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『利き手を失う前に』
<バン!>
首相に一丁の銃を射撃した時の轟(ごう)音だ。当たった。もう1発撃つか。念には念を入れないとな。生き延びられたらたまったモンじゃない。コイツがオレの居場所を奪った犯人だからな!
<バン!>
よし、確実に逝ったな。オレの精度の高さが証明されたな。軍では射撃の名人と言われていたんだ。命中して当然だ。この銃は戦利品のトカレフ。中国から持ち帰った代物さ。
首相が死んだ。
殺す指示を出したのはオレ。
殺したのは弾丸。
それだけ。
周りが騒然としていたらしいけれど、まったく気にならなかった。というか、状況が分からない。多分、トランス状態だったんだろうな。
殺してからすぐさま、警察官にとらえられたらしい。とはいえ、興奮状態だったものだから、どうなっているのか、気にならなかった。全くね。「スカッと」した気分が、天まで上りそうだった。
覚えているのは、射殺したことと、復讐の悦に浸っていたことくらいだな。
スリリングな場面で<殺した>事実と<興奮>した事実、この二つだけが刻まれるんだよな、脳内に。ドーパミンが出まくり。
気になるのなら実際に撃ち殺してみるといいさ。
オレの居場所が気になるか?
独房だよ。ここで「あの戦争」について書くって決めたからな。トイレットペーパーに。ほかに書ける代物がないんだよ。
オレは現場で取り押さえられ、刑務所にすぐブチ込まれた。留置場で20日過ごすこともなくな。それだけ衝撃的な殺害事件だ。
オレの利き腕の、右腕はもげている。
ないんだ。戦争で吹き飛ばされちまった。ましてや、日本軍兵の誤射ときたもんだ!
撃ち返そうとした矢先に、ソイツは敵に撃たれて死んだがな。
3年前ーー。第二次太平洋戦争が勃発した。まあアジアの歴史は、戦争やら、侵略やら、小競り合いが続いたりと、血まみれなモンだから、今さらってところだった。
第二次もへったくれもねえ。
志願兵として中国に出征した。最初からジリ貧戦争だ。他の志願兵も自衛隊員でもなければ、なんでもない、タダの一般人さ。
オレと同じようにな。
アイツらは今、何をしているんだろう?
延々と続く、黄砂で乱射しまくった同志たちは、今どこで何をしているんだ?
若いオトコが少なかった。というか今もだな。どの道いつか召集されると思っていた、オレは志願したんだよ。給料も良かったし。働き口のないオレには願ってもないチャンスだった。
カネをもらって人を殺せるなんてゾクゾクするだろう?
本当に貧しかったしな。給料も良かったワケだし、平時の社会でフラフラと、溶け込めずイラ立つ日々を送るより、だいぶマシさ。
ああ、なんか変と思ったら、利き手で書けないのが不便って気づいたよ。困ったもんさ。
まあ、簡単に過去の話でもするか。
いわゆる片親ーーシングルマザーの家庭に育ったオレは、さ。高校に馴染めずに不登校になったんだよ。それからだよ、中退してフラフラしていたのは。
バイト?
する気はなかった。やむなしに挑戦してみたけれど、「雇われているんだから」って言葉がさ、癪(しゃく)に触るワケよ。
人手不足で働いてやってんのに、偉そうな言い方する連中が、うっとうしくてさ。
そんなこんなで、バイトを転々としたけれど長続きはしないモンよ。居場所があるなんて、微塵(みじん)も思ってなかった。
ところがさ、オレみたいなフーテンにも稼ぐチャンスがあったんだよ。
ーー指示通り動けばいいからさ
地元の先輩から「イイ」仕事を紹介してもらった。日当1万円。逃すワケにはいかないだろう?
フタを空けたら犯罪の実行犯。ATMでカネを引き出せだとさ。
ーーその角度からだと防犯カメラに写るから15度右に
こういった指示を受けて、行動していた。まあ、言われた通りに動け。犯罪?お構いなし。動け。その分の報酬をもらえるーー。そういうコト。
さっきも言っただろう?犯罪の実行犯だって。
10回目くらいでバレたよ。捕まった。少年院送り。5年少年院にいたもんだから、外の当たり前の世界っていうのが、分からなかったんだよな。
出所してもどこも雇ってくれないモンさ。そうだろう?少年院上がりの22歳を誰が雇うよ?オレが経営者ならすぐさまはじくね。
「どうせ職場でやらかす」に決まっている。
少年院を出たら母が消えていた。よくある蒸発ってヤツ。見切りをつけたよ。また「ワルさ」でもして稼ぐか悩んだな。
本当にカネがなかったんだって。
野宿生活さ。冬は凍えるくらい寒い。学んだこともあったよ。公園にいたホームレスが教えてくれたんだよね。確か昔は、有名なピアニストだったっけ。娘がどうのこうのって、まあ話がしつこいゝ。いいヤツだったけれどさ。
ーー娘の居場所は分かるかね?
