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小説の掃き溜め

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猫宮の創作物
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#短編小説

こういうところが、

こういうところが、

 彼氏ができたらしい。

 友達からの連絡はあからさまに減って、不意に連絡を寄越したと思えば惚気か愚痴を言いたいだけ言って勝手に満足する。思い返せば昔から、好き勝手して生きている自由なやつだった。

 そういうところが好きだった。

 彼氏ができたと嬉しそうに話す彼女は、前にあった時からリップが変わっていた。

 前までは薔薇みたいに真っ赤な唇をしていたのに、今は薄いピンク色を付けている。
 前ま

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甘味と苦味

甘味と苦味

 先輩は、「頑張れ」を言わない人だ。

 それに気がついたのは、就職したばかりの新卒一年目の時。酒の席で、私はなんとなく酔っていて、先輩もうっすらと頬を赤く染めていた。

 私は新入社員にしては成績優秀で、上司からは期待を込めて「もっと頑張ってけよ」と言われた。私は、期待が嬉しくて「はい! 頑張ります!」と溌剌に言っていた。
 
「もう十分頑張ってるよ」

 ざわめきの中で、私にだけ聞こえるくらい

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不安誘発系彼氏

 大事にするから、と告白されて、事実、かなり大事にされている。不器用な彼は不器用なりに目一杯優しい。ぎこちなく車道側を歩いて、ぎこちなく手を取る。

 けれど彼は、ぎこちないばかりではない。

 例えば電車で、私が他の人にぶつからないように壁になってくれたり、少し肌寒いと思ったらさりげなく上着を貸してくれたり、小さな怪我をしたら慌てて絆創膏を貼ってくれたり、そういう行為にはぎこちなさがなくて、本来

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 窓の向こう、もう夏が近いにも関わらず早めに夜の帳の落ちた暗い世界から、雨粒の叩きつける音がしていた。君が貸してくれた傘半分は、僕と君の体を雨から守るには小さすぎて、肩が冷たい。

 「お前今日の降水確率見てなかったの?」と、君が不機嫌そうな声で傘に入れてくれたのを思い出して、なんだか溜息が出た。

 君は、くだらないことでよく怒る。

 傘を忘れたら「天気予報見てないの」と怒る
 課題をしないで

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悪魔の溺れ方

 後ろの席の彼は、硝子細工のように繊細で、脆くて、華奢で、噛み潰してしまいたいような色気を持った不思議な少年だった。

 度のキツい眼鏡をしているにも関わらずらレンズ越しでもきちんと存在感のある瞳が、机上でぱらぱらと捲られている本をたしかに追いかける。
 俺が差し出すプリントなんて一瞥もしないで、ひたすらに文章を読み解いている。500円の単行本に没頭する彼のことを眺めるのが、俺は、本当は好きなのだ

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