紗世
食べ物、アイス、読んだ本など。
ねこの世界で家ねこと野良ねこの悲喜こもごも。
賽の河原で石積みをするわたし。
夏のこと、スーパーで買い物してあっつい中をアパートの部屋に帰ってきた。 日傘をかなぐり捨て部屋に上り、必死の形相でエアコンのスイッチを入れた。 そんで、ふーと思い買ってきた食品を冷蔵庫にぶち込んでいるとあずきバーが1本しかない。確か2本買ったはず。 ええー。 どっかで落とした? 袋詰めの時にスーパーに忘れた? もう暑さで注意力がグサグサに乱れているのでしょうがないか。と思うも失われたあずきバーの事が頭から離れず、無事だったもう1本のあずきバーが異様においしく感じられ、このおい
おはようございます。 最近、めっきり調子が悪くメンタルクリニックで診断書書いてもらったら気分障害とありました。 (前のメンタルクリニックではうつ病だった) 主治医は毎回「日帰り温泉に行くといいよ」と言うのですが、まだ一度も日帰り温泉には行ってません。 先生はいつも「日帰り温泉はいい」と言うので、そんなら一度くらいは日帰り温泉に行ってやろうか⁈と思うのですが、身体が死ぬほどだるく、頭も重く、物事も面白く感じられず、泣いています。 温泉どころじゃなかった! でも何もしないと地の底
巌は顔の違和感で目が覚めた。 「おじいちゃーん」 こねこの杏が巌の頬を舐めていた。ザリザリと杏の舌の感触が巌を夢の世界から引っ張り出したのだった。 「杏、どうした」 巌は顔の横の杏に言った。 「お腹空いたー。朝ごはんー」 杏は言った。 「おお、今何時だ」 巌は目覚まし時計を見た。六時。 「杏はいつもこんな早く起きるのか。つらいなあ」 つらいというのは巌が眠くてつらいのだ。 昨日は深夜三時過ぎまで小説に取り掛かっていた。疲れてだるい。 しかし、孫の世話はせねばならぬ。 枕に頭を
母はあっという間に甘食をひとつ平らげた。 「これはおいしいけど飲み物が欲しくなるのよね」 甘食の端の方はパサつきがちなのだ。 「こうちゃんも食べなさいよ」 母はひとつ残った甘食の袋を光司に差し出した。 「いいよ。それ全部母さんの分だから。僕は自分のがあるから」 光司はそう言って窓に目をやった。 鉄格子の隙間から澄んだ青空が見える。 何が悲しくて母はこんな部屋で過ごさねばならぬのだろう。 祖父に対する憤りが光司の中で膨らんだ。 「仕方ないのよ。こうちゃん」 母が光司の心を読んだ
「私が自分で手首なんか切るわけないじゃない。痛いのに」 母の左手首には白い包帯が巻かれていた。 「ごめんね。夕飯のポテトサラダにりんごを入れようとしたのよ。りんごの皮剥いてたらすべって左手に刺さっちゃったの。痛かったなあ」 母は包帯の巻かれた左手首をさすりながら言った。 「光ちゃんお祖父さんが小高で夕飯食べなさいって言ったでしょう」 「うん、でも僕は嫌だな。小料理屋なんて高校生がひとりで、食事するとこじゃないもの」 母は手をのばし、光司の頭を撫でた。 「ごめんね。母さんすぐお
「うん、早退した。大事な用事があったから」 光司ははっきりした声で島田さんに言った。 島田さんはじっと光司の顔を見る。 光司は居心地が悪くなる。 じわじわと自分が悪いことをしているような気がしてくる。 「まぁ、坊っちゃんくらい歳になると色々ありますしねぇ。勉強より大事な事がありますよねぇ」 島田さんはそんな言い方をした。光司はほっとした。早く立ち去りたい。 「じゃ」 と踵を返そうとすると、 「坊っちゃんパン屋によるんじゃありませんか」 と島田さんに腕をガッチリ掴まれた。 島田
巌は紀子との通話を切った。 娘には夫とよく話し合いなさいと言ったが、俺は娘にそんな事が言える人間か、と苦い気持ちがする。 馬鹿だな。父親ぶって。 紀子が生まれてから巌はしきりに自分が父親になれるのだろうかと不安になったものだった。巌は自分の父親を知らない。 自分の父親に一度も会った事がない。 誰が父親なのかもわからなかった。 認知もされていない。 母親の私生児だったが、いつの間にか祖父が自分の養子にしており、戸籍上は自分と母は姉弟ということになっていたのだ。 父代わりの祖父は