ーー何歳くらいなの?
ーー多分、キミと同い年くらいかな
ーーへ〜。オレ分かんない。だって、色んなオンナが街にはいるだろう?誰がオッさんの娘か分かるワケないって
ーー必死なんだよ、コッチは
と、ラチがあかなかった。
それ以降、娘の質問には「そうなんだ」で交わすコトにした。面倒だしな。ただ、オッさんは娘の話に付き合ってくれたって、オレをありがたく思っていたようだ。
とある晩のことさ。寒空は星がキレイだ。カップルが公園に来て、「見て、キレイ」だなんてロマンチックに話しているけれど、コッチはたまったもんじゃない。
<寒い!>
ーーチクショウ、寒いのに能天気だな
イラ立つさ。3日食事を採っていないのに、目の前で大食いしているヤツがいるとする。ムカつかないわけないだろう?服装だけではなくて、心も温まってそうだ。
<別れちまえ>って心底思っていたよ。
ーーああ、温めるには新聞紙が使えるよ。他の<ヤツら>に教えると、新聞紙を盗まれるから、信用している人にしか教えていない。ホラ、今日の余りを渡す。
試しに使うといい。
新聞は読むためだけじゃなくて、体を温めるのにも効果的。アレには驚いた。オッさんにまた会う機会があったら礼くらいはしないとな。とはいっても、オレはココから一生出られないけれどな。
することがないんだよ、路上生活ってのは。暇つぶしさ、保温用の新聞を読んでみた。最初は何が何だか、チンプンカンプン。
ところが、アレって面白いんだよな。色んな情報が載っていて、読み方を覚えた時には読み入るようになったよ。
ーー第二次太平洋戦争まであとわずか
こんな見出しの記事があった。
ーー兵士募集、始まる
ラッキー!
ーー35歳までの若者(経験・犯罪歴問わない)
志願するか!
どうやら兵士になれば、過去の犯罪歴を消してくれるとか国家武装省は約束してくれた。
志願から出向くまで、トントン拍子。戦地に向かったのは、志願してから10日後くらいだったかな。
ビビっているヤツが圧倒的に多かったのは覚えている。
ーー怖い
ーーボクもだよ
ーーどうせ召集されるんだ。早いもの勝ちじゃないけれど、最初に赴いたオレらは英雄になれるかもしれないぜ?
と、オレは意気込んだ。ところが、他のヤツらは「別の生活」に慣れるのか、気になっていたようだった。
ーー気にすんなよ!
現地に着いた日を鮮明に覚えている。日本・韓国対中国・北朝鮮。対中部隊は日本から、対北部隊は韓国からーーこうやって統制を採っていた。
最初はさ、オレは予備軍として現地で軍部の補佐をしていた。よく怒られたな。「ノロい!」なんてしょっちゅう。
まあ、オレは少年院で怒られ慣れていたから、大して気にならなかったけれど。アルバイトの時は、怒鳴らないで、ネチネチ言うんだよな。そっちのほうが不快だったよ。
「言わなくても分かるでしょう?」なんて、まあ、他人をナメてるよな。それなら「言って分からせる」ような、強い言い回しの方が気がラクだよ。軍人は物言いがストレートだから分かりやすい。
他の連中は怒号に怯えていた。情けないよな。
環境も違うから当たり前なのか?
さっきも言っただろう?
ソイツらが今、何をしているかは、分からない。
補佐は、野球のベンチ選手を思い浮かべてもらえると、わかりやすいかもな。出番はないけれど、応援するのが役目といったところ。
ベンチから一番早く抜け出したのはオレだった。一足お先に、試合に出られるようになったってコト。
ーー生半可な覚悟だと「国」の迷惑になる。いいな!
ーーはい!
ーーよし、撃て!
ーーはい!
といった具合にいきなり実践。怖かったけれどスリリングだったな。オレの腕は評価されたよ。命中率が高いってね。
ーー頑張ればランクが上がるかもしれないぞ。もっと殺せ
ーー殺します!
殺すたびに得体の知れない、快楽にどっぷり浸れる。アレは疲れているヤツには効くよ。ストレス社会だろう?滅入っているヤツは試しに、誰か射殺するのが特効薬だよ。
殺せば殺すほど、モチベーションはかなり高まったよ。アドレナリンもドッと出るし。蛇口ひねって、水が流しっぱなしになるように、オレのなかで、ずっとアドレナリンが湧きっぱなし。
ところが、さ。
中国の軍事力はスゴいモンだったよ。全然違う。日本のそれでは、太刀打ちできないと分かるまで、時間はあまりかからなかったな。
斬り込み部隊で気合いを入れても、高い戦闘力には負けるってコト。
結論--日本は負けた。敗戦。
迎撃されて不利になったよ。それでも上部は「勝てる!勝とう!」って意気込んでいた。今思えば、アレは騙しだましのパワープレイだったのかもしれないな。
まあ、空回りなコトを言っていた、上部の軍員はすぐ殺されたけれどな。皮肉だったーー。忠誠心がありすぎる兵士から先に殺されていくんだよ。
振り返ると、最後の最後まで力を振り絞るのが、オレの役割と思えてさ、命中率の高い射撃能力を生かしてーー劣勢だろうがーー撃ちまくって、敵をやっつけていった。
「射撃の名人」としてオレは名が知られるようになったんだよ。
勢いにノってきたな。もっともっと、次から次へ、敵を一人でも多く撃ち殺そうって、オレの使命感がみえてきた。そう思い始めたタイミングに、引き揚げとなったんだよ。
オレは順調にいっていた。半面、軍全体では配色濃厚ってヤツ。
ガッカリさ。オレはもっと血が見たかったのにな。中国ってだだっ広いだろう?広い土地に住む、中国人を殺せば、英雄になれるってこと。
生まれてはじめてのヒーロー。オレが主人公。
最高だろう?なのに、ってハナシ。日本軍のヘリコプターが来るのを待っている間は、もちろん戦闘さ。待っている間に、負傷兵も一日おきに増えていったーー。上官は何人か死んじまったな。
<バン>
オレも負傷した。最初に言った通り、右腕を撃たれたよ。日本軍兵士の誤射。
そう、「誤射の名人」ってよく言われていたんだ、ソイツは。結局さ、自分を間違えて撃っちまったんだよ。
で、死亡。笑えるだろう?
オレは利き腕が右。左手で射撃ってのも、なかなか難しい。
けれどもな?
さっきも言っただろう?
射撃の名人って。カンを掴むのが早くて、左腕一本でも問題なかったな。
と、調子をつかんだ段で日本に帰国。「撤退だ!撤退!」って言いながらヘリが上陸した。乗り切れないヤツらは戦場で、死んでいるかもな。
コレが戦場の現実なんだよな。
約1年ハルビンにいたんだな。
日本に戻ってきて困ったのは、腕だったな。何せ使えない。給料は使い込んでいなかったから、カネのゆとりはあった。
帰国したら幻滅したよ。あの戦前の強い日本じゃなくなっていてさ。戦後〈民主主義〉だとか、戦争を〈反省〉しているとか。
国が百八十度、在り方を変えたってことだな。
「オイオイオイ」
あの勢いはどこにいったんだ?って思ったら、眠れやしない。現実問題、金のゆとりがあっても、いずれは働かなきゃいけないよな。
ところがオレは一般社会だと「役立たず」。ポンコツとも言えそうだよな。周りの考える「一般社会」はオレにとっては窮屈ったらありゃしない。オレの居場所は「戦場」だ。
終戦はオレの「拠り所」を無くし、現実社会では「役立たず」。自由がないってコトだ。自由を奪いやがった首相に、反撃してやらないと気が済まなかった。
ああ、書いていたらムカついてきたな。自由が欲しいんだよ。つまるところ、オレは、自分が自由になれる場所を探し求めては、つまずいて。その繰り返しだったのかもな。
自由ーー。
独房では、ハエがブンブン飛んでいるんだよ。なにせこの部屋は、汚い。排泄物は溜まっていく。水不足で、流せない。人手不足で、修理もできない。
そんなワケで、ハエだらけさ。
それでも、いちいち看守は確認しにくる。アイツらもよくこんな仕事に耐えられるよな。
ハエが近づいてくる毎日さ。
うるさいんだよな。ところが、慣れてきた。ハエの飛ぶ音が聞こえないと、気が休まらないな。なんなんだろう。
羨ましいんだよ、ハエが。
どこにでも翔べるし、不潔って周りが決めつける場所が快適だったりするだろう?害虫だとか言われるけれど、害虫なりに必死に生きているんだよな。
羨ましいよ、その羽が。
なあ。どうやったらオレはハエになれるんだよ?
羽を分けてくれよな。