の蛍のように光って飛ぶのですよね。十個あれば、地上のゴーストライトだなぁなんて思って、私わくわくしてしまって。研究者としては謎は解明したいものですが、謎のままでも、楽しいものです。ぜひ、これからも大切にしてください。……それで、またいつか見せてもらえると嬉しいのですが……」
おずおずと最後の一言を付け足した中津川さんに、笑ってしまった。
小さな蛍石を磨いて、机の上に置いたまま、ベッドに潜る。しばらくすると雪が降り始める気配がして、目を開けた。暗い部屋の中に舞う、小さな光を目で追う。
光は分裂して、どんどん増える。十個くらいになって、分裂が止んだ。
「ゴーストライト……」
思わず呟いて、淡い光の乱舞を眺めた。まぶたが下がっていく。蛍石のゴーストライト。また、見たい。