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老兵は死なず、キャット・スーパーカーで去るのみ

崩れかけた壁に背を預け、私の服の中に隠れるミィミィと鳴く小さい生物を庇うように、腹部を抱き締めた。

様々な銃器の発砲音、閃光、地響き、エコーする悲鳴。

重層化していく恐ろしい音と光。抱き締める手に力が入っていった。




私は、厳しい戦場から帰還した。そして、数十年経って、また危機に陥っている。住宅が立ち並ぶ、人気のない静かな道路の上で。胸が苦しくて、1歩も歩けない。仰向けに寝転がり、痛みをやり過ごす。

今度は、どこにも帰還できない。そんな予感がする。走馬灯だろうか。遠い記憶のシーンが、目の前に現れては消える。

帰ってきた時、故郷の家族は全員亡くなっていた。誰にも歓迎されない命を抱えたまま、生きることになった。家族は戦場から連れ帰ってきた子猫だけ。

その子猫さえも老猫となり、やがて消えた。それから、頑なに独りで生きた。もう別れに耐えられる気がしなかったから。

もうすぐ私は死ぬだろう。あまり、怖くない。やっと、あの猫のチーちゃんに会えるという喜びと安心が、死の恐怖より勝る。

息が浅くなっていく。

頬に、柔らかい毛の感触。両目を薄く開ける。私の匂いを嗅ぐ猫の顎と首が見える。野良猫だろうか。あの子、チーちゃんによく似た、三毛。

キーっという高い音が耳の傍で鳴り、驚いて両目を限界まで開く。目線を横に向けると、タイヤがあった。ミャウミャウ、ニャーン、ナー、ニーニーと、妙に騒がしい。猫のオーケストラは近づいてきて、私を取り囲んだ。何だこれは。

「もう苦しくないはずです。少し、起きていただけますか」

私の顔を嗅いでいた三毛猫が、突然アナウンサーのようにしゃべり出した。

何が何だか分からないまま、言われた通りに、上体をゆっくり起こす。本当に、胸の痛みが治まっていた。

周囲を見渡すと、凄まじい数の猫が私を取り囲んでいる。皆、綺麗に座り、私を見つめている。恐怖で動けない。

「こちらは、キャット・スーパーカーでございます。人間と特別な縁のあった猫たちの魂が、スーパーカーとなっているのです。いつ何時でも、縦横無尽に、音速も光速も超えた速度で走り回っております。しかし、速すぎて、ほとんどの生き物には肉眼で捉えていただけません」

傍の三毛猫が、朗々と口上を述べた。

「キャット・スーパーカーは時々、猫の彼岸にも行きます。様々な事情で、スーパーカーの一部になれない猫の願いを聞き届けるために。今回は私たちは、とある猫から、あなたを猫の彼岸まで届けて欲しいという願いを託されたのです」

三毛猫が私の太腿に右足を乗せた。柔らかい肉球の感触。チーちゃんも、よくしてくれた仕草。

「……チーちゃん、か」

「ご名答。では、来てくださいますか。猫の彼岸はのんびりしていて暖かくて、良い所です。しかし、人が一度足を踏み入れれば、人の世界との繋がりは消えます。おそらく、人に生まれ変わることは不可能になりますが」

「行くよ。迎えに来てくれてありがとう。私も、すぐにでもチーちゃんに会いたいんだ」

「では、さっそく」

猫たちが中空の一点に向かって、次々にジャンプしては消えていく。全ての猫が消えた途端、鮮やかな黄色のスーパーカーが目の前に現れた。美しい流線型のフォルム。艶々と輝いている。ドアが上向きに開いた。

1人分の席が空いている車内には、ぎっしりと猫が入っていた。皆、それぞれの姿勢でくつろいでいる。運転席には、あの三毛猫が座っていた。前足で、しっかりハンドルを抑えている。バックミラー越しに、三毛猫と目が合った。

「さぁ、シートベルトをお早く。走りだしたくて、皆うずうずしております。フルスピードで参りましょう。猫の彼岸へ」



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