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祖母になった母

孫が産まれると人は変わると言うが、私の母ももれなくそうである。
滅多なことでは怒らないし、小さなことでものすごく感心して褒めちぎっている。たまに遊びに行けば孫達を連れてご近所さんに見せに行き、職場の人にも最近の動画や写真を見せて自慢しているらしい。

私の記憶にある限り、母はそういうタイプではなかった。片付けをしなかったら外に出てなさいと閉め出されたり、母の言葉に納得できず母を叩いてしまった時はボールペンが飛んできたこともあった。幼稚園の頃の私が喜ばせようと朝ごはんを作った時「何もったいないことしてるの。食べ物で遊ばないで」と言われたことはショックだった。もちろんその時だけで今となっては笑い話だが、当時の私にとって母は機嫌を損ねてはいけない存在だった。頓着のない父が、絶対に母が怒ることを平気でしてのけて、案の定母の機嫌が悪くなる、という一覧の流れも見ていて苦痛だった。母から聞かされる父の悪口も気分がいいものではなかった。
今思えば仕事に育児に家事に、余裕がなかったんだと思う。けれど当時の私は顔色を伺いながら過ごしていたように思う。
友達付き合いにも何度か口を出し「〇〇ちゃんは荒れているお家の子だから気をつけた方がいい」「〇〇ちゃんのああいう態度はよくない。あなたは真似しないように」など言われたこともあった。
誰と遊び誰と仲良くしたらいいのか分からず、友達を作るのが苦手になった。

大きくなるにつれて学校や部活が忙しくなり、大学では1人暮らしをし、母を意識することは少なくなってきたけれど、いまだに気を使うクセがぬけない。結婚を考えている、という話をした時も「早すぎないか?」と言われショックを受けたため、妊娠がわかったときは嬉しさよりまず「母はどう思うだろうか?」と考えてしまったほどだ(結婚し式も挙げ、授かったらいつでも産みたいと話をしていたのに)。

夫が私のことを全力で肯定してくれる人なので私の自己肯定感がずいぶん保たれているが、自分のことを好きになれない性格は幼少期の蓄積なのかな、と思ってしまう。

それでも孫パワーで本当に人が変わった。
私もこんな風に手放しで褒めてくれたら、干渉しすぎず見守ってくれたら、、、と自分の性格を人のせいにするようで嫌だけれど、どうしてもそう思ってしまう自分がいる。

私は娘たちに、私のようにはなってほしくない。
こう思っている時点で良くないのかもしれないけれど、少なくとも
NOということが悪いことではないと知ってほしい
友達も好きなことも自分の手で選んでほしい
自分のことを好きでいてほしい
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きっとあの頃の母も同じだったんだろうな。
今孫に接するようにできたらどんなによかったか
と思っているんだろうな。母の厳しいところと優しかったことを思い出しながら、孫に接する母の背中をみてみると感謝の気持ちと、子育ての難しさが頭に浮かぶ。

あの頃の母も、祖母になった母も、どちらの背中も今の私に必要なものを教えてくれている。
娘たちを育てながら、幼かった私の声も、大事に聞いてあげたいと思う。きっと大切な何かを教えてくれるだろう。

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