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アイリスランプ越しの星虹
お土産選びというのは、意外と疲れるし難しい。特に奇怪な言語が飛び交う、厳しい気候の右も左もわからない場所では。
家族や友達、同僚が喜びそうで、ここらへんにありそうなもの。ちょっとユニークかつ奇抜すぎないもの。帰りは長時間の船旅だ。食べ物だったら日持ちするものでないと。考えながら、どこまでも続く市場の賑やかな通りを歩く。
ここでは市場を「バザール」と呼ぶらしい。広い宗教施設の敷地内に、小さいお店が密集している。アーチ状の高い屋根の内側には、砂漠を生き抜く植物の彫刻が綺麗に掘り込まれていた。植物マニアな私は、屋根にお土産にと首を上下に忙しなく動かし続けて、もう首も足もヘトヘトだ。
自動通訳機や体温調節機を忘れていたら、滞在3日目くらいに仕事を放り投げて帰りの船に飛び乗っていただろう。
初めての遠出の出張。砂漠に自生する植物を調査するという任務。初日から酷い砂嵐に見舞われるわ、サソリに刺されそうになるわ、ラクダに追いかけられるわと恐ろしいことの連続だった。
なんで人間はこんな危険な場所にまで街を造ろうと思ったんだろうか。宇宙で最もミステリアスな生物は人間だろう。今も謎多き生物だ。
「ホホジュミモコッチョポロッソ?!」
謎の言葉の大群が耳に押し寄せてくる。近づいてきた派手な柄シャツのおじさんが、何か言いながら私の腕を掴んできた。
常に聞こえてくる人間たちの会話で混乱しないように、人混みでは自動通訳機のスイッチを切っている。だから不意に話しかけられると困ってしまうのだ。
豪快に笑いだしたおじさんは、私をぐいぐいと近くのお店に誘っていく。ステンドグラスで幾何学模様を描いた美しいランプが、ずらりと並んでいるお店だ。踏ん張っておじさんを止めようとするが、ずるずると引きずられていく。
結局、お店の中に入ってしまった。奥の方からギーッ、ギーッと何かを削る音が聞こえてくる。おじさんがまた喋り始めたので、困ったように耳の裏を掻くふりをして、耳の裏にセットしてある自動通訳機のスイッチを入れた。これで安心。私の言葉も自動翻訳される。
「ここにあるのは全部、完全手作り。職人が1つずつ丹精込めて作ってるんだ。別の場所に工房があってね。仕上げと簡単な修理の作業だけ、奥のスペースでやってる。魂込めて作ってるからか不思議なことが起きるんだよ」
「不思議なって……心霊現象とかですか……?」
おじさんは、のけ反って豪快に笑った。
「違う違う!怖いやつじゃないよ。ガラス越しの炎を見てると、心の中に思い浮かべた場所が、本当にそのまま浮かび上がってくるんだ。ホログラムってやつみたいに。最近流行ってるんだろうアレ。俺は機械は苦手だが、このアナログのランプなら大得意なんだ」
おじさんは色も形も様々なランプの山から1つ、シンプルな丸いランプを手に取った。ポケットからマッチを取り出し、流れるような手つきで火を点ける。
おじさんは真剣な表情で、ランプを凝視する。私もランプの灯を見つめた。よく見ると、透明なだけと思っていた丸いガラスには虹色の淡いグラデーションが入っている。
大きなシャボン玉のようだ。見惚れていると、雄大な川の映像がランプの上に浮かんできた。
小さな画面の中に流れる、砂漠を悠々と横切る川の映像。手で触れようとしても、手がすり抜ける。
「とまぁ、こんな感じだ。ほら、面白いだろう?」
「これは、どういう仕組みなのですか?」
「長く店やってるんだが、俺も職人たちもなんでこうなるのか分からないんだ。うちの工房で作ると、どのランプもこうなるのさ」
「そうなのですか……。無意識でこんな高度な技術を……驚愕です。このガラスは、どう作っているのですか?見事な虹色だ」
「ああ、これはアイリスガラスだ。ほら、青紫っぽい可愛い花、あるだろう?あのアイリスさ。アイリスの語源は、イリスっていうギリシャ神話の女神様でな、虹を司ってる。だから青色じゃなくて虹色なんだ。悪いが製法は門外不出でな。でも買ってくれるならまけとくぜ。どうだ?土産に」
おじさんがにやりと笑って、私の前にランプを置いた。
アイリスガラス。初めて聞いた。私の故郷、アイリス星雲と同じアイリス。煌々と燃えるランプの灯りをじっと見つめる。星に囲まれた、けぶる青いアイリスの花が、はっきりと浮かび上がった。
「これは……なんだ?宇宙か?花か?……これは……初めて見たな」
「ここから1300光年先にある、私の故郷です。地球人にはアイリス星雲と呼ばれているみたいで。アイリスガラスのランプか……まるで、故郷のために作られたランプみたいで……。買います。自分のお土産として。宝物にします。帰ったらきっと、あなたと、このお店のことを思い浮かべますよ」
にっと笑いながら言うと、おじさんは困惑していた。
「あ、他のランプも見せてもらえますか?きっと家族や友達も欲しがるだろうから。もう2つか3つ、買わせてください」
おじさんは、にっと笑って親指を立てた。
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