不可説不可説転の戦場を攻略せむ
「Win!」
大音量のファンファーレが鳴り出して、がっくりと肩を落とす。
久々に、骨の折れるゲームだと思ったのに。たった5回目の挑戦で終わってしまった。
集中が切れて戻ってきた外界の音は、それなりのボリュームだが、気になるほどでない。皆、ゲームに熱中しているのだろう。ここのゲームセンターは居心地が良い。
スマホで現在時刻を確認する。もう遅い。帰ろう。仕事のストレス解消のために始めたゲーセン通いに、ここまではまり込むとは。もう、置いてあるゲーム全てを攻略してしまった。
通い始めた頃の焼かれるような悔しさと愉快な気持ちを、もう一度味わいたい。しかし、今ではどんな新作ゲームも、すぐにクリアしてしまう。そろそろ、止め時かもしれない。
ジャケットに腕を通して、イスから立ち上がった時、視界の隅に気になる文字が入ってきた。顔なじみの店長が、奥にあるVRゲームのスペースで立て看板を出していた。毛筆体で「新作!不可説不可説転将棋」と書かれている。
「こんばんは。新しいゲームですか」
「ああ、いらっしゃい。いつもありがとうございます。そうなんですよ。今さっき、やっと準備が整って。あ、お試しになりますか?常連さんですから、初回無料サービス、しますよ」
さっき見た時刻表示が一瞬頭を過ったが、好奇心に従った。和風モダンな幾何学模様が描かれたブースの中に、そろりと入る。
ゴーグルをしっかり装着して、スタートさせる。不可説不可説転将棋と派手に表示されるが、何と読めばいいのか分からない。まぁ、渋い将棋のゲームだろう。特に気にせず、開始ボタンを押した。
一瞬で、眼下に広大な戦場のパノラマが広がった。果てしない荒野に、格子状の線が引かれている。区切られた狭い四角のスペースには、仰々しい武士の格好をした人だけでなく、雉や猿、犬や猫、牛や熊、巨大な亀や青い竜なども収まっていた。
手前側の集団が自陣、向かい側の集団が敵陣。鏡合わせのような配置になっているので、おそらく、そうだろう。
自陣の先頭にいる足軽衣装の人をじっと見ると、その人に向かってカメラがズームしていき、一人称視点になった。右上に表示された歩兵という文字。ひとつ前の、青く光るスペースに目線を移すと、そのスペースに進み出た。
瞬間、様々な動物の勇ましい鳴き声と、エイエイオー!という鬨の声が後ろから響いてきた。
驚き、俯瞰の視点に戻る。想像以上にリアルだ。
戦場を改めて見回してみる。ぎっしりと整列している動物と人間。スーッとカメラを自由に動かす。その光景はどこまでも、どこまでも、海の様に続いていた。
「どうでしたか」
「面白いですね。これなら、いつまでも終わらない。これからも通うと思いますので、よろしく」