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10年間、「何のために働くか」問い続けた。「やらされ感」を排除し、「対話」と「手挙げ」で変革を実現 ~対談・丸井グループ 青井代表取締役社長×IISE 藤沢理事長

自社の考え(ソート)を社会に広く発信し、共感する仲間を集めて実現を目指す「ソートリーダーシップ(Thought Leadership)活動」。これを体現している企業の経営層やキーパーソンの方々との対談を通じて、「ソートリーダーシップ活動」のヒントを探っています。

第7回のお相手は、丸井グループ代表取締役社長CEOの青井浩氏。経営危機を乗り越え、社員の内発的な動機づけによって「やらされ感」を企業から完全に排除しようと努力してきました。組織をいかに変革するか。リーダーの役割は何か。社員と向き合い続けた青井さんの個性的な言葉からは、ソートリーダーシップへの普遍的なヒントがいくつも浮かび上がってきました。


「働く意味」を社員と一緒に考えた10年

藤沢 青井さんが社長になって、丸井グループさんがすごくビジョナリーになったと感じています。社長になられて、やりたいことは実現できましたか。

青井 実は、近年までそれどころではありませんでした。私が社長になって2年目、丸井は深刻な経営危機に突入し、出口の見えないトンネルの中で7年も過ごしたのです。何の拠り所もないまま、暗中模索を繰り返す毎日でした。

丸井グループ 代表取締役社長 代表執行役員 CEO 青井 浩 氏

ある時「この状態で経営の議論を続けても、活路は見えない」という考えに達しました。なぜなら、経営理念がなかったからです。

それまでも「社是」や「社訓」はありました。例えば「すべて汝がことなれ」とか「良い品を安く便利に」といったような。どれもいいのですが、丸井以外にも当てはまるような気がする言葉です。当社オリジナルの創業精神や歴史、コアコンピタンスが表れていないと感じました。

土台を欠いたまま議論しても、方向性は固まりません。そこで、経営陣、管理職、社員、各職場など、まとまりごとに少人数のグループに分かれ、「そもそも私たちは何のために働いているのか」「何をしたくて、どういう夢や希望を持って丸井に入ったのか」の2点について、ひざ詰めで話し合ってもらいました。これを5年以上は続けたと思います。

何のために働いているのか、社員1人ひとりが働く意味とは何か。就職先に丸井を選んだからには、何かあるはずです。1人ひとりが原点に立ち返り、自分の生きがいと働きがいが重なる場所を見つけ、内発的な動機で仕事ができる状態になってもらう必要があります。そうしなければ、当社は根本的に良くなれないと思いました。

「業績が深刻なときに、いったい何をしているんだ」と、内外からずいぶんお叱りを受けましたね。でも、かまわずに続けました。

藤沢 青井さんご自身の中に、「働く意味」について何らかの答えはあったんですか。

IISE 理事長 藤沢 久美

青井 いいえ、私も社員と一緒になって考えました。私は取締役になってから14年間、「やらされ感」を抱いたままで、すり切れていました。そこから自分のやりたいことを少しずつ言葉にし、理念、ビジョンにまとめていきました。

藤沢 社内の反発や、社員と考えがずれてしまうことはありませんでしたか。

青井 両方ありました(笑)。すごく共感してくれて、「やりましょう」とか「もっと良くしましょう」といってくれる人はいましたが、どちらかというとそれは若い人たちです。一方で、表面的には従うフリをしても、本気で考えてくれない人もいました。こちらは比較的、ベテランの社員が多かった印象です。

3年くらいで組織の空気が変わると思っていましたが、結局、10年かかりました。古い常識や経験に支配されている人は、自分の考えをなかなか変えられません。そうした人たちが定年などで徐々にいなくなり、代わりに新しい理念やビジョンに賛同する若い人が入ってきました。10年くらいで半数くらいが入れ替わり、組織風土が変わったと感じることができました。昔から一緒にやってきた役員や同年代の社員には、「昔とはまるで違う会社になったね」と、よくいわれます。