「紀子。それはいいけど、気になる事があってな。洋一君は杏の言葉がわからないのか?」 巌は切り出した。 「えっ」 紀子の声がつまる。 「今日な、知り合いが来てさ、玄関に杏が俺を呼びながら出て来たんだけど、俺にはちゃんとおじいちゃーんって聞こえたのに、その人にはにゃーんって聞こえたんだと」 「…ふぅん」 「それで杏が言うには、パパは杏の言葉がわかんないって言うじゃないか」 「うーん」 「そうなのか」 「実は、そうなのよ。洋ちゃんには杏がにゃんにゃん鳴いてるようにしか聞こえないんだ
夜の10時過ぎ、巌が漫然と雑誌をめくっているとスマホに着信があった。 どうせ紀子のやつだろうと出るとやっぱり紀子だった。 「お父さん、夕ご飯食べた?」 いきなり訊いてくる。 「食べたよ。しかし、なんだいありゃあ、からあげととんかつなんて、年寄りいじめのチョイスじゃないか」 巌が文句を言うと紀子は、 「だって寄ったスーパーが揚げ物三割引きの日だったのよ。こりゃ買いじゃーっていう気になってついカゴに入れちゃったのよねー」 紀子の声は朗らかだった。 昼間はピリピリした雰囲気だったが
「巌さん、筑前煮と切り干し大根食べました?」 いきなり女将が言った。 なぜ、開口一番そんな事を訊く。 巌の胸に嫌な気持ちが湧いてきた。 昼間、杏が「食べちゃだめー食べちゃだめー」と言った煮物だ。 そのせいでまだ食べてはいない。 「いやあ、まだ手を付けてないよ」 巌はそう返事をした。 それを聞くと女将は胸に手を当て、 「あーよかったわあ」 と言った。 「なんだい。何か問題でもあったのかい」 「いやね、さっき同じ物を食べた方が気分悪くしてね。もしかしたら私の料理のせいかもしれない
紀子が持ってきた杏用のごはんはレトルトパウチのスープ仕立てまぐろ、小海老入りという豪華な猫用のごはんだった。 「随分猫も贅沢になったものだなあ。スープ仕立てだって」 巌は言った。 それを杏用のごはんの器に入れてやる。 自分の飯は紀子のりこが買ってきた惣菜を食おう。巌は冷蔵庫を開けた。 ビニール袋からパックを取り出すとそれは唐揚げととんかつだった。 「あいつは何考えてんだ」 育ち盛りの男子ならいざ知らず、こちらは初老に差し掛かっているのだ。油っこいものは胃がもたれるお年頃である
杏を膝の上に乗せ、喉を撫でてやるうちに仔猫はまた眠ってしまった。 生き物の温かさが伝わってくる。 小さな耳に目をやるうちに巌は命とは儚く、だからこそ尊い。などと柄にもなく思った。そしてまたパソコンに向かう。 光司は高校の事務室の前にある公衆電話から、母の入院している欅病院に電話をかけた。学校が終わったら面会に行くつもりだった。電話に出た看護婦らしき女は本日はちょっと遠慮してもらいたい、というようなことを言った。「母に差し入れを持っていくのもダメですか」と光司が言うと、 「明
巌はパソコンに向かい、キーボードを叩く。背後で仔猫が駆け回っている音もやがて気にならなくなる。今、書いている小説は自分の人生を下敷きにしている。 あの日々。 母とふたりで暮らしたマンション。 西日のオレンジ色。 主人公の高校ニ年の光司がひとりでダイニングのテーブルについている。 目線はテーブルの上の置き手紙にある。 手紙には「母、欅病院に入院する事になった。心配無用。夜の食事は小高でとりなさい。祖父」と達筆な文字で書かれている。 小高とは祖父が懇意にしている小料理屋だ。光司ひ
それでも、巌は煮物の入ったビニール袋を冷蔵庫にしまった。まさか毒入りだとも思えないからだ。 杏が見てないところで食っちまおうと思った。 女将の料理は異様にうまい。 だから女将の店に通っていたのだが、最近は人と会うのが億劫になり、外でものを食う気になれなかったのだ。 小説を書く仕事をしていると、物語の世界に没頭し、クタクタになってしまい、人間と口をきく力すら残らない。 さっきも久しぶりに女将と話したがどっと疲れた。根が人間嫌いなのかもしれん、と巌は息を吐き出した。 唯一心を開け