将来安定の公務員を辞めた理由
はじめに
こんにちは。Siyuです。
「己の弱さと向き合う」をコンセプトに音楽創作をしています。
一方、普段はフツーに仕事をしているイチ会社員でもあります。
今年の3月、転職をしました。
前職は公務員で、民間企業への転職です。
詳しい勤め先のことは言えませんが、今回はなぜ将来安定と言われる公務員を辞めるに至ったのか、綴っていきたいと思います。
同じようにキャリアのことで悩む方や、自分の人生このままでいいのか、と考える方と気持ちを共有できたらいいな、と思います。
なぜ公務員になったのか
まず断っておきたいのは、僕は公務員批判をしたいわけではないということです。
公務員のこういうところがダメ!という趣旨のものではないとあらかじめご理解ください。
もともと、僕はやりたいことがない人間でした。
小中高時代、勉強はできたので成績は良く、大学受験も順調に乗り越えました。
問題はその後です。
僕は文系だったので、大学4年で就活・卒業し、就職していくのが一般的なルートです。
僕はどうしたかというと、「高校の先生」になろうとしていました。
理由は「なんとなく」。
勉強はできたし、親としても学校の先生なら安泰だろうという期待もありました。
自分なりに「先生になる理由」をそれっぽく正当化し、教員採用試験に臨みました。
結果は面接落ち。
自分としても、「そりゃそうだよな」という感覚でした。
心からそうなりたいと言えますか?と問われたら、確実にノーでした。
でも、じゃあどうなりたいの?と言われたら明確に答えることもできない。
人生で一番の苦しみでした。
これまで、ある程度周りの意見や用意されたルールに則って生きてこれたものが、「じゃあ、これからの行き先は自分で決めて」と社会に放り出される。
どこへ行けばいいのかわからない。
やりたいこともわからない。
自分のことがわからない。
周りは社会へ旅立っていくのを横目に、僕は大学院へ進学しました。
もっと深く学びたい、とか学問を極めたい、みたいな積極的な理由ではなく、モラトリアムを延長したい、ただそれだけの理由でした。
この選択ができることが十分に恵まれていることも、理解しています。
ですが、「自分が何をしたいのか」がわからないまま生きるのは、自分の人生を生きている気がしませんでした。
そこで、自分の心と徹底的に向き合うことにしました。
自分ってどういう人間なのか?なぜそう思うのか?それはどういう理由なのか?それを繰り返し続けました。
見つけた回答は「自分らしく生きたい」です。
思い返せば、これは正しい振る舞いか?と常に周囲の目を気にかけ、自分自身本当の声に蓋をし続けていました。
社会的な同調圧力や空気感に疑問は抱きつつも、それに合わせた生き方をしていた気がします。
仕事を通じて「自分らしく生きる」、そして皆が「自分らしく生きられる」ような社会を作る。
これが僕の目的になりました。
昔の僕のように、「やりたいことがない」で悩む人は大勢いると思います。
子どもの頃は、みんな将来の夢を好きなように思い浮かべ、語っていたのが、大人になると夢を持てなくなってしまう。
その一因としてあるのが、夢を持つことへの現実的なハードルの高さを知ってしまうことだと思っています。
経済的な貧困、労働環境の問題、実態にそぐわない法規制、環境問題、差別…などのように社会的な課題を解決することが、「自分らしく生きる」ことへ繋がるのではないか、と考えたのです。
今思えばかなり短絡的ですが、こういった社会的な課題解決へ直接アプローチできるのは、行政だろうと思い、公務員になることを選びました。
自分らしい仕事をしたかった
具体的な省庁や自治体等は伏せますが、一日十時間近く勉強をして試験に受かり、無事に公務員になることができました。
仕事自体は、自分のやりたいこととの方向性は合っていたので、楽しくやり甲斐もありました。
周りの人にも恵まれたので、様々な挑戦もさせてもらい、成長することができたと思います。
ただ、2年目の後半になってくると、自分の中でモヤモヤが生まれました。
「このままでいいんだろうか?」
ひとつめは、時間軸の問題。
公務員の仕事は、基本的に個人の裁量で動くことはほぼありません。
意志決定をする際はすべて資料として残すことを徹底しますし、部署内関係者すべての了解を得なければいけません。
ですから、仕事の時間軸は遅くなる傾向にあります。
社会全体に関わることなので、慎重な判断、対応が求められる以上、役割を考えるとある程度は仕方ないことだと思っています。
ただ、この時間軸が自分と合っているか?と言うと合っていませんでした。
課題に対して最先端で動きたい、と思う自分にとっては、じれったく感じたのです。
ふたつめは、創造性の問題。
公務員の世界は、法律の中で動きます。
例えば、勤務時間や休暇なんかも法律で細かく定められています。
仕事としてもある程度決められたものが、トップダウン式で降りてきます。
そこに一個人の創造性が入り込む余地は多くありません。
どのように行うか?についてはある程度考えられますが、何をするか?については基本的に議論が終わった状態で降りてくることになります。
クリエイティビティを発揮して仕事をしたい、と思ってもなかなか難しい。
行政の性質上、決められたことを決められた通りにミスなく正確に行うこと、が求められるので、自分の仕事へのスタンスとのミスマッチが起こっていました。
これらの理由から、「自分らしい仕事ができる環境」へ身を置きたいと思い、転職を決意しました。
視野を広げてみれば、民間企業だって社会課題の解決に貢献している。
自分らしく生きられる社会を作るための課題解決をする、という自分のやりたいことは変わっていない。
民間企業に転職した今、「ヒトとシゴトを繋げる」仕事をしています。
この仕事を通じて、自分らしく輝ける人を一人でも多く増やせたらいいなと思っています。
また、Nekojarashiという自身の音楽創作プロジェクトの「己の弱さと向き合う」コンセプトも、自身の人生経験から生まれたものですし、仕事の理念とも大きく重なります。
自分らしく生きるということは、自分の心と向き合い、弱さを認めることが必要だと思っています。
このプロセスをNekojarashiでは表現したいのです。
だから、自分の心と向き合い、悩む人たちとNekojarashiを共有したい。
これが僕の音楽と仕事を両立する理由です。
音楽でも仕事でも、「自分らしく生きる」。
実現したいことは同じなんです。