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こういうところが、
彼氏ができたらしい。
友達からの連絡はあからさまに減って、不意に連絡を寄越したと思えば惚気か愚痴を言いたいだけ言って勝手に満足する。思い返せば昔から、好き勝手して生きている自由なやつだった。
そういうところが好きだった。
彼氏ができたと嬉しそうに話す彼女は、前にあった時からリップが変わっていた。
前までは薔薇みたいに真っ赤な唇をしていたのに、今は薄いピンク色を付けている。
前までは紫のアイシャドウをよくつけていたのに、最近はブラウン系の落ち着いたナチュラル系のメイクをしている。
前まではどこで買ったのかよくわからない、ロリータとゴスロリの間みたいな服を着ていたのに、そこいらの女子大生と見分けのつかない服装をするようになった。
前までは甘ったるい香りの香水をつけていたのに、最近は石鹸みたいにナチュラルでささやかな香りしかしない。
どうせ彼氏の趣味だろうなと思いながら、私はいつも何も言わない。ただ愚痴を右から左に聞き流して、惚気が始まれば店内BGMに耳を澄まして、彼女が満足するのを待っている。
───本当に、どうして私と会うために彼氏の趣味に合わせた格好をしてくるのかわからない。本当に、頭の悪い女だなと思う。
私は、下品なくらい眩しい赤の唇と、全然似合わない紫の瞼と、無駄にヒラヒラした魔女みたいな服と、鼻が痛いくらいの甘い匂いが好きだったのに。
「………ねえ聞いてる?」
彼女がマシンガントークをやめて、私の方を尋ねた。流行ってるらしいシースルーとかいう前髪の向こうで私を見つめる。長い睫毛にマスカラを塗っているのが妙に腹立たしくて、意地悪な気持ちになった。
「メイク変えたね」
質問に答えないで言ったら、彼女はちょっとムッとしてから、それでも気を取り直したように笑った。屈託のない、と言って差し支えのない笑顔だと思う。
「こっちのが可愛いでしょ」
桃色の唇を釣り上げて笑う。
赤い口紅を「かっこいいじゃん」と言ったことも、
紫のアイシャドウを「きまってる」と言ったことも、
魔女みたいな服を「似合ってるよ」と言ったことも、
あの甘い香りを「好き」と言ったことも、
私の言った全部を忘れてしまったんだなと思うと、どうしようもなく虚しかった。
それでも、
それでも、彼女なりの「可愛い」を纏ってきたのだと思うと心臓がくすぐったかった。
私と会うために可愛くしてきたのだと思うと、それだけで満たされたような気持ちになる。
返事を待っている彼女に笑いかけた。私の笑顔が引き攣っていることなんて、きっと彼女にはどうでも良いから。だから、引き攣ったまま笑いかける。
「そういう自信満々なとこ、好きだよ」
そう言ったら、嬉しそうに笑って惚気始める。
自己中心的で、私になんて興味がなくて、馬鹿で、頭が悪くて、素直。こういうところが、大好きで、死にたくなるくらいに大嫌い。