藤沢 今でこそ、パーパス経営や人的資本経営が叫ばれていますが、青井さんの取り組みは時代を先取りしているように感じます。

青井 時代を先取りしてきたつもりは、あまりありません。ただ私自身の中に、「本質を突き詰めたい」という「思い」が強くあるのでしょう。

企業の正体は、人の集まりです。その1人ひとりが成長し、成熟し、向上していくことが、集団としてのパフォーマンスとなり、それが企業の成長につながります。企業が成長する方法は、それしかありません。だからこそ、「人の成長=企業の成長」という経営理念を掲げました。

では、どうしたら1人ひとりが成長するのでしょうか。企業は人をこき使い、競わせて業績を上げる場ではなく、人の成長を促す場として存在すべきです。

「やらされ感」を排除できるか?

藤沢 創業者の家系に生まれ、幼少期から「いつか経営を継ぐだろう」という予感はありましたか。

青井 祖父が創業者で、父がその長男。私がその長男です。家族や親戚だけでなく、地元の商店街や学校の先生方、友達の間でも、「将来は私が後を継ぐ」という雰囲気がなんとなくありました。私の中ではかなりの葛藤があり、逃げたくて抵抗したものです。昔から文学やアートが好きで、その方面へ進みたいと思っていました。しかし、そちらはそちらですごい才能の持ち主がいるため、諦めたような次第です。

藤沢 フランスに留学されたご経験もありますね。

青井 はい。大学時代にパリに留学しました。文学部仏文学専攻で、文学だけでなくアートや音楽、ファッションも好きでした。フランスにはその全てがありますから、憧れたわけです。大学生だった80年代前半は、ポスト構造主義の時代です。フランスの哲学者や思想家が有名で、私は哲学と行動主義に傾倒し、文化人類学や宗教(仏教)も学びました。通常、創業者の2代目や3代目は、経済学部や法学部などの実務系に行く人が多いと思いますが、私はリベラルアーツにどっぷりと浸かっていきました。

丸井には1986年に入社して、1991年に取締役になったタイミングで自分だけのパーパスを決めました。「生活文化をお客様と共につくる」というものです。その後、2005年に社長になるまでの14年間は、下積みのような仕事でした。取締役とはいえ、社長、常務、専務などの上司がズラリといるし、先輩の取締役もいます。上の指示に従わなければならない中で、「やらされ感」を強く感じていました。自分が社長になったら、この「やらされ感」を当社から完全に排除しようと考えていました。

そして社長になってからは、経営危機の7年。出口の見えないトンネルの中で、哲学や文学、歴史学などを通じて考えてきたことや、蓄積してきたものが、少しずつ私を動かし始めました。

藤沢 そこで冒頭の「私たちは何のために働いているのか」といった「問い」を打ち出すことになっていったんですね。

「『好き』が駆動する」、「二項対立を乗り越える」……

藤沢 経営理念を打ち出し、新たな組織へと変革した丸井グループさん。最近はどんな取り組みをされていますか。小売業などでは特に、時代の空気をいかに感知していくかが重要と思いますが、どのような方法で進めているのでしょう。

青井 主に2つあります。1つは、哲学的なアプローチ。自分という「個」、あるいは自社という「個社」をどこまでも掘り下げていくと、その先に普遍的な価値が見えてきます。

もう1つは、人々が何に関心を持つのか、トレンドを予測するようなアプローチです。「これが流行するのではないか」と感じると、よく自分でデータを集めて予測してきました。

この2つのアプローチが重なり合うと、「これだ!」という時代の空気を捉えた感覚が得られます。

藤沢 どのような掘り下げ方や、データの集め方をしているのでしょうか。

青井 気になるキーワードや現象に関する統計情報やデータを調べたり、そこから仮説を立て、いろんな人に話して反応を見たりしています。日々の生活で出会うタクシーの運転手さんや美容師さん、ジムのトレーナーさんなどにも話します。全く反応がない場合もあるし、みんなが面白がってくれる場合もあります。

最近注目しているコンセプトは「『好き』が駆動する経済」です。30年続いたデフレからようやく脱却し、「自分の趣味や好きなことにお金をかけたい」という人が、「とにかくコスパを重視する」という人を上回ってきました。日本の生活者は、デフレ生活に飽きているのではないでしょうか。

その1つの象徴が、アイドルやキャラクターなどの「推し」を応援する「推し活」です。好きなものの対象は、グルメや旅行、スポーツ、音楽、ペット、鉄道、登山など、色々あります。

藤沢 ソートリーダーシップでも、自身のソートの核となる思いを発信していくことが必要です。しかし、「共感」が得られないのでは意味がありません。アイデアの段階から人に話し、反応を見ることも大切かもしれませんね。丸井グループさんの2050年に向けた長期ビジョンの策定プロセスはどうでしたか。

青井 当社の社外取締役を務めているピーター・D・ピーターゼン氏にお手伝いいただきながら、複数のワーキンググループを作って議論しました。みんなから出てきたアイデアをまとめようとしたのですが、あまりにも散らばっていたため、一言にまとめられません。最終決定は私に預けてもらいました。そうして作った丸井グループのビジョンが「インパクトと利益の二項対立を乗り越える」です。

藤沢 印象的なフレーズですよね。反響はいかがでしたか。

青井 2019年に発表しましたが、正直、最初は評判が悪かったです。「意味が分からない」とか「聞いたことがない」といわれました。

しかし、それから5年ほどで認知され、違和感を唱える人はほとんどいなくなりました。今では逆に「良い言葉だね」とよくいわれます。

男性と女性、大人と子ども、健常者と障がい者、富裕層と低所得者層など、互いを対立・分断させることで、差別や格差が引き起こされている。こうしたあらゆるところに存在する「二項対立」を乗り越え、すべての人の「しあわせ」につながるインクルーシブで豊かな社会を実現することが、丸井グループの掲げるビジョンである (出所:丸井グループ『VISION BOOK 2050』)

リーダーがきっかけを作り、「対話」と「手挙げ」で実現へ

藤沢 社員の声を聞き、それをもとにしながらも、青井さん自身の言葉で「共感」を生み出すビジョンをつくられてきていますね。しかし、リーダーの「いいっぱなし」で終わらせず、ビジョンを実行していくことが真に重要で、真に難しいと感じます。そのためにはどうすべきでしょうか。

青井 リーダーの役割は、きっかけをつくること。「最大静止摩擦力」という概念があります。静止している物体は、動き始める時に最大の力が必要で、その後は楽に動かせるようになります。「とても動かせない」と思われているものを動かし、「巡航速度」まで持っていくのが、リーダーの仕事です。巡航速度に到達したら、もう私から口は出さず、現場に任せます。

藤沢 巡航速度、つまりは事業が回り始めたら、「あとはよろしく」という姿勢がリーダーには必要ですね。そうしてリーダーがきっかけをつくった後は、社員の自主性に任せられるようにするためには、何が必要でしょうか。

青井 当社が重視しているのは、「対話」と「手挙げ」です。

「対話」はお互いを理解するための行動です。お互いの状況や強み、弱みなどを共有したうえで、協力できるポイントを探ります。手間はかかりますが、創造的なコミュニケーションです。

もう1つが「手挙げ」です。これは「やらされ感」の対極にあります。「ダイバーシティ」「サステナビリティ」「Well-being」「新しい金融ビジネス」など、テーマごとに社内で公募し、やりたい人に手を挙げてもらいます。しかし、手を挙げた人が全員配属されるわけではありません。作文などで審査します。やる気があるか、勉強しているか、相応のスキルがあるかなどを勘案し、選考します。

「自分で手を挙げてやりたいと宣言し、かつ会社からも選ばれた」となれば、モチベーションが高まります。そういう人たちを心理的安全性の高い環境に置けば、自然に主体性と創造性を発揮してくれます。

例えば、2024年3月に「『好き』を応援するコンクール」をやりました。グループ社員が手挙げで自分の「好き」をアピールし、事業化を目指すコンクールです。第1回なのに130人ほどが応募してくれました。嬉しかったのは、パートタイムの方やインターンの学生さん、入社したばかりのエンジニアなどが参加してくれたことです。そういう人たちの提案は新鮮で、優れたものがありました。

「好き」を応援するコンクールの成果。手挙げによる提案の場を拡大し、(アルバイト・インターン生も含めた)社内人材の「好き」を活かした事業創出を促進。結果として利益の向上にもつながった (出所:丸井グループIR資料『IMPACT BOOK2024』)

「古いOS」を更新しないと、労働市場に見放される

藤沢 私たちは、ソートリーダーシップを企業主体で取り組みたいと考えています。創業者や経営者がソートリーダーになる例はよくありますが、企業がソートリーダーになる場合、牽引役は社員になるでしょう。手挙げでやってもらうことも可能ですが、本人と企業のソートを合わせることは、容易ではありません。

青井 最近、「JTC(Japanese Traditional Company:伝統的な日本企業)」という言葉がよく聞かれます。企業の背骨や土台となっている「古いOS」を更新しないと、やるべきことに着手できない状況が続くと思います。

それをガバナンスや投資家の圧力で変えようとする動きが見られますが、私はどちらかというと、人材や労働市場の方が原動力になっていく気がしています。若い世代の仕事観は激変しています。

知れば知るほど、JTCといわれている企業の風土は若い世代らの仕事観と、対極にあります。このままでは、優秀な人が来てくれなくなり、JTCは消えていってしまうかもしれません。

藤沢 もう1つ、難しさを感じることがあります。社員のソートリーダーを手挙げによって募集したとしても、本人の「思い」は必ずしも企業にとって取り組みたいこととは限らない。そうしたギャップを防ぐには、どうすべきなのか。まずは企業側がビジョンをしっかりと提示し、「共感するなら手を挙げてほしい」と、発信していくべきでしょうか。

青井 そうですね。うちは何をする企業なのか、高い解像度で発信しないといけません。ぼんやりしていたら、企業は「同床異夢の世界」になってしまいます。「入ってみないと分からない。入ったら違っていた」では、かえって企業イメージを下げてしまうでしょう。

しかし私にいわせれば、人が来てくれないと心配する必要はないです。求職者も十人十色。平均的な人が5人来てくれるより、企業のやりたいことにマッチする人が1人来てくれる方が良いと思っています。

藤沢 どうしたら、会社員主体の企業の中からソートリーダーが生まれるのか。これは日本企業にとって普遍的な悩みでもあると思います。今日はそのための1つのソリューションを教えていただいたような気がします。ありがとうございました。

聞き手:IISE 理事長 藤沢 久美

<対談を終えて>

「やらされ感を排除する」「二項対立を乗り越える」「最大静止摩擦力」「巡航速度」「古いOS」「同床異夢の世界」そして「対話」と「手挙げ」……。文学や哲学、リベラルアーツへの深い造形をバックボーンに、青井さんがご自身の言葉で考え抜かれ、そして強く、根気強く社内外に発信を続けられてきた、唯一無二といっていいその足跡が、はっきりと浮かび上がる時間でした。
社員が「何のために働くか」という、答えのすぐに出ない「問い」と5年、10年と向き合い続けてきたからこそ、丸井グループさんが危機を乗り越え、組織を変革させ、未来を見据えることができたのでしょう。ビジネスを通じた世界の課題解決も、夢物語ではないと思わせる説得力を感じます。こんな経営者がいるんだと、誰かに話したくなるような、そんな魅力的なお話でした。

藤沢 久美
大学卒業後、国内外の投資運用会社勤務を経て1995年、日本初の投資信託評価会社を起業。1999年、同社を世界的格付け会社スタンダード&プアーズに売却。2000年、シンクタンク・ソフィアバンクの設立に参画。2013年~2022年3月まで同代表。2022年4月より現職。
https://kumifujisawa.jp/

企画・制作・編集:IISEソートリーダーシップHub(藤沢久美、鈴木章太郎、榛葉幸哉、石垣亜純)

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