【短編小説】夜散歩をした日
散歩なんて普段はしない行動だ。
なのに、今日はなぜか最寄り駅と反対方面に歩いている。時刻は十八時過ぎ。腹が「飯をくれ!」と騒ぐ仕事終わり。体の欲求とは裏腹に俺は普段の通勤では見られないこの街の景色を楽しんでいた。
別に仕事で嫌な事があった訳じゃない。むしろ逆。副業兼趣味として活動していた革雑貨作り (財布とか、小物入れとか) が波に乗ってきて独立という二文字が現実に迫ってきているくらいにはハッピーだ。
うん、ハッピーだから、こうしていつもと違う行動が出来ているんだと思う。
「へぇ、パン屋があるなんて知らなかった。こっちはケーキ屋…あ、知ってる、プリンが有名なやつだ。こんな所にあるのか」
人通りがほぼ無いのをいいことに、独り言が零れてく。帰りに買い食いもありかもしれない。
何を食べて帰ろうか考えていると、目の前に黒猫が居た。
「ニャー」
一声鳴いて、俺の数歩前をゆっくり歩く黒猫。付いてこい、と言われている気がするのはアニメの見過ぎか。
そう思いつつも、俺は黒猫の後を追った。店が並ぶ大通りから離れ、住宅地方面へ。しんとした道を歩くと突然、一軒の小洒落たカフェが現れた。壁掛けの黒いランプがレンガ作りの建物をぼんやり照らしている。
「え、こんなところに…?」
驚いて足を止めていると、黒猫はどうやって開けたのかカフェの扉の向こうへ消えていく。慌てて追いかけようとして、ふと外に立て掛けてあるメニューを見た。
植物っぽい名前が羅列しているところから、紅茶かハーブティーの専門店らしい。
なんだか、魔女が居そうなカフェにワクワクが止まらない。
「あー…」
店に入ろうかと窓から中を覗くと、先客と店主っぽい若い男性が話している。ここで俺が割り込むように入店するのは違う気がした。黒猫には悪いが、俺はここまでだ。
踵を返して、今度こそ帰路につく。
「あ、そうだ。俺の独立が決まったらご褒美として行こう」
そう思いついて、小さな楽しみが出来たことを心の中で喜んだ。
たまには散歩もいいものだ。
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By.魔女に会った日PROJECT
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