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星の欠片にブランケットを
物干し竿にかけられた、ガーゼ生地の薄いブランケットが風に煽られて揺れている。
僕は畳の上で仰向けに寝転び、その様子をじっと見ていた。そよそよと弱い風が顔に当たる。風が吹いてくる方向を見ると、母さんがうちわを仰いでくれていた。
いつもはバタバタと忙しそうに動き回っている母さんだが、今日は僕の隣で座りこみ、ゆっくり麦茶を飲みながら空を眺めている。
「今夜はね、誰かが落ちてくる気がするの。朝からそわそわしちゃって。ブランケット洗っちゃった。よく晴れて良かったー。やっぱり、ふわっふわの干したてのブランケットじゃなきゃね」
母さんと僕は、海辺の小さな家で暮らしている。いつも水色のエプロンを着けている母さんは、時々、ブランケットを持って真夜中の砂浜に行く。宇宙から落ちてくる、小さな星の欠片を迎えにいくため。
母さんは、迷子になって地球に落ちてきてしまった星の欠片を、一時的に保護して夜空に帰し続けているのだ。小さな頃から、何故か星の欠片が落ちてくるタイミングを察知できたという。
「どんな子が来るかなー。蛍君は、どんな子が来ると思う?」
「んー……」
答えようと思うけれど、なかなか答えられない。僕には母さんのような予知能力はないのだ。
「あー、わくわくする!久しぶりのお迎えだよ!どの星の子かなー」
「そうだ、そうめん、さっき茹でてたんじゃなかったっけ?」
「あ!吹きこぼれちゃう!」
ドタバタとキッチンに駆けこんでいった母さんに、苦笑した。
静かな夜の砂浜を、母さんと手を繋ぎながら歩く。
丸めたブランケットを片手に抱えている母さんは、広大な砂浜を迷いなく歩いていく。もう、完全にどこに星の欠片が落ちたか、分かっているのだ。僕は懐中電灯を持つ係。母さんと僕の進む先を、ひたすら照らす。
「あ、いた!」
前方で、小さな何かが光っている。母さんは僕と繋いだ手を離し、僕の頭を撫でた。そして、すぐにその光に駆け寄っていく。僕も必死に追いかけた。
「疲れたでしょう?一度、私たちの家に来ない?少し休んだら、きっとお家を思い出せるから。元気になれば、すぐに帰れるよ。大丈夫。星の欠片だもの。ちゃーんと、帰れる力はあるんだから。大丈夫、大丈夫……」
弱々しく光り、ぶるぶると震える星の欠片に、母さんは優しく語りかける。ああ、僕の時もそうだった。不安と疲労で動けなくなっていた僕は、母さんの声とブランケットの柔らかさで、冷静になることができた。
目の前の星の欠片は、まさに過去の僕だった。さそり座を形作る蛍星から、砂浜に落っこちた直後の、僕の姿だった。
「帰れなくても、母さんはお前を追い出したりしないよ。ほら、僕が証拠。僕だって、星の欠片だったんだ。慣れれば、自然に人の子供の姿に変化できるようになるし。人の生活も、なかなか楽しいよ」
僕も星の欠片のそばにしゃがみ込み、声をかけた。怯えるように震えていた星の欠片が、静かになった。しばらくしてから、ぼんやりと発光し始める。強い光。僕たちを安全な生物と認識してくれたようだ。
母さんと目が合った。ガッツポーズをした母さんは、すぐにブランケットを星の欠片の上に広げた。一瞬、光が弱くなったが、また光が強くなる。
「ガーゼのブランケット、気に入ってくれた?肌触りが良いでしょ?今からそれで君を包んで、家に連れて行ってもいいかな?」
2,3回点滅した。いいよ、という合図だろう。さっそく、母さんは星の欠片をブランケットに包んだ。何重にも重なった薄いブランケットの奥から、星の欠片の光が透けて見える。
星の欠片を小脇に抱えた母さんは立ち上がり、家に向かって歩いていく。僕もその後を追いかけた。
「ふぅ。良かった。蛍君がいてくれて助かったよ。やっぱり最初の説得は緊張するね。怯えて暴れ回っちゃう子もいるから」
「へへへ。僕も安心した。この子とは、すぐ仲良くなれそう」
「そうだね。蛍君を迎えた時も、同じ感じだったもんなー。手強い子かと思ったら、意外とあっさり、懐いてくれた」
「え、僕もそうだったの?」
「そうそう。覚えてない?家に帰ったら甘えん坊さんでさ、いつも私の近くにいてくれてさ。お家の星に帰りたくない―って泣いて泣いて。困り果てちゃって、もうこの家の子になる?って聞いたら、うんって即答して、母さんって呼んでくれて」
「ちょ……なんか恥ずかしいから、止めて」
「うふふー。恥ずかしがることないじゃない。すごく嬉しかったんだよ。母さんって呼んでくれて、さ」
母さんは片手を僕に差し出す。僕はその手をしっかり握った。温かい。ブランケットに包まれている星の欠片の子も、温かそうな光を放っていた。
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