四季人のタルトタタンな十五夜
菊とリンドウとススキの花束が仕上がった。常連のお客さんに渡すと、ほころぶような笑顔を見せてくれた。僕の好きな人も、花束を渡したら笑ってくれるだろうか。接客中もつい考えてしまう。
「綺麗な花束だ。もう一人前のお花屋さんだね。君が子どもの頃から通ってるから感動しちゃうよ。また来るね!頑張って!」
ありがとう、と返す前にお客さんは慌ただしく店から出ていった。ドアも道路に面した壁もガラスなので、外の景色がよく見える。いつ見ても燃え盛るように紅葉している街路樹は、この秋の国を象徴するものだ。
大昔は地球上の大半の場所で春夏秋冬と季節が変わっていたらしい。場所によって季節が固定化され、秋の国、冬の国と季節毎に国境が敷かれている今となっては、信じられない話だ。
お客さんはもうしばらく来ないだろう。少し休憩だ。スツールに腰かけ、ポケットから桜の押し花を取り出す。まだ香る気がして、つい嗅いでしまう。
春の国の人に、ずっと片思いしている。まだ手紙でしか話したことはない。お互いの国の花を押し花にして、手紙と一緒に贈り合ってもう何年目だろうか。隣り合う季節の夏か冬の国の人であったら、簡単に会えただろう。現代人のほとんどは、母国以外の国の気候に耐えられない。日帰りの小旅行くらいなら大丈夫なのだが、数日滞在すれば体調を崩してしまう。遠い春の国に行くには数週間はかかる。桜の押し花を見つめながら、ため息を吐いた。
4つの国を往来できるのは、特殊な訓練を受けた「四季人」と呼ばれる人たちだけだ。四季人はそれぞれの国に手紙や物資を配達する役目を負っているので、とても大事にされる。いっそのこと僕も四季人の養成学校に通って…。ため息を吐く。両親から継いだ花屋は諦められない。身体が特別丈夫なわけでもない。無理だろう。でも会いたい。
突然外が騒がしくなり、3度目のため息が引っ込んだ。国境に向かって走っていく人が見える。四季人たちが来たようだ。僕も急いでエプロンを脱ぎ、緑色のカーディガンを羽織って外へ出た。
大きなリュックサックを背負った四季人さんたちの中に、見慣れた顔を探す。僕の家を担当してくれている四季人さんは、黒髪で日焼けした真面目そうな青年。珍しい髪色なので、いつもすぐに見つかるのだが見つからない。人混みに疲れて隅のほうに避難していると、突然後ろから名前を叫ばれた。
「あのっ!花屋のトルタさん、ですかっ!?」
びっくりして振り向くと、金色の巻き毛が特徴的な女性が立っていた。
「はっはい!そうです!」
つられて大声で返すと、女性は心底ほっとした様子で何かを差し出してきた。手紙だ。
「あ、あの、私、あなたの新しい担当になった四季人です。新人なんです。これが初めての郵便配達業務で…。あの、私おっちょこちょいで。間違いがないか、よく確認してくれますか?」
「ああ、そうなんですか。これからよろしくお願いします」
かなり緊張している様子の四季人さんから手紙を受け取る。やはりあの人からの手紙だ。丸っこくて小さな文字が、僕の名前と住所を記している。これだけで心が跳ねる。
「…あっ!忘れるところでした。あの、もう1つ郵便物があるんです」
四季人さんが再び差し出してきたのは、小さな箱。外箱をよく見てみるが、差出人も僕の名前もない。
「これは…本当に僕宛ての荷物ですか?」
「はいっ!確かに秋の国のトルタさんに渡すようにと、手紙と一緒に頼まれました!」
あの人から?本当に?ちょっと不安になりながらも箱を開ける。中には「百花香水」と書かれたラベルが巻かれた小瓶が入っていた。卵のような形の小瓶の中で、薄桃色の液体が揺れている。
「わぁ…綺麗な香水」
「…春の国でも大人気の香水です。春の国に咲く100種類の花のエキスが入っているんですよ。手作りすると強力なお守りにもなるんです。商売繁盛、無病息災、恋愛成就のお守りで…」
「よく知ってるんですね。ご出身は春の国?」
「え、ええ!そうなんです!すみません余計なことを!では私はこれで!」
四季人さんが走り去ろうとするので、焦って腕を掴んで引き留めた。
「ちょっと待って!お名前を!次の配達の時に困るので!」
ゆっくりと振り向いた四季人さんは、無言で胸ポケットから何かを差し出した。古い紅葉の押し花だ。見覚えがあった。
「…わ、私の名前は、もうご存じのはず、です」
「…え…ヨモギさん…?」
小さく頷いてくれた。思わず抱きしめそうになって、行き場のない両手を慌ててヨモギさんの肩に置いた。
「本当に?本当にあの、ヨモギさん?」
「あはは、あのヨモギです。驚かせちゃいました。ごめんなさい」
「いいんだよ。いいんだ。ああ来てくれてありがとう!ちょうど今日は15日。秋の国の伝統行事『十五夜』がある。大勢で月を見上げながら、ごちそうを食べるんだよ。一緒に楽しもう!何が食べたい?」
「トルタさんと憧れの十五夜に参加できるなんて…!わぁ、どうしようかなぁ。じゃあ…タルトタタンを食べませんか?リンゴという果実がぎゅうぎゅう詰めになってるタルトだと聞きまして、気になってたんです。あなたの名前にも似てるし…」
「ははは!トルタとタルトね!よく言われるよ!」
ヨモギさんと紅葉する並木道を歩けるなんて。僕は夢心地のまま、ヨモギさんはどんな秋の花が好きだろうかと考える。
★こちらの作品は「四季人と冬人のノエル」の続編っぽくなっております。