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からくり屋敷のかごめかごめ

顔を洗って鏡を見た時、一瞬だけ、自分の顔がからくり人形に見えた。最近よくある。からくり人形ばかり作っているから、妙な錯覚が起きるのだろう。

からくり作りの技術を教えてくれた、今は亡き父の顔を思い出し、自分の顔と重ねてみる。どのパーツも似ていない。しかも、私は異様に見た目が若い。もう50代なのに、どこに行っても20代と間違われる。

憧れていた父の渋い顔とは、ほど遠い。



階下から複数の人の声が聞こえる。店は今日も活気づいているようだ。ほっとして、今日の作業に使う金属パーツと木のパーツをお盆の上に並べた。店で売っている精巧なからくり人形やからくり箱には、無数の部品が必要だ。

使い古した道具も定位置にセットして、畳の上に胡坐をかいて座り込み、ライト付き眼鏡型ルーペを着けた。作業を開始する。からくりの迷路に、すぐに意識が沈んでいった。



「師匠!師匠!師匠ってば!」

弟子の大きな声で、現実に引き戻された。

「お店、もうお昼休みですよ。師匠もちょっとはお休みにならないと。あとこれ、師匠宛ての荷物、届いてます」

「ああ、そうか。ありがとう」

忙しそうに階段を降りていく弟子を見送る。私がからくり作りだけに集中できるのは、弟子たちのおかげだ。階下の店舗では、手作りのからくり商品を販売している。接客や商品の管理が、からっきし駄目な私の代わりに、毎日頑張ってくれているのだ。

給金をもうちょっと上げようかと考えながら、畳に置かれた小包を手に取った。それなりに重い。機巧からくり研究所様宛。送り主の欄は空白。時空間宅配便。宅配業者の電話番号。伝票から分かることは、これだけ。

少し考える。からくり師仲間の悪戯だろうか?まさか、危険物とか?「時空間宅配便」なんて、聞いたこともない。片耳を箱に当ててみたが、無音。

ふーっと息を吐いて、心を決めた。ぺりぺりと白い包装紙を解いていくと、木製のからくり箱が現れた。表面に歯車がいくつも付いている。

なるほど。ニヤリと笑う。私に開けてみろという挑戦状か。1つの歯車を動かすと、複数の歯車が連動して回る。面白い。全ての歯車の動きを確かめると、どの順番で歯車を動かすべきか、イメージできた。

そのイメージ通りに歯車を静かに動かすと、カチッと小さい音がした。上蓋が少し浮いている。勝負に勝ったようだ。

意気揚々と上蓋を開ける。中には、全く同じ見た目の小さいからくり箱と、白いB5サイズのノートが入っていた。表紙にも裏表紙にも何も書かれていないノートを開く。

”君は最近、自分の顔がからくり人形に見えないか。あるいは、自分が父に作られた、からくり人形じゃないかと疑ってはいないか”

最初のページの1行目で静止する。誰も知らないはず。気持ち悪さを我慢して、次の文章に目を走らせた。

”信じないだろうが、今君が生きている世界に、君以外の人間はいない。全員、君が作ったからくり人形だ。千年前に、酷い戦争があった。そして、ひっそりと森で孤独に暮らしていた君だけが生き残った。君は真の孤独に耐え切れず、精巧なからくり人形を作り始めたんだ”

ノートを閉じる。からくり師仲間の、悪戯だ。悪戯に決まってる。なのに、冷や汗が吹き出してくるのは、なぜ。冷えていく指先で、再びノートを開いた。

”精巧なんてものじゃない。人体の仕組みまでそのままコピーした君のからくり人形は、子を残し、老いて死ぬ。まさに第二の人間だ。君の根深い孤独は、君を第二の創造主にした”

もう読みたくない。しかし、目が勝手に、ノートの文字を追っていく。

”そして君は、人間そっくりな人形たちと荒廃した世界を復興させたんだ。その間に、君は知識と記憶を半永久的に動く人形に移した。今の君はつまり、不老不死の人間だ。さらに、記憶を都合良く塗り直せる薬も開発したんだ。薬の効果は、30年ほどで切れてしまう。だから、薬を大量に作った後、時空間宅配便で、このノートと薬が30年後の自分に届くようにしてから、薬を飲んだ”

知らない、そんな薬。悪戯だ。思い出すな。思い出すな。

”小さいからくり箱があるだろう。その中に、薬と製造法の記録が入っている。また時空間宅配便にこの荷物を託して、薬を1粒飲めば、平凡なからくり師としての30年を繰り返せる。薬を飲むか飲まないか、自分で編んだ籠の中に留まるか外に出るかは、君が決めろ”

震える手で小さいからくり箱を開けると、白い錠剤がたっぷり入っている楕円形のケースと、小さい石板が出てきた。石板には、びっしりと文字が細かく彫り込まれている。

素早く全てを元の場所に収めて、乱暴にからくり箱の鍵をかけた。息が上手くできない。苦しい。

「師匠、どうしました?」

畳に両手をついて荒い息を吐いていると、弟子に後ろから肩を叩かれた。叩かれた瞬間、金属と木の軋む音が、身体の中から微かに聞こえた。



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水月suigetu
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