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ヘヴンリィブルー
曽野綾子の小説「天上の青」を読み終わる。
目の醒めるような綺麗な青い花を咲かせる朝顔ヘヴンリィブルー。
物語の冒頭、その朝顔を通して波多雪子は後に連続殺人を犯す宇野富士男と会話を交わすのだ。宇野富士男は雪子が会って話す限り軽薄なところがあり、信頼の点ではかなり危ない男だ。
しかし、雪子は拒まずありのままで富士男と言葉をかわす。
富士男は雪子のような在り様の人間とこんなにうち溶けた会話を交わすことなど生涯でなかったのだろう。
彼は度々、雪子の家を訪れるようになる。
しかし彼は生まれつき情緒に障害でもあるかのように女に声をかけ、ホテルへ行き行為に及んだ後、殺してしまう。
彼の罪が暴かれ、留置されニュース沙汰になってはじめて雪子は富士男のもうひとつの貌を知りかなりの衝撃を受ける。
富士男は小学生の男児まで手にかけ殺害した。
彼に奪われた命、結果として死に至らしめた命、彼が傷つけ壊れた家庭。
富士男のやったあまりの事に息を呑む雪子。
世間が富士男の悪質な手口や動機に注目する中、雪子の所にも週刊誌の記者がやってくる。雪子は妹の智子から批難されても富士男の為に弁護士を頼むのだった。
私は富士男の取り調べにあたる巡査部長の檜垣という人の言葉が心に留まった。
檜垣は富士男との会話で「宇野さん、いい加減にしろよ。そんな事を言うんなら俺は捨て子だった。あんたは親が可愛がって育ててくれた。しかし、俺の親は、二人とも、俺を要らない、と言ったんだ。つなり俺が死んでも、実の親はどうでもよかった、というわけだ。俺こそまともに扱われたことがない人間じゃないのか?以下略」と言う。
檜垣は冷静で富士男に対しても「宇野さん」と富士男を呼び捨てにはしない。
富士男が唯一取り調べの刑事の中で心を開いている男だ。
檜垣は雪子との会話でも自分の養父の事を話す。
雪子が「あなたはなぜ優しくおなりになったんですか?」と訊ね、彼が「僕は親がわからないんですよ、捨て子だったから。養父が引き取って育ててくれた。優しい父でしたよ。僕は彼から優しさを、というか優しさの強さを学んだ。」
それを受けて雪子は「優しさの強さなんて、すばらしいからくりなのね。あなたはお幸せだったんだわ。そんなすごいことをこの世で発見なさったんですもの」という。
檜垣はその言葉をおかしそうに笑いながら聞いていた。
雪子のこの言葉を聞いて、私は考えめぐらした。この世の常を思い、檜垣の人生や養父の在り方、人の最善の生き方、人間は堕ちようと思えば幾らでも堕ちていける愚かさを持ちあわせた生き物だという事実を。生きる側面には残酷なまでの真実があることを。
しかし自分自身と向き合い、他者を慈しみ、自身も慈しみ、他者を信じる事をこの雪子と檜垣の会話があらわしていた。
私はそう読んだ。それで感動して泣いた。
「あなたはお幸せだったんだわ。そんなすごいことをこの世で発見なさったんですもの」
真の幸せとは自分自身でささやかな生きる指針を発見することに尽きるのかもしれない。
そうでなかったらどうして生きていかれよう?誰もが生き惑っているこの世で優しさの強さがどれほどの灯りになり足元を照らしてくれるだろう。
目に見えずとも感じられる温もり。
それこそが人間同士の繋がりなのではないだろうか。
物語は雪子の長い苦難を描き、富士男は死刑を執行されて幕となる。
ヘヴンリィブルーの朝顔がそれこそ天上の世界のように朝風にさらされ別れを告げるかのように